第10話 背後に護る人のいる戦い

革鎧の男ヴォルティガンは窓から飛び出す。


なんてこった。

予想した以上に周囲には魔殺蟲イーヴィルバグが飛び交う。

頭だけ鉄の頭防具バジネットで覆っときゃ、何とかなるかと思ったが。

こいつは何回か刺されるのを覚悟しなきゃいけねーかもな。


辺りには羽音を立てる虫どもが蠢く。

ウァーーン、ヴヴヴウァーーー。

気の弱い者ならば、その場で立ちすくんで動けなくなりそうな。

攻撃的な音が鳴り響く。

そんな中を革鎧の男ヴォルティガンは進む。


目的地は会場からさほど離れていない地面。

やはり。

先程、庭師が弄っていた辺り。

その大地から魔殺蟲イーヴィルバグが姿を現す。


暗い庭の中、地面に光る文様が描かれている。

その文様からヴヴヴ、と音を立てるモノが這い出て来るのである。


周辺に密集する魔殺蟲イーヴィルバグを蹴り倒す素手の戦士ヴォルティガン

左足で踏み込み、右足で高く周囲を薙ぎ払う。

羽音を立てるモノどもが少なくなった処で、地面の光る箇所に飛びつく。


細かな石が光を帯びている。

薄く光る小石が幾つも置かれて、文様を成しているのだ。


コイツは魔宝石か?

チッ、先程は光っていなかったから気づかなかった。


革鎧の男ヴォルティガンの身体に虫が取り付く。

口元から濡れた突起を伸ばす魔殺蟲イーヴィルバグを視界の隅に捉えるが、構ってはいられない。


ジャマすんな。

今大事なトコなんだ。


胸当ては使い込んだ革鎧。

虫の針程度、簡単に通しはしない。


ヴォルティガンは光る石をデタラメに払い、文様の形を崩す。

すると、羽音を立てるモノが地面から這い出る事は無くなった。


「やったか」


魔殺蟲イーヴィルバグを召喚する魔法陣を壊した。

これで虫ヤロウはもう増えない。


「んじゃ、残りだな」


ヴォルティガンは周囲を見回す。

宙に飛ぶ、うるせえ音を立てるムシども。


「ハエ退治といくかね」


肩に着いたイーヴィルバグを左拳で吹き飛ばす。

都合の良いことに周りには壊すと怒られる新品の家具もバカ高い食器も無い。

好きなように暴れられる。

コキコキと肩を鳴らし、ニヤリと笑みを浮かべる男。

それが『拳聖』ヴォルティガン



……俺は何をしている……

暗殺者エスクラードはマチェットナイフを宙に走らせる。

また一匹ハエが落ちていく。

床にはすでに無数の魔殺蟲イーヴィルバグ

断末魔の羽音を立てる。

そのアタマを女給の靴で踏み潰しながら、また近付いて来た魔殺蟲イーヴィルバグを迎え撃つ。


別に女王クリスティーナを護っている訳では無い。

自分に近づく毒を持つ虫を斬っているだけだ。

そう自分を納得させる。


暗殺者エスクラードの後ろには女王クリスティーナ摂政パーシヴァル


「華麗ー!

 なんてカッコイイの。

 わたしも剣の扱い習おうかしら」


「ダメだよ、クリス。

 護身術くらいなら習っても良いけど、刃物は危険だよ。

 それにあれは剣じゃなくて、ナイフ」


「じゃあ、ナイフの練習したいわ。

 わたし包丁さばき得意なの。

 包丁もナイフも似たようなモノよね」


いや、似てない。

心の中でつぶやいてしまう暗殺者エスクラードである。


さらに後方には女官。

メイドと呼ばれていたな。

胡蝶蘭を象った髪飾りを付けた女性。

いつの間にか手に松明を持っている。

赤々と火が燃えるそれで、魔殺蟲イーヴィルバグを寄せ付けない様にしている。


 

魔殺蟲イーヴィルバグは残り少ない。

窓から無限に入ってくるのかと思ったが、いつしか新手は登場しなくなった。

暗殺者エスクラードが目の前の五月蝿い羽虫を切り裂き続けていると徐々に姿を減らした。


会場隅に賓客たちは集められている。

その外周を護衛兵士ヤクタタズどもが、火を使って魔殺蟲イーヴィルバグから護る。

会場から逃げて行こうとした人々だが、建物の外にも魔殺蟲イーヴィルバグはいた。

いつしかそんな形になっている。

摂政パーシヴァル護衛兵士ヤクタタズに指示を飛ばしたりもした様だ。


暗殺者エスクラードが視界に捉える魔殺蟲イーヴィルバグは既に残り3体。

1体は女官メイドの松明で燃える火のエジキとなった。

女官メイドは手の周りにテーブルクロスを巻き着け、即席のガードにしている。

飛んで来た魔殺蟲イーヴィルバグを松明で迎え撃ち、手で叩き潰す。

弱ったムシを炎で焼いてみせた。


大した度胸だな。

チラリと感心しつつ、ナイフを上から下へと振るう。

そのまま左手に持ち替え、左上を斜めに切り裂く。

どちらも確かな手ごたえ。


地面にはヴヴヴ、とイヤな音を立てる物体。

毒針を持つ頭の方を踏み潰しておく。


暗殺者エスクラードは一瞬で魔殺蟲イーヴィルバグの最後2体を片付けていた。



女給の恰好をした男エスクラードは汗を拭う。

さすがに疲れた。

ナイフの一閃で倒せる魔殺蟲ハエだが、単に切り殺せば良いだけでは無い。

毒針に刺されない様、注意が必要。

それ以上に。

後ろに誰かを護って戦う。

後方に魔殺蟲イーヴィルバグが飛んで行かないか、注意を払いながらの殺し。

そんな行動はした事が無い。

思った以上に神経をすり減らした。


しかし、疲れた身体に感じられるのはなぜか満足感。

いつもの仕事を終えた後感じられる、胸を圧し潰されるようなそれとはまったく違うモノ。


しかし。

暗殺者エスクラードは覚悟をする。

これから胸を圧し潰されるようなそれを感じなければならない。


手に持ったマチェットナイフ。

魔殺蟲イーヴィルバグを何体も切り裂き、体液がべっとり付着した凶器。

近くのテーブルクロスで拭いとる。

さすがに失礼だろう。

こんな汚れた凶器で、『ファレノプシス・アフロディテ』を、この国の女王を切るのは不躾に過ぎる。

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