第9話 涙を拭う暗殺者
会場はパニックになりつつあった。
大きな虫が何体も入り込んで来たのである。
見たことも無いような巨大な黒と緑に塗られたおぞましい虫。
誰かが毒が有ると言う。
虫の口辺りから突き出た濡れ光る突起。
それに刺されたら心臓麻痺を起こすと言うのだ。
人びとは逃げ惑う。
女給は恐怖の悲鳴を上げ、貴族たちは護衛の兵士に自分を助けろと縋り付く。
武官の中には自分が何とかする、と勇ましく立ち向かおうとする者もいるが。
王城の中は武装は禁止、剣はもちろんナイフすら持っていないのだ。
護衛の兵士達も大して変わらない。
「兵士ども!
窓だ、全員窓に集まれ!」
この声は
兵士達はヴォルティガンの部下と言う訳では無い。
だが、その声を無視する事も出来ない。
行って見れば窓ガラスが砕け、巨大なおぞましい虫が飛び込んで来る。
これか。
さすが
兵士たちは虫を相手に戦った事など無い。
不審な人間を捉える訓練ならば幾らでもしてきているが。
飛び回る虫など。
叩き潰そうと
しかし、その腕は空を切るばかり。
貴族がやってきて自分を助けろと懇願されても、逃げてくれと答える他無い。
すると魔法のように虫が数体地面に落ちていくのである。
兵士達も真似ようとするが、
まず
虫どもは何体も倒したはずだが、まだ窓から入ってくるのだ。
キリが無い。
こうしてる場合では無い。
自分の役割は姫さんの護衛なのだ。
その姿を探して会場に視線を投げているのだが。
混乱した会場。
なかなか
やっと視界に白く輝く髪を捉えたと思ったら、一人切りかよ。
だが混乱してる人々が邪魔をするのである。
ほんの数メートル先に
嘘だろ!
やめてくれ!
その
クリス!
その目が
信じられないモノを見た様に目が見開かれ。
口元が開いたまま、姿は固まる。
その美しい少女の顔におぞましい虫から出た濡れ光る突起が近付く。
その瞬間。
空中を刃物の煌めきが走っていた。
マチェットナイフ。
その凶器が
ナイフで切らなければ、と思うが身体は動かない。
その顔に意識が吸い寄せられる。
ローランド国の女王。
白銀の髪の下、長い睫毛に彩られた目元には雫が煌めいている。
煌めく雫が頬を流れる。
無意識に手が伸び、その涙を拭う。
マチェットナイフを持っている右手はだらんと体の横に垂れたまま。
左手が少女の頬を撫ぜる。
若い。
遠目に見た時は、その高貴なオーラに自分よりも年下とは1ミリも思わなかったが。
間近で見る
時が止まったような瞬間であった。
しかし無粋に時は動き出す。
「うわぁ、
来るな!」
と後ろで男の声がして、威圧的な羽音がする。
「クリス、無事だったかい?」
「パーシー、あなたこそ」
と声が聞こえて、ああ、
ならば、絶好の
逃げるか、と思いつつ、足は駆けだしはしない。
近付く羽音に向かって、ゆっくりと歩き
「かっこいいわー、あの
どこの女給かしら。
ファンになりそう」
「クリス、ダメだよ。
あれは多分暗殺者だ。
会場に潜り込んで
「そんなコト無いわよ。
パーシー何を見てたの?
わたしを守ってくれたのよ」
後ろの声に気を取られない様にする。
なんだか『ファレノプシス・アフロディテ』とは思えないような口調が聞こえた気もするが。
今は考えない様にしよう。
女給の恰好をした
「召喚だと?」
「そうです。
どこかに操ってる魔術師が隠れてるか、もしくは魔法陣が近くに有る筈です」
「魔法陣?
てぇのは、地面に変な文様を描いたりするのか?」
「地面であったり、羊皮紙であったり」
一方、
訊ねているのが女王の護衛、答えているのが女王のメイド。
ヴォルティガンはそれを聞いて行動を起こす。
「ワリイな、少し貸しといてくれ」
近くの
エイッと庭へと飛び出して行く
その庭には会場以上に多数の
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