第8話 魔殺蟲
防御魔法には驚かされたが、本人の動きは文官のモノ。
そんな鈍い動作で俺を捕まえられる筈が無いだろう。
自分の胴体を沈み込ませながら。
移動すると同時に
ローランドの女王まで、障害物は無い。
移動速度を乗せて、ナイフを標的の胸に突き刺せば仕事は終わる。
女王は
まだ何が起こったか理解していない表情。
しかし。
女給。
いや、頭に布を巻かず、髪飾りを付けているのだから女官か。
女官が下働きの女性とは思えないような動きで
サッとその脇を避けて通る。
そのつもりだったのに。
テーブルクロス。
女はテーブルから白い布を奪い取り、エスクラードの前面に広げていた。
勢いを殺しきれず、テーブルクロスに突っ込むエスクラード。
慌てて視界を奪う布を払いのける。
と。
女は彼の前方に立ち塞がり、金属の小物を構える。
料理用のナイフ。
柔らかく調理された肉なら切れるだろうが。
生きた人間の肌には簡単には刺さらない。
凶器とも呼べないそれ。
「クリス!!!
護衛!
クリスを助けて!!」
そんな声が
「どけ、女。
「あらっ、さっきまでと声が違うわね。
男の声じゃない。
姫様に素性の分からないオトコを近寄せる訳にはいかないわね」
すでに女給の振りをして、標的に近づく作戦は失敗した。
もう女性の声など出す必要は無い。
「兵士ども!
窓だ、全員窓に集まれ!」
そんな男の声が会場に響き渡る。
ガラスの割れる音。
そして嫌な音。
何か不吉な。
人間の神経を逆なでする。
それは無数の羽音。
蜂にたまたま遭遇してしまった人間なら聞いた事が有るあの音。
羽が擦れ合う、恐ろしい響き。
自分達の領域に入った者への威嚇行動だと言う知識が無くても。
誰にでも本能的に危険な状態だと分かってしまう。
「まさか?!
目の前のナイフを構えた女官の声が聞こえる。
実物を見るのは初めてだが知っている。
魔法と同じ、異界の法則で呼び出された邪悪な昆虫。
その口から出る針のような突起に刺されたなら、心臓麻痺に似た症状を起こす。
毒を持っているのだ。
噂では
蟲使いグウィン・アプネッズ。
普通の昆虫で無いのは一目見れば分かる。
20センチを超える細長い図体、透明な羽を羽ばたかせ、頭部では触覚が蠢く。
黒と緑の入り混じる不吉な色彩。
そんな蟲が数匹、窓ガラスを割り晩餐会会場に入り込んで来たのだ。
会場にいる人員は大慌て。
悲鳴がアチコチから聞こえる。
うん? なんのアクシデントだ。
女給がグラスでもひっくり返したのか。
と吞気に構えていた人々も、20センチ超の虫が飛んで来ればそうはいかない。
一体の
威圧的な羽音。
頭部から管のようなモノが伸びる。
これが毒針!
マチェットナイフで
床に落ちた虫の胴体はまだ羽根をバタバタと動かしているが。
既に飛び上がる事は無い。
フン、
口から針を伸ばす虫の頭を女給の靴で踏みつける。
何故こんなモノが現れる?
どうやって召喚した?
その疑問は今は置いておく。
この騒ぎに乗じて、標的を殺す。
クリスティーナ女王の姿を
女王は会場の騒ぎに気を取られ、虫の存在に気が付いていない。
イケナイ!
エスクラードは走り出してから思う。
何故いけない?
標的が心臓麻痺で死ぬなら、それはそれで構わない。
仕事はやり遂げたと言える。
いや、やはり駄目だ。
その場合報酬の半分、後金を貰うのが難しくなるだろう。
通り過ぎるエスクラードの横で先程の女官が叫ぶ。
「皆さん!
これはおそらく
口から出た針には猛毒が有る。
刺されない様に。
誰か、火を持ってきなさい。
松明でもなんでも。
コイツラは火を恐れる」
ヴォルティガンは窓際で戦っていた。
窓ガラスが割れ、何かが会場に飛び込む。
その存在を見極めもせず、蹴りを浴びせる。
底の厚い革ブーツが対象を捉える、確かな手ごたえ。
地面に落っこちたヤツは。
なんだこりゃ、ムシか?
やけにデッカイじゃねーか。
頭部から針のようなモノが伸びている。
先端が濡れ光る。
その間にも窓からは虫が飛行して、会場へと。
「あっ、コラ。
行くんじゃねえよ」
虫どもを革ブーツで蹴り飛ばす。
素手の拳で打つのは止めておく。
口から伸びてるアレ。
触らない方が良い。
おそらくやべー。
剣呑なシロモノ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます