第44話 ひきこもり、天使と共に【後編】
朝食の後片付けを終えて、クララに声を掛ける。
「これから、クララの服を買いに出かけようと思う」
鞄の中にスマホと財布を無造作に入れ、クララを誘ってみた。
「この貸して頂いている服で十分ですけど……」
干している緑のジャージを指差して答える。
「いや……着替えは必要だろう」
俺は彼女を見やり、苦笑いを浮かべた……。
「そ、そうですよね」
クララが少し顔を赤らめて、返事を返す。
「この世界には、人族しか存在しないので、エルフがいるだけで大騒ぎになってしまう。だから、外にいるときは、絶対に見バレして欲しくないんだ。このキャップを被って、その耳が絶対飛び出さないように隠して欲しい」
もう一度念を押すように、説明を繰り返す。
「お安いご用よ」
そう言って、クララは少し大きめのキャップを深く被り込み、長い耳を上手に隠した。
「じゃあ、出かけようか」
俺は彼女を連れて駅前近くにある、ユニクロに出向くことにした――
平日なので、店内はガラリとしている。俺は売り場で品出しをしてた店員に声を掛ける。
「すいません、この子にキャップが似合うようなパンツと上着数着、下着を一週間分程度選んで下さい。外国人なので採寸をお任せします。もちろん通訳は自分がします」
そう言って、店員に彼女のコーディネートを任せることにした。
「はい分かりました」
店員は大きすぎるTシャツにだぼだぼのパンツを履いたクララを見て、一瞬ぎょっとした表情を浮かべたが、それ以上何も言わずに、店の奥に案内してくれた。クララが試着室で、選んで貰ったパンツを試着する。
「このズボンの履き心地は、凄く気持ちいいです」
そう言って、気に入った商品を数着、彼女から受け取った。俺としてはスカート姿が見たかったが、向こうではズボンが主流だと聞かされたので、今回は無理強いすることは止めにする。
ショーツの選択は、完全に店員任せにした。ただ、クララ自信がブラジャーという存在自体知らなかったので、説明に少々手間取ってしまう。
「胸もとにボリュームを演出するだけではなく、機能を重視するこのブラジャーという下着は凄いですね」
俺は返事に窮し、愛想笑いで返すほかなかった。そんな二人の甘~い遣り取りを、店員が生暖かい目で見守っていた――
買い物を済ませ会計での精算金額は、財布のキャパを遙かに超えておりカードで支払う。ユニクロの買い物と鷹を括っていたが、下着から靴まで全部の衣服を揃えると、思わぬ金額になっていた。
我は大いなる出費と引き替えに、クララのバストサイズがCだという情報を手に入れることが出来た――
「帰りに食料を買おうと思っていたけど、一端、家に荷物を置いてからにしよう」
両手に持った紙袋を揺らして見せた。
「これだけの衣服を揃えて頂き、なんだか申し訳なさすぎて……」
クララは自分の荷物を見つめて、くぐもった声で言葉をはき出す……。
「ここで生きて行くには、最低限な準備なので、気にしないで欲しい」
「でも……私には返す当てもないのに」
「困った時はお互い様さ」
俺はクララの荷を軽くするために、出来るだけけ明るい態度で接してみせた。
「お言葉に甘えて感謝します」
彼女はぺこりと頭を下げ、もうそれ以上話しを重ねることをしなかった。
* * *
俺たちは一端家に戻り、荷物を置いてから、もう一度出かけることにした。
「またあの、四角て平たい店に行くのですか?」
コンビニの外観など気にしたことなど一度もなかったが、彼女の説明に吹き出しそうになった。
「あそこは出来合物を売る店なので、別の店で食材を買い揃えるよ」
家の近くにあるスーパー小林という、中型店舗に足を運ぶ。 ショッピングカートを引いて、店内に入るとクララが小さな声を上げた。
「フアッ!? なんて凄い品揃え!! (私たちの)
そう言って、店内をキョロキョロと見渡す。
「ここでは市場で買い物をするより、こういう店で食料品を買うのが一般的だよ」
俺はカートに乗せたカゴに、野菜を入れながらい話した。
「果物や野菜がどれも均一で、虫に食われた跡が全くありません!」
リンゴを手に取り、クララはそれを半ば信じがたいというような顔をしながら、感嘆の声を発する。
「それぞれの野菜の大きさに規格があり、不揃いの野菜は出荷される前、形を揃えるために廃棄されているんだよ」
「豊かな国なんですね」
「ある一面から見れば、そうかもしれないな」
俺はクララに分かりやすい言葉で、とくとくと語った。彼女に問われてみて、訳ありと称して売られている果物さえ、綺麗な形をしていると、今更ながら日本の農業のレベルの高さと歪みを思い知らされる。
「見たこともない食材ばかりだと思うけど、食べられないものってある?」
「よほど匂いに癖のある野菜以外は、特に駄目な物は無いと思う……この棚に並んだ物を全部食べてみたいわね」
そう言って、白い歯を見せた。
「クララの故郷の食べ物に近い物があれば、買うので教えてくれ」
「あの……料理が得意でないので……食材なんて気にしたことが無くって」
クララが恥ずかしそうに答える。
「俺も他人様に自慢出来るような料理なんて作れないし、男の手料理だよ」
「すいません……まったく出来ないの」
彼女の顔が、売り場にあるパプリカのように真っ赤に染まる。
いつもは面倒くさいので、数日分の料理を一度に作り、冷蔵庫に放り込んでいたが、流石に最初からそれは出来ない。そこで売り場を回りながらレパートリーをあれこれと考がえる。
大きな鍋でおでんを煮込み、味変しながら四日目にカレーのルーを投入するずぼら飯を頭に浮かべ、ひとり苦笑した。
とりあえず定番の唐揚げ、天ぷら、肉じゃが、焼き魚、カレーで異世界マウントを取った後、煮物料理で誤魔化すか、クララの舌と俺の好みが合えば良いと願いつつ、それぞれの食材をカゴに詰め込み。買い物を終わらせた。
「マコトの時間をこんなに割いて、大丈夫ですか?」
まだ、彼女に自分が無職だとは伝えていなかったので、どうしたものかと考えたとき、大切な用件を思い出した。(そういえば健ちゃんに連絡することを、すっかり忘れていた)俺は慌ててスマホを取り出し、電話を掛けることにした。
「何か成果あったの?」
呼び出し音が耳元から聞こえてきた途端、健ちゃんの声が耳に飛び込む。
「心配掛けてしまって悪かったな……色々あったんだが、野暮用が立て込んだんで、二三日でそれを片づけたら、こちらからもう一度電話するわ」
そう言って、スマホを切る。健ちゃんが「うん、待っている」という寂しそうな声が耳に残った――
「今のは何をしていたのですか?」
クララが不思議そうな顔で俺を見やる。
「この機械は、遠くの人たちと会話が交わせる道具なんだよ」
俺はちょっと笑ってから、スマホを彼女に見せ説明した。
「信じられないと言いたいですが、ここまで色々とアース世界を見てきたので、否定出来ません……」
「ははは……こちらの世界は科学が発達して、文明が進んだからね。クララのいた世界に使われている魔法は存在しないんだ。なんて説明すれば良いか……機械文明がアース世界だと言えるかもね」
「えっ!? 魔法は無いのですか! けれども文化は、私たちが住んでいる世界と比べると遙かに進んでいます……」
俺は彼女と話しをしながら、(物語でありがちすぎる会話のやり取りだよな)と、どこか達観している自分がそこに居た――
勇者の友人はひきこもり 山鳥うずら @yamadoriuzura
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