40代。BBA。まだあきらめちゃいない。
多賀 夢(元・みきてぃ)
40代。BBA。まだあきらめちゃいない。
15の時は、大学に入ったら人生が終わると思っていた。
18の時は、大学を卒業したらもう価値がないと思っていた。
28の時には30までに細く短く生きて死ぬんだろうと思っていた。
だから夢なんて持っても無駄だと思っていた。
周囲の人間にしたって、あれは本心じゃなくフェイクなんだと思っていた。
だって、生き残るのは一握りのはずだから。
生まれ、偏差値、出身大学と、次々にふるいにかけられて残る人間なんて、どう考えたってほんの数粒しかいないし――大きすぎるものは、細かく砕かれて砂にされるのが社会だと、私は思っていたから。
まあ結論として。
40半ばになった今でも、私は生きていた。
むしろゴキブリ並みの生命力で。驚異的な運と回避力で。
「おおおおおう」
私はスマホのメッセンジャーを見て震えていた。
現場終了のお知らせであった。なんでも重要な契約違反が上層部であった挙句、裏金のやり取りまで発覚。その枝葉で刑法に触れることまで出てきたらしく、コロナ禍で偶然引き当てた在宅SE職は、あっけなくパーになった。
「おうおう、ちょっと待てや」
ぶつぶつ言いながら家の中をぐるぐる歩く。Zoom会議用に半分だけ片づけた部屋の一部を、ひたすらコマのように回り続ける。
「おま、いくらこの仕事に投資した思うとん? 個人でC#講座受けたんやぞ? モニタも買うたんぞ?机めっさ高かったんやぞ?」
誰に言うでもない文句。落ち着こうと思ってテレビをつけたら、ちょうどニュースで上層部がしょっ引かれる図が全国放送されている。――え、こんな大事やったん。
「欲をかく暇があったら働けボケェ!!」
テレビに向かって叫んでも、録画なんだから相手に届くわけがない。まあ、届いたところで下っ端の話なんて歯牙にもかけないだろうけど。そういえばそういう奴だったよなアイツって。私の質問を、鼻で笑って無視したことは今でも許してねえぞ。
これでも本気でモノにするつもりだったんだぞ。
20代の子に交じって、20万を超える講座にも参加したんだぞ。
貯金すっからかんにしてでも、上を目指してきたってのに。
そこでスマホに着信が来た。以前お世話になったホテルの営業部長だ。
「もしもし?お久しぶりですー。お元気でした?」
『元気じゃないよ、コロナだし。そっちも大変そうだねえ』
「あれ、今の職について、話してましたっけ?」
『〇〇君から聞いたよ』
それは、一時期バイトしていた清掃会社の社長だった。
「ああ!あの人、そちらも担当していたんですかー」
『そうそう。でさ、パソコン得意なんだって?』
急な話題変更に、私はちょっと言葉を詰まらせた。
「まあ、得意っちゅうか、その中身を作れるってだけですね」
『webサイトは作れる?』
「んまあ。どんなサイトを作りたいかによりますが」
『実は、うちと他所さんで会社立ち上げて、バーチャル観光ガイドやろうかって話があって』
「え? はあ、え?」
『うちで働いてるときは、観光業で本気出したいって言ってたよね。土地の事もいろいろ勉強もして、相当知識持ってて』
私は当時を思い出した。一度SEをドロップアウトした私は、趣味の歴史考証だとか地理地質だとかの知識を生かし、観光業で働いていた。当時はまだコロナもなかったから、お客さんがたくさんで。私の観光案内で喜んでくれる人も多くて。この仕事で天下取ったる!とすら思ったものだ。――コロナのファーストインパクトでクビになったけど。
『パソコンの技術も知識も込みで、その会社でやってみる気ある?観光はまだまだ未練あるって言ってたじゃん』
うずうずする。匂う、猛烈に運の匂いがする。
「えーと、数分待ってもらえます?」
私は背後を振り返った。簡易的に作った神棚から、GOという声が聞こえた気がする。
しかし、その前に確認だ。
「ちなみにー。まだ早い話ですけどね? それを承知で聞くんですけど――契約は、月々おいくらでしょ」
『いやいや、気が早すぎるだろ』
呆れる相手に、私はへらへらと笑って見せた。
「いやまあ、そうなんすけどね。実はねえ、例の会社からは、中学3年生の年齢くらいしか頂けてなくてねぇ……」
言ってて悲しくなりながらも告白すると、向こうはちょっとの沈黙の後こう言った。
『さすがに、それよりは多く渡せると思うよ?仕事が波に乗るまでは、観光案内とか清掃とか、他社さんにも頼んで仕事回すしさ』
「やります!」
『いや、もっと考えた方が』
「いやいや、技術者として上に行きたいって夢と、観光業を極めたいって夢が同時に叶うんですよ!もう即決します。悩みません」
『相変わらずガツガツしてんねえ』
電話の向こうから、営業部長の笑いが漏れた。
なんとでも言え。私は人生をあきらめちゃいない。
長く生きるうちに気づいたんだ、夢は追ってりゃ叶うって。
どんなに底辺に落とされたって、夢さえ追ってりゃどこかにつながるって。
二兎を追えば二兎とも捕まえられる、誰かに語った夢が運や縁となって道を開くって。
二、三会話をして通話を切り、私は思いっきりガッツポーズをした。
「ざまあみろい!こっちは首の皮がしっかり繋がっとるわい!!」
テレビのニュースは受験の話題に替わっていた。緊張した面持ちでインタビューを受ける若人を眺めていた私は、画面に向かって思いっきり変顔をして見せた。
「てめえら、大学で人生なんて決まらねぇよっ!」
私、齢四十半ば。何度でも夢を追い、何度でも這い上がり。
今日も明日も明後日も、太く長い人生をいきていく所存です。
40代。BBA。まだあきらめちゃいない。 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki
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