[リセマラベイビー]

麗乃かの

[第1話]『親ガチャミスった』と言われたので

『親ガチャ』。産まれる親の元を子供が選べない事を、ソーシャルゲームの『ガチャ』に準えて造られた言葉だ。


 字面だけでも不穏なこの単語は、どうやら若者の間で浸透しているらしい。らしい、というのは、僕自身『親ガチャ』という単語を知ったのは、ついさっきの事なのだ。


「親ガチャ、ミスった〜! まじ最悪」


 16になる娘にそう言われた。娘には、それなりに愛情を注ぎながら育ててきたつもりでいた。


「あんたの子供なんかに産まれてこなきゃよかった」


 だが、成績が悪いことを、少し咎めただけでこの言い様だ。反抗期だろうが思春期だろうが、言っていいことと悪いことがある。僕が『こういう年頃』に、親に向かって放った最大の暴言でも「くそババア!!」とか、「うるせぇ!!」とか、可愛げのあるものだったのだが。最近の子の『思春期語』は随分と過激だ。可愛げがない。


「そもそも私はあんたに産んでなんて頼んでないし!! 私って可哀想だと思わない?! クソみたいな親の元に産み落とされて──私は被害者なんですけど!! 加害者が被害者になんでそんな大きな顔できるわけ!?」


 本当に、可愛くない娘だ。僕と千尋の間に、何故こんな奴が生まれてきてしまったのか。


「……あぁ……。頼まれてたら、産まなかったよ、お前なんて」


 僕はそう言ってゆっくりと立ち上り、台所に向かった。その途中で聞こえた、「え……?」という乾いた声を無視して、冷蔵庫からビールを取り出す。


「お前、ブスだし馬鹿だし……。そこに目を瞑ったとしても、なにか一つでも長所があるか? 」


「……は……、え……?」


「はぁ……。もう一人、作っとけばよかったって、最近つくづく思うよ。……こんなブス一匹に金と愛情を注いで育ててきたんだもんな、バカみたいだ」


「……」


「被害者は俺たちの方だ。……クソの役にも立たねぇゴミを押し付けられて、金と時間を使わされて……。とんだ貧乏くじだ……。生まれてきたことを反省してほしい。


『子ガチャ』大失敗だよ」


 僕は、アイツの顔が見たくなった。その顔は悲しんでいるのだろうか、怒っているのだろうか、それとも別の感情を表しているのだろうか。


 何にせよ、傷ついたような顔をしてくれていれば嬉しい。自分の言葉で傷ついた奴を見る度に、僕は愉悦を覚えるのだ。


 胸を弾ませながら、僕はゆっくりと振り返って、アイツの顔を見ようとした。


「……え」


 そこに、僕の娘はいなかった。


 娘の姿の代わりに、そこには和服に身を包んだ少女達の姿があった。


「……君たち……誰……?」


 見てくれは幼い。小学生くらいだろうか。二人とも宝石のような、大きな目を輝かせながらニコニコと僕を見つめていた。その人形のような瞳が怖くなって、僕は一歩退いた。


 赤髪の少女は僕を見上げると、目を細めた。


「こんばんは! わたし達は『人生リセマラ委員会』の者です!!」




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 僕はその二人を、とりあえずダイニングに座らせて、ジュースを出して話を聞くことにした。


 赤髪の少女はジュースを一気に飲み干すと、口の周りを舌で舐め、僕の目を見て言った。


「人生って、クソゲーだと思いません?」


「え……あぁ……まぁ」


「高確率でキャラメイクは失敗、ゲーム開始時に引ける『親ガチャ』は一度きりで、しかも★5の排出率は天文学的数字。シナリオや設定もかなり残酷ですよね、主人公一人が動いても、到底世界を変えることはできないし。クリアする方法は『ゲームオーバー』、つまり『死亡』のみ!!」


 少女は机を叩くと、「なんてクソゲーなんだ!」と大袈裟な素振りで嘆いた。


「ですが、そんなクソゲーの中にも、ゲームに意味や、やり甲斐を持たせるための要素があるのです。それが、『ガチャ』です」


 ずっと黙っていた青髪の方の少女が、穏やかな口調で喋り始めた。


「人生には色々なガチャがあります。『能力ガチャ』とか『学歴ガチャ』とか、『友達ガチャ』とか『職業ガチャ』とか……。まぁ、これも『親ガチャ』同様、大抵の場合★3以下ですが、どれかひとつでも★4が出れば御の字です」


「ですがですが!! これらのガチャを引けるのもたった一度だけ!! やっぱりクソゲーです!!」


 赤髪の少女は机から身を乗り出して、僕の目に語りかけてくる。


「わたし達、人生リセマラ委員会は、そんな哀れなプレイヤーの皆様に救済の手を差し伸べるべく存在します!! そして、有馬圭太さん!! あなたには、委員会からリセマラする権利を与えられたのです!!」


「……」


 なんだか……突飛な話だな。僕は40過ぎのおっさんではあるが、ソシャゲくらいはやっているから、リセマラという概念自体は知っている。


 リセマラ、リセットマラソンの略。ゲーム開始時に引ける『ガチャ』で、納得のいく結果を出すために、ゲームのインストールとアンインストールを繰り返す──つまりリセットすることを、マラソンに準えた言葉だ。


 だが、人生のリセマラとは一体どういうことだろうか。人生のリセット、──つまりは、一度死んで再び産まれてくると言うことか?


「人生がたった一本のゲームだと思ったら大間違いで、0歳から18歳前後までを『I』、18歳から28歳前後までを『II』、30前後から50前後までを「III」、50歳から60歳までを「IV」、60から80までを「V」、80以降を「VI」……といったように、言うならば六本のソフトから成り立っているのです」


 青髪の方はやはり落ち着いた様子で、小さな手振りをしながら説明した。「I」とか、『II』とか、まぁ、……ドラクエやFFみたいなシリーズ作品の命名法と同じノリだろう。


「今あなたがプレイしているのは、『III』です。『III』では、大抵の場合、プレイ開始と同時に『子ガチャ』というイベントがあります」


「!」


 子ガチャ……。


「あなたは先程、『子ガチャに失敗した』と言っていましたね? ならば、子ガチャ……やり直したいと、思いませんか?」


「……ああ、……したい……。……やり直したい!! 」


 僕は机から身を乗り出して少女に向かって叫んだ。少女は穏やかに笑うと、どこからか拳銃を取り出した。


「……なんだ?これ? ……これで、自殺すればリセットできるのか?」


「人生というゲームにおいて、リセット機能は存在しません。『死』はクリアの条件であり、同時にゲームオーバーでもあります」


「……?」


「……つまり、この拳銃は、このゲームに存在しない『リセット』という機能を使用することが出来る道具──チートツールです」


 青髪の少女は言うと、拳銃を僕の頭に突きつけた。


「リセットをするためには、この拳銃で、あなたの子供を撃ち殺すか、子供にあなたを撃ってもらう必要があります」


「子供を……」


 子供を容赦なく殺せるほど、俺は人を捨ててない。……そう簡単にズルは出来ないぞって事か。


「今回は特別に、私が撃ちます。……私がトリガーを引いたその瞬間、あなたの魂は17年前に戻ります。……いいですね?」


「……あぁ」


 少女はニコッと微笑むと、引き金に指をかけた。



「「それでは、よいリセマラを──」」

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[リセマラベイビー] 麗乃かの @shefillsher

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