CASE1 ジェットばばあ13

「ってかぁ、車のスピードを落とせば良かったと思うんですけどー」


 深夜まで働いたということもあり、翌日は午後からの出勤だった。


 朝からの勤務を覚悟していたので、これは本当にありがたかった。


 どうやら特に勤務シフトのようなものは決まっておらず。、その時の働いた時間と仕事状況で、フレキシブルに勤務時間を変えていいのだそうだ。

 

 そんなわけで、午後に全員集まったところで、昨晩のジェットばあさん処理の報告会となったのだ。


 そこで報告を聞いていたひばりが、いきなりとんでもない発言をした。


「ジェットばあさんの特性って並走ですよねぇ?だから車のスピードを落とせば、それに合わせてジェットばあさんもスピードを落としたと思うんですけどぉ。そしたら虎の足で捕まえられたんじゃないですかー?」

「あぅ、そういえば」


 怜が口をあんぐりと開ける。


「音々ちゃんはぁ、初日だから見学だけって言ってましたよねぇ?なのに祝詞まで唱えさせて、最後は封印もさせたんですかー?」

「あ、え~と、う~ん、それは何というか、超法規的措置というか」

「意味が違うと思うんですけどぉ」

「で、でも、おかげで音々ちゃんは自分の力に気づけたし」

「それは結果論ですよねー。祝詞が不発だったらどうするつもりだったんですかぁ?そしたらただ怖い思いだけして、辞めちゃうところだったんですよぉ?また班長のお守りができる人がいなくなりますねぇ。いい加減、パソコン覚えますぅ?」

「お、おぉ、それはちょっと……すみませんでした」


 無表情のひばりが、ひたすら怜を詰める。


 可愛い子の無表情はこれほど恐ろしいものなのか。


 自分が怒られているわけではないのだが、音々も思わず背筋が伸びる。


「いつものことだから気にしなくていいっすよ。どうぞっす」

「あ、ありがとうございます」


 虎之丞が作ったココアを置いてくれる。


 甘くておいしい。


「虎もぉ、ちゃんと班長見張ってないとだめでしょー?」

「すいませんっす!」

「他に何か問題はなかったー?」

「あ、そうだ。班長、城跡でYチューバーたちを脅かしたっす」

「と、虎!それはっ」

「どういうことですかぁ?」


 再び、ひばりによる尋問が始まった。


 完全にギャルにたかられる、冴えないサラリーマンの図だった。


「さ、あっちはまだかかりそうっすから、昇華やっちゃいましょう」

「い、いいんですかね」

「いいっすいいっす」


 虎之丞が二つの木箱を応接テーブルの上に置く。


 こうして見ると、何の変哲もない木箱である。この中にあの恐ろしい異形の怪異が入っているとは想像できない。


「何か特別な道具とか必要ないんですか?」

「普通は神具を使うみたいっすけど、音々さんなら何もなくて大丈夫だろうって、班長が言ってたっす」

「班長がですか。それはその少し信用が……」

「あははは!確かにそうっすよね。でも大丈夫っすよ、ああ見えて班長は人の力を見極めるのは確かっすから。それに万が一失敗しても大丈夫っす。その時は神具を用意してやればいいっすから」


 本当だろうか。


 しかし、少なくとも怜より虎之丞のほうが信用はできる。その虎之丞が言うならばやってみよう。


 それに心配してもいいと言ってくれている。


「じゃ、やってみますね。え~と、確か木箱に手を当てて……」


 実は家を出る前に、昇華のやり方を父から聞いていた。前日に怜が昇華をやるといっていたから、念のため予習をしていたのだ。


 そこまでするということは、どうやら自分は、意外とこの仕事にやる気を覚えているようだ。


「お、二つ同時にやるっすか?すごいっすね」

「え?普通は一つずつなんですか?父に話したらまずこれでやってみろと」

「あぁ、奏太郎さんは試してみたいんすね。音々さんが二つ同時にできるかどうか」


 娘を実験に使うとは何たる父親か。まんまと失敗して幻滅させてやろう。


 机に置いたそれぞれの木箱に手の平を載せる。


 あとはそれで祝詞を唱えればいいそうだ。


「お、始めたのかい?」


 怒られていたはずの怜が、応接スペースへやってきた。


「お、もう終わったっすか?」

「うん、終わったよ」

「終わってないですー。一時中断ですよぉ」


 後ろからひばりも現れた。


 どうやら音々が昇華をするのを見に来たらしい。


 大勢に、といっても三人だが、注目されていると緊張する。


 失敗する気満々だったが、それはそれで恥ずかしい。


 だが、ここの人たちは音々が失敗しても笑うことはないだろう。それは何となくわかってきた。


 そう思うと、少し緊張が解けてきた。今はただ昇華に集中すればいい。


「昇華の祝詞は覚えてきたの?」

「はい」

「うん、班員としていい心構えだね」

「何だか偉そうですねー」

「くすっ」


 ひばりが茶々を入れたので、思わず吹き出してしまった。ひばりも何だか楽しそうだ。


「ほらほら、僕のことはいいから、集中して」


 怜が少し恥ずかしそうに言う。


「で、では行きます。あの~、失敗したらすみません」

「大丈夫。失敗したらもう一度やればいいさ」

 

 音々は一つ深呼吸をして、間違えないように今一度頭のなかで祝詞を反芻する。


 でも、失敗したらもう一度やればいいのだ。


 簡単な言葉だが、気持ちを楽にしてくれる。


 音々は息を吐き、それから祝詞を唱えた。


「えれよさ、のぼ~か、なれら、なれら、えれよさ、のぼ~か、なれら、なれら…………」


 昨日唱えた時と同じように、体が少しずつ温まり、気持ちがよくなる。


 木箱に置いている手が、ほのかに輝く。今回は体は光らず、手だけだった。


「えれよさ、のぼ~か、なれら、なれら、えれよさ、のぼ~か、なれら、なれら…………」


 唱え続けると、木箱の上から手の平を何かが通る感覚がした。しかし、嫌な感じはしない。


 音々の手の甲から、きらきらと輝く粒子のようなものが出てきた。


 そしてその粒子は輝きながら、そのまま天へ昇っていく。


「うん、いつ見てもきれいだね」

「ってか、音々ちゃんの昇華、普通よりきれいじゃないですかー?」

「確かに!いつもよりきらきらが多い気がしたっす」

「しっかり昇華できたってことなんだろうね。それだけ音々ちゃんの力は優れてるってことだ」


 見学している面々が思い思いの感想を述べる。


 音々も天に昇る粒子を見ていた。とてもあの恐ろしい怪異から出ているものとは思えないほど美しい。


 そして、次第にその粒子は少なくなり、最後は何も出なくなった。


 初めてした昇華なのだが、不思議とこれで終わりということがわかる。もう木箱の中には何も入っていない。


「……終わったみたいです」

「うん、そうみたいだね」

「二つ同時に昇華できたっすね!すごいっすよ」

「ホントすごいー」


 みんな自分のことのように喜んでくれる。


「ここまでが怪異の処理だ」

「じゃこれで、ジェットばあさんの処理が終わったんですね」

「そうさ。音々ちゃん、初仕事、お疲れ様でした」


 祝詞を唱えたことで少し疲労感があったが、それ以上に充実感があった。



*******


第一章完結です。

次章は少し間が空いての更新となります。

お読みいただき、ありがとうございました。

次章以降もよろしくお願いいたします。

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【第一章完結】都市伝説処理班 那斗部ひろ @natobe_hiro203

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