サキュバスと知り合いなだけ

こうき

サキュバスがコーヒー飲んで愚痴るだけ

俺は街角の喫茶店のマスターだ。


今日も客の雑音が響く店内。

その中で一人カウンターに座る彼女はサキュバスである。

そうあのエロい事を生業とする悪魔だ!


……我ながらすっとんきょうな事を言っている。


一見どこにでも居そうな可愛らしい女性だ。

今もスマホで何か聴き、小説を読みながらコーヒーを飲んでいる。

サラサラの髪。まつげの長いパッチリとした目。ピンクのグロスが光る唇。

量販店で売られている雑誌に載っているような服。

派手ではないが地味というほどでもない。

胸は多少大きほうだとは思うが、彼女が人外たる根拠にはならない。


しかし先日会話中のあるきっかけで

彼女は自身をサキュバスであると明かした。


あまりにムキになるもので、

コーヒー1杯分の代金でエロい夢を頼んだところ

推しのグラドルとの白昼淫夢を見せられた。


実際の時間は1秒も経ってなかったのだが、

夢の中の甘美な体験に俺の股間はヌルヌルの爆発寸前であった。


あの時はカウンターに入っていて

そして他に店員が居なくて

本当に良かった。


「ねえ聞いてよマスター!」


不意に声をかけられる。

本は読み終わったようで、バッグの中へイヤホンと共に押し込まれていた。

俺は殻になったカップにコーヒーを注ぎ、彼女が話し始める準備をした。


「もー、あいつがさ~」


読書が終わると、愚痴タイムが始まる。


元々話を聞くのは好きな性分だ。


それに昔バーで働いていた頃から

人の愚痴や世間話を好んでよく聞いていた。


その習慣でカウンターに座る一人客とはよく話をする。

話と言っても相手にほぼ一方的に喋らせる。

俺はそれに良い案配の相づちと合いの手で返していく。

この会話のラリーが心地いいのだ。


それに大抵の愚痴は、誰かに話しているうちに自己解決してしまうものだ。

たとえ解決できなくても、『誰かに聴いてもらう』だけで心持ちは変わってくる。

そうして来店された方々に少しでも癒やしとなってくれればと思う。


彼女は俺にサキュバスだと明かした日から、彼女を召還したという男の愚痴を話すようになった。


愚痴と言っても様々だ。


本当にどうしようもならないことに対する不満の愚痴。

誰かに自分の気持ちを知ってもらいたい承認欲求の愚痴。

ただその事を話題にしたいだけの話のきっかけの愚痴。


「まったくしょうがないわよねぇ」


召還主の事を話す彼女の口元には笑みがこぼれる。

相手を見守るような優しい笑みだ。


だがあまりにも上手くいかないようなので

召還主を籠絡してしまったらどうかと持ちかけてみた。


一瞬の白昼夢で、あれだけのものを見せられるのだ。

本気を出せばどんな男でも言いなりだろう。


すると


「そっそれはルール違反というか、あいつが望んでいないというか…

ほら私サキュバスとはいえ悪魔のはしくれですから!

悪魔は契約はきちんと守るものなのよ!」


慌てながら顔を赤らめ話す彼女は

どこにでもいるような普通の女性に見えた。


意外なことに彼女を召喚したという男の願いは

ただエッチなことをすることではないらしい。

その上召喚されたときの契約書みたいなものがあって、

それによって召喚主に催淫行為はできないそうだ。


彼女が彼に無理強いをできないのは

契約以外にも理由があるように思うのだが

それを伝えるのは野暮というものだろう。


「あっ

 そろそろあいつが帰る時間だから迎えに行ってくるね」


彼女は彼の本棚から借りたという小説の入ったバッグを

肩にかけ、コーヒーの支払いを済ますと

颯爽とドアを出ていった。


今日も帰る道すがら、彼の好きな小説の話をするのだろう。

マニアックなジャンルなので、話ができる人が居ないそうだ。

以前本を見せてもらったが、少なくとも俺には難しい内容だった。


ドアベルの残響と他の客同士の会話で賑わう店内。

茶器を片付けているとドアベルが鳴り、新しい客が入ってきた。


「いらっしゃいませ」


俺は気持ちを切り替え、新しい客を出迎えた。


今度こそ一晩分のエロい夢を見せてほしいと頼みたい願望と

いつの日か召喚主という彼と一緒に来店して欲しい…

ような欲しくないような。

そんな複雑な願望を胸に仕舞って。


************


ここまでお読みいただきありがとうございました。


ご評価いただければ幸いです。


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