ある晴れた冬の日と雪だるま。人懐っこい後輩。

久野真一

ある晴れた冬の日と雪だるま。人懐っこい後輩。

「せんぱーい」


 一面雪化粧の近所の小さな小さな寂れた公園。

 その中から手を振る小さな女の子。

 ああ、これは夢だな。なんせゆいがちっちゃい。


「どうしたの?」


 誘われるように公園に踏み込んでみるとそこには僕の背丈くらいの雪だるま。

 それと、傍らに寄り添うように唯の背丈くらいの雪だるま。


「雪だるま作ってみたんです。どうです?」


 ニカっと笑顔の唯が可愛らしい。


「結構大きいよね。でも、なんで二つ?」


 なんとなく僕と唯を模しているのはわかった。

 でも、その意味がわからない。


「先輩と私の分で二つですよ。それくらいわからないんですか?」

「さすがに意味はわかるよ。どういうつもりのなの?ってこと」


 見ると何やら思案顔。


「先輩。本当に意味がわからないんですか?」

「う。ちょっと考えてみる……」


 悲しそうな顔に何か悪いことをした気になって考えを巡らそうとするも。


「いいですよ。私が臆病なのが悪いんですから」

「臆病?」

「とにかく。大したことじゃないので忘れてください」

「……そう言うなら」


 話題を打ち切りたそうにしていたのでそれ以上は続けられなかった。

 

「いつか勇気が出たときには伝えますから」


 何か重要なことだと思った。だから、


「じゃあ、その時には聞くから」

「ありがとうございます。いつか……聞いてもらえると嬉しいです」


 そんなやり取りが印象に残った。


◇◇◇◇


「なんか、あの時の夢を見るなんて久しぶりだ」


 年一くらいで夢にみるあの時の光景。

 唯はあの時一体何を言いたかったんだろう?

 自意識過剰かもしれないけど、もしかして……。

 なんて何度も思ったけど、勘違いだったらと臆病になってしまって未だに一歩踏み出せていない。


 換気しようと窓を開けて外の空気を取り込もうとして、


「さむっ」


 ここ数週間で一番の寒さとか言ってたっけ。


「雪か……何年ぶりだろう」


 小学校のあの年以来じゃないだろうか。

 ちらちらと雪が降ることはあっても積もることは少ない。

 あの時の思い出が蘇って来て少し懐かしくなった。


 ふと、プルルルル、プルルルル。着信?

 スマホを取ってみれば相手は唯。冬山唯ふゆやまゆい

 僕がいつしか好きになっていた後輩で同じマンション住まいでもある。


「唯?こんな朝っぱらからどうしたんだ?」

「せんぱーい。久しぶりに雪だるまでも作りませんかー?」


 雪だるま?


「別にいいけど。なんだか少し子どもっぽいような気が……」

 

 あ、失言失言。


「どーせ私は子どもっぽいですよーだ」


 あらら、拗ねちゃった。


「ごめんごめん。じゃあ、雪だるま作ろう」

「いいですよ。大人な冬弥とうや君は雪だるまなんか興味ないですもんね」

 

 まずい。唯はこうして拗ねると後を引くところがある。

 あ。いい方法を思いついた。


「ごめん。僕も本当は作ってみたかったんだけど恥ずかしくてね」


 少し姑息だけど、恥ずかしかったということ・・にする。


「……もう。先輩はそういうところ素直じゃないですね」


 途端に機嫌が治る唯はなんていうか少しチョロいところがある。


「じゃあ、11時頃にマンション前の公園で集合でいいですか?」

「りょーかい。あ、朝ご飯食べ忘れたりしないようにね」


 どうにも唯はこういう時に落ち着きがないというか、そのことだけ考えて他のことを忘れる癖がある。


「さ、さすがに忘れてませんよ」

「忘れかけてただろ」

「と、とにかく。また後で!」


 恥ずかしかったんだろうか。素早く電話を切ってしまった。

 不思議と愛嬌があって、彼女がクラスでのマスコット的存在というのも頷ける。

 マジで抜けてるところも女子からすると良いらしい。そういうものだろうか。


「でも、そうか。ひょっとしてこれはチャンスかも?」


 高校に入ってから唯を強く意識することがだいぶ増えた僕。

 昔は単に可愛らしい後輩だとしか思っていなかったけど、いつしかそんな関係だと満足できなくなっていた。恥ずかしながら、夢に彼女が出てきてあれこれする、という恥ずかしい夢を見た後はひっそりと自己嫌悪だったけど。


 唯が僕を慕っていてくれるのは間違いない。ただ、その様はあまりに無邪気で、男としてどうかというのはずっとわからない。だから、僕が好きなのは確かでも踏み込めなかったけど、勇気を出して多少探りを入れてみるのもありかもしれない。


◇◇◇◇


「せんぱーい」


 11時前に公園につくと、中から唯がぶんぶんと手を振っている。

 数年前のあの時をふと思い出す。変わってるようで変わらないなあ。


 長靴にスカート……って寒くないの?まあ、唯はスカートに並々ならぬこだわりがあるんだけど、何も雪の日にまでと思う。

 上は暖かそうな茶色のセーターに白のコートを着込んでいる。

 何かやたら服装に気合入ってるな。


「おはよう。ところでスカート、寒くないの?」

「せんぱい。ちょっとそれは無いと思いますよ」

「え?」


 じろりと睨まれてしまう。

 自分のスカートを指差すジェスチャー。

 見ろ?ということ?

 

 うーん。膝上くらいまでのスカートで、少し太ももが見えていて。

 いつもよりなんだか少しお洒落なデザインな気がする。

 ああ、そういうこと?


「ごめん唯。似合ってる」

「ようやく気付いてくれましたか」


 やれやれと言わんばかりだ。


「いやだって、言われないとわからないよ」

「……言われないとわからない、か……そうですよね」

「もちろん、出来るだけ察せるようになりたいけど」

「ああ、そういうんじゃないんです。怒ってるわけじゃなくて」

「あ、ああ。それなら」


 お互い少し気まずい雰囲気で雪だるま作りを開始。

 さて、どんな雪だるまを作ろうかと思ったところで、あの日の光景が蘇る。

 いいアプローチを思いついた。

 つまり、僕と唯を模した雪だるまを作ってみて反応を探る作戦だ。

 微妙そうな反応だったなら「冗談だよ、冗談」と誤魔化せばいい。

 好意的な反応だったら、多少それとなく気持ちを伝えてみる。

 うん。我ながら完璧な作戦……だといいんだけど。


「はあ……はあ……」


 なんて調子に乗ったはいいけど、雪だるま作りは結構重労働。

 

「はあ……雪だるま作りって結構しんどいですね」

「僕も今更思い出したよ」

「あの時のことですか?」


 あの時。そのキーワードでピンと来た。


「唯はなんかおっきい雪だるま二つ作ってたでしょ」

「……そうですね」


 懐かしそうに目を細める彼女がなんだか大人びて見えた。

 なんだろう。やっぱりいつもと少し様子が違う気がする。


「あのとき、唯は何を伝えたくて……ってごめん。失言だった」

「いいんです。今日、言おうって決めたので」

「ひょっとして……」


 自意識過剰かと疑っていたのだけど、実は本当に?


「とにかく、雪だるま作り、再開しましょう」

「う、うん」


 それきり黙って唯は雪だるま作りを再開してしまった。

 しかし、二人で雪だるま作りと言いながらその実、別のを作っている。

 唯は……何か、二つ雪だるまを作っているように見える。

 僕は僕で、二つ雪だるまを作っている。

 さすがにこの構図は偶然、だよね?


 約一時間後。


「かんせーい。ほらほら、見てください。せんぱい!」


 ちょうど僕も完成したところだったので振り向くと、そこには僕くらいの背丈の雪だるまに彼女くらいの背丈の雪だるまが並んでいる。しかも、ご丁寧に手まで繋いでいる。


 これ、やっぱりそういうこと?なんだか急に気恥ずかしくなって来た。


「あのさ。二人分雪だるまがあるのはなんで?」


 しかも、片方の唯くらいの背丈の雪だるまにはご丁寧に髪の毛を模した毛糸まで。

 ここまでされて気づかない他、鈍感じゃない。


「わからないんですか?」


 僕を試すような、そんな少し悪戯めいた目つき。


「いや、さすがにわかったよ。えーと……そういうことなんだろ?」


 唯は僕のこと好きなんでしょ?そんな台詞は恥ずかし過ぎる。

 だから、濁したのだけど。


「気づいているんだったらはっきり言って欲しいです」


 唯の癖に小癪な。


「わかったよ。その……唯は僕のこと好きなんだろ」


 なんて羞恥プレイをやらせるんだ。


「はい。先輩のことずっと好きでした。あの日は気づいてくれませんでしたけど」


 恨みがましい声。


「当時の僕は小学生だっての。気づけとか無理だよ」


 だって、あの頃は恋愛とかそういうのを意識する以前だったし。


「女子の方が精神的な成長が早いって本当なのかもしれませんね」

「遠回しに僕が子どもだって言っている?」

「言ってませんよ。ところで、先輩の雪だるまですけど……」

「ど、どうかした?」


 探りを入れるためだったけど。

 既に結が僕のことを好きというのはわかってしまった。


「ひょっとして……私と同じ意味だったりします?」


 急にウキウキしだした。現金な奴!


「それはその……まあ、そういうこと」


 ほぼ勝ち確のはずなのに恥ずかしくて言葉が出てこない。

 だから、言葉を濁したのだけど。


「そういうことじゃわかりません!」

「既にわかってるんだったらはっきり言えって」


 さっきのお返しとばかりに言い返す。


「は、はっきりって。その、先輩は私の……」


 急に言葉を濁しやがった。

 僕に言わせといてそれはない。


「だから、はっきり言って欲しいんだけどな」


 あえて不機嫌な声を出してみる。


「先輩、すっごい意地悪ですね」

「お互い様でしょ」


 僕だけが一方的に恥ずかしいとかゴメンだ。


「わかりました!わかりましたよ!」


 すうっと息を吸い込んで。


「その……先輩は私の事、好き、なんですよね?」


 よし。見事に言わせたぞ。


「そういうこと。じゃあ、これからは」


 恋人として、と言いかけたとき。


「先輩。まだ大切なこと聞いてないんですけど?」

「いや、実質言っただろ」

「先輩の言葉で聞いてません」


 なんて頑固なんだ。


「じゃあ。唯のことが最近ずっと気になってる」

「もっとはっきり。いつからですか?」

「まあ。高校に入ってから」

「きっかけは?」


 なんで問い詰めになってるんだ。


「いやその。もともと可愛いとは思ってたし。なんとなく」


 実際、そうとしか言いようがないのだ。

 あえて言うなら、二人で遊びに行った日のどこかだけど。


「もっとちゃんとしたきっかけがあったらよかったのに」

「無茶な注文つけないで欲しいんだけど。大体、唯もきっかけは何だよ」

「……なんとなく、です」

「同類じゃないか」


 そう。なんとなく。そうとしか言いようがない。


「とにかく。そ、その。恋人になったわけですよね。私たち!」

「そりゃまあ」

「それで、その。キス……とかしてみたいです」

「……」


 いきなりだろ。手を繋いだことだってそんなに無いのに。

 でも、まあ。唯の頼みなら。僕だってしてみたかったし。


「そのさ。キスとか初めてだから。下手かもしれないけど」

「私もですよ。別に気にしませんから……」


 少し身体を震わせてつま先立ちの唯。

 考えてみると身長差が大きいから、こうしないときつい。

 僕は僕で少しかがんで、瑞々しい唇にちゅっと自分のを合わせたのだった。


「キス、しちゃいましたね」

「あ、ああ。良かった、かも」

「私も良かったです」


 気が付けば唯の顔は真っ赤だった。


「唯、顔赤いよ」

「先輩の顔も凄く赤いです」

「なんとなくそんな気がしてた」


 なんとなく顔がまっすぐ見られない。


「なんか。すっごい熱に浮かされたような気持ちなんですけど」

「僕も同じく。なんでだろうね」


 ようやく恋人になれたというのにかえって恥ずかしいなんて。


「でも。あの雪だるまたちみたいに、仲良く過ごせるといいですね」


 唯は僕の作ったのと彼女が作ったの両方を指さしながら言った。


「う、うん。僕もそう思ってるよ」

「……」

「……帰ろっか」

「……はい」


 言葉少なに手を繋ぎながら、僕たちはぎこちなく二人家路についたのだった。

 初日からこんなので僕たち大丈夫?


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

昨日、雪が積もったのを思い出してふと書いてみた短編です。

初々しい二人の様子をお楽しみいただけたなら幸いです。


応援コメントや★レビュー、お待ちしています。

☆☆☆☆☆☆☆☆

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