人外、願い・・・そしてスクールカースト

二つ程、前置きを書かせてください。
一つ目にアメリカのスクールカーストにおけるトップについて簡単に説明します。
男子ならジョック。体育会系であり、身体をはって戦う・競い合うことに置いて優秀な人物がこれにあたります。「運動選手」「熱中者」という意味もこの言葉は持っています。
女子ならクイーン・ビー。華やかな容姿とカリスマ性を持ち、学園の女子で最も高いの権力を持っています。彼氏は概ねジョックであり、意味はそのまま「女王蜂」です。
二つ目は神話・伝説・民話において人ならざる者が人の願いを叶えるとき、どのような展開や結末となるでしょうか?
願いを叶えた結果自ら破滅したり、到底喜べない歪な形で叶ってしまったり、結局ひどく凡庸な願いになってしまったりと、その全てが幸せに満ちたものにはならない事は皆知っていると思います。
この2つを念頭に置いて、この作品の大まかな流れを追いつつ、自分なりに面白い所を語っていこうと思います。

主人公は自分の平凡な容姿・勉学・運動能力にコンプレックスを持ち、学級内で地位を上げることを強く願っている状態から物語は始まります。
そんな彼が選んだ手段が冒険者になりダンジョンに挑むことであり、そこから山あり 谷ありの立身出世の道を歩み始めてゆく。
これだけなら、溢れるほど存在する現代ファンタジー作品の一つでしかないでしょう。
ただし、主人公の目線ながら世界観のリアルで細かい設定が興味深く、人物間の心理もわかりやすく描写され、それだけでもこの作品は面白く読むことができます。
しかし、この作品にはそれ以上に興味深い、物語全体に対して大きな仕掛けが施されているのです。

その上で紹介しないとならないのが二人のヒロインの存在となります。
一人は、この作品は人間が必ず複数の幻想の生き物を従えてダンジョン攻略に臨むのですが、その中で、主人公の相棒となる女の子の容姿を持った存在です。
この存在は幻想の生き物かつ、人の幸運を操る力を持ち、持ち前の努力とこの力で主人公は冒険者として学校内での地位を上げていきます。
いわば、物語の中で頑張る主人公の願いを叶える、神・悪魔・魔法使いの類のようなポジションにいる、人ならざる存在がこのヒロインなのです。
もう一人は、物語の序盤が終わった後、主人公の通う学校の後輩となるハーフの美少女です。
この物語は現代ファンタジーの日常と主人公のダンジョン内での活躍を描くものですが、物語中盤から後半にかけて、厄災による人類文明の崩壊によって、辛く苦しい日常が訪れることが明かされます。
残酷な事実を知った後、厄災後の世界を生き延びるための準備を主人公達は始めるのですが、準備の中で彼女が陣頭に立ち、主人公の通う学校の人物を次々と自分の勢力に引き入れます。
最終的に彼女は学校をも実質的に掌握し、作中で「女王蟻」に例えられます。
更には築いた勢力が、もし敗れて逃げ出すことになったとしても、主人公の冒険者としての実力を見込んだ彼女の両親が、主人公と彼女だけは二人で確実に逃げられる生涯安全な場所を主人公に与えました。
つまり、こちらのヒロインは、場合によっては、主人公の伴侶になるかもしれない可能性がある人物なのです。

ここで一つ目の前置きを思い出してください。
「身体をはって戦う・競い合うことに置いて優秀な人物」になった主人公が、「華やかな容姿とカリスマ性」を持った「女王蟻」に例えられる後輩のハーフの少女と結ばれるかもしれない。
これらは”スクールカースト”のトップにおけるジョックとクイーン・ビーの関係に酷似していませんでしょうか。
つまり、主人公のスクールカーストの上に立ちたいという望みは叶っている状況ですが、ジョックとクイーン・ビーの関係を終着点とすると、レビュー執筆時点では未だ完全に叶ってはいないのです。
更に、これには大きく残酷な落とし穴が存在します。

ここから二つ目の前置きに関わります。
スクールカーストの上に立つという”願い”の終着点は、人類文明の崩壊によってハーフの少女がクイーン・ビーとなり、築いた勢力の敗北から、主人公の周囲の人物に多大な不幸が降りかかる代わり、主人公とハーフの少女が結ばれることです。
つまり主人公の願いは、作中においてあまりにも膨大な犠牲によって叶えられてしまうものなのです。
主人公の相棒となる存在は人の幸運を操り、これから起こる運命を歪める力を持っています。
更に作中では主人公の敵でありながら似たような境遇をもつ存在から、人外から祝福され願いが叶っても、それが人にとっての幸福にはならないと警告を発しています。
これは、人ならざる者の存在によって、願いを叶えた結果、自ら破滅や、歪な形で願いが叶うことに繋がらないでしょうか?
ましてや、主人公には、両親と妹という愛する暖かい家庭があり、スクールカースト上位でなくとも気心の知れたクラスの友人がいます。更にこれから仲良くなるかもしれないクラスの女の子もいました。
そんなかけがいのないが日常が、スクールカーストトップに立つ願いの代わりに壊れてしまうという訳なのです。

ならば、この物語に施された大きな仕掛けとはなんなのでしょうか。
それは、この作品が一見よくある現代ファンタジー物でありながら、同時に世界中に古くから存在する、主人公が願いを叶えてくれる存在に対し、何を願いどのような結末を迎えるかを伝える御伽話でもあるという事なのです。
主人公が歪に成就しつつある願いにどう向き合うか、本当に願っているものは何か。
レビュー執筆時点ではまだ結末を迎えてはいませんが、今後も目を離すことが出来ない素晴らしい作品です。