モブ高生の俺でも冒険者になればリア充になれますか?

百均

第一章

第1話 先生、モブキャラの俺でも冒険者になればリア充になれますか?

 


 ――――スクールカースト、なんて最初に言い出した奴は頭がいいと思う。

 身分社会を表すカースト制と、クラス内の力関係は、なるほどと唸るほど一致してる。

 おそらくこれを最初に言い出したのは、中の下か下の上あたりの奴だろう。

 そのくらいの位置の奴が、上も下も良く見える。

 たぶんクラスのほとんどの奴は、自分が中のグループかちょい落ちる位にいると思っていて、だからこのスクールカーストって言葉は世間に広く受け入れられたんだろう。


 でも実際のところ、自分がどの位にいるのかなんてわかりはしない。


 自分は中のグループにいると思ってても、実際はクラスのみんなから蔭で見下されてるかもしれない。ちょっとトイレに行った時には、さっきまで一緒に笑ってた友達が自分の悪口で盛り上がってるかもしれない。SNSじゃあ、自分を省いたグループが作られてる……。


 そんな恐怖と戦いつつ、みんな自分のクラスカーストを維持しようと必死こいてる。

 あるいは、頑張って上の方にさえ行ってしまえば、こんな恐怖に怯えずにも済むのかもしれない。

 実際のところはわからないが、下から見た上の風景はずいぶんとのびのびしていて快適そうだ。

 でも、もし上の奴らの仲間入りをしようとして失敗したら……それはもう悲惨だ。

 クラスカースト最下位を押し付け合ってる中の下から下の上の奴らは抜け駆けを決して許さない。

 そもそも、カースト上位には上位の理由がある。

 コミュ能力と容姿と運動神経か頭脳――生まれ持った才能の壁。

 そのどれも突出してない俺たちは、今日もモブに甘んじる。

 授業中、リア充グループのたいして面白くもないジョークに愛想笑いを浮かべ、クラスのラインでは機械的にスタンプを送り、Twitterにいいねを付ける。

 そうやって高校三年間過ごすもんだと、思ってた。

 でももし、上に成り上がる方法が目の前に開けたら?

 容姿でも、運動神経でも、ユーモアのセンスでもなく、今から努力して間に合う……全く新しい成り上がりの手法。

 悩んで悩んで悩んで……俺は決めた。

 命の危険もある。お金もかかる。貴重な青春の時間を棒に振るかもしれない。

 それだけ頑張っても、無駄になるかもしれない。


 それでも俺は――――。






 朝。教室の扉を開けると、一瞬だけ視線が集まったのを感じた。しかしそれも本当に一瞬のことで、すぐに視線は散っていく。


「おはよう」


 挨拶に対する返事も特になく、目が合った二、三人だけ小さく手を上げてくる。

 そんないつも通りの光景を、今日はしっかりと目に焼き付ける。

 これが、今の俺……北川 歌麿(きたがわ うたまろ)のクラスの立ち位置。

 好かれても嫌われてもいない……無関心に近い居てもいなくてもどうでもいいヤツ。

 それを静かな心持ちで再確認して、俺は窓際の自分の席へと向かう。

 そこにはすでに友人の東野と西田がおり、俺の席を挟んでだべっていた。

 東野はチビガリのロンゲ、西田は小太りの眼鏡である以外はごく普通の顔立ちをした、特徴のない容姿をしている。……つまり、俺と同じような容姿レベルだ。


「はよー」

「おはよ」


 席に腰掛けながら挨拶を交わす。するとさっそく西田が話しかけてきた。


「なあマロ、聞いてくれよ」


 マロ、とは俺のアダ名のことだ。基本的に俺たちは苗字で呼び合ってるのだが、俺に関しては歌麿という特徴的な名前からアダ名がつけられてしまっていた。


「んだよ」

「昨日さ、東野がモンコロ動画貸してくれたわけよ。女の子モンスターオンリーで、セクシーシーン満載の奴。俺もう家に帰る前から楽しみで楽しみで。家に帰って速攻パンツ脱いで再生したわけ」

「今のパンツ脱いだ件(くだり)、いる? 朝から不快な思いにさせないでほしいんだけど」


 ちょっと想像しちまったじゃねぇか。俺は顔を顰めた。


「すまんすまん。でさ、確かに全部女の子モンスターだったよ? セクシーシーンも満載だったさ。でもよー……」


 そこで西田はがっくりと項垂れた。


「全部ババアだった……」

「ああ……」


 なるほど、そりゃツレーわ……。


「人聞き悪いこというな。全然ババアじゃねぇから。全部二十代くらいのお姉さんだったろうが!」


 東野が憤慨しながら言う。


「そうなん?」

「ああ。密林でも星5レビューばっかの人気作だっつの。あとでマロにも貸してやるわ。巨乳も結構多いからさ」

「マジか! 頼むわ」


 やっぱ持つべきものは友だな。

 俺がにんまりしていると、復活した西田が割り込んできた。


「いやいやいや、ちょっと待ってくれよ。二十代っつったら普通にババアでしょ。旬から何年過ぎてんだよ」

「全然過ぎてねぇよ。むしろ最も食べ時だろうが。年上のお姉さん最高じゃん。いつかオネショタで童貞捨てるのが俺の夢だから」

「あり得ないわ。十二才過ぎたらもうババアだから。ババアで童貞捨てるなら魔法使い目指す方がマシだろ」

「死ねよ、ロリコン」

「何がオネショタだ。言っとくけどお前もうショタじゃねぇから」

「貴様ぁぁ!」


 よせよせ! 俺は慌てて二人の間に入った。


「なにくだらないことで喧嘩してんだよ。朝から勘弁してくれよ」


 ため息を吐きながら言う俺に、二人はじっとりとした視線を送ってくる。


「マロはいいよな。ストライクゾーン広いしさ。巨乳なら年齢にこだわりないもんな。ロリも長身お姉さんもいけるだろ?」

「家に帰れば小五の妹さんもいるもんな。アイちゃん可愛いよな。マロの妹とは思えん。お風呂とか一緒に入ってんの?」

「東野はともかく西田! テメー、うちのアイになんかしたらマジで殺すぞ!」


 俺は性犯罪者予備軍のキモ豚に本気の殺意を叩き付けた。

 まだコイツの性癖を知らなかった頃、家に招いたのは俺の人生で最大の失敗だった。

 かつてコイツと本屋に行ったとき、陳列されていたロリコン漫画を見て言った「コミックL〇は聖書」というセリフを、俺は一生忘れないだろう。


「あー、つかモンスターカード欲しいな〜。リアルの女は年取ったらババアになっちまうけど、モンスターは年取らないもんな。マジで永遠のロリだからな」

「たしかに、俺もなんでも甘やかしてくれるお姉さんモンスターが欲しいわ。俺がおっさんになっても爺になっても年下の男の子扱いしてくれるお姉さん……最高だわ」


 欲望丸出しだな、コイツら。

 とは言え、二人の言葉は性癖を除けば全国の男が言っていることでもある。

 自分だけの女の子モンスター、それはもはや世界中の男の夢だった。


「だったらよー、冒険者になれば? そしたらいつか手に入るかもしれないぜ?」

「どんだけ先の話だよ。なるだけで百万以上かかるじゃん」

「なったとしても女の子モンスターって、同ランクと比べても異常に高いからなぁ〜。値段数倍以上は違うもんな」


 それはお決まりの落ちだった。

 バカ話をしているうちにいつの間にか冒険者や女の子モンスターの話題に移り、そして適当なところで諦めを口にする。

 会話の内容に深い意味はない。ただ教室という小さな世界の中で、会話をしていないということを避けるだけの潤滑油だった。 

 と、その時だった。勢いよく教室の扉が開けられたのは。


「おっはよーう!」


 自信に満ちた、エネルギー溢れる挨拶。

 そこに立っていたのは、軽く整髪料で短髪を逆立てた中肉中背の少年。顔だちは……中の下か下の上といったところか。ところどころに散ったニキビ跡と、上向きの豚鼻が顔面偏差値を十ほど押し下げている。

 一見したら俺たちと同じモブキャラ……しかしクラスメイト達の反応は違った。


「おー、おはよー!」

「南山君、今日は遅いねー」


 男子も女子も、にこやかに南山へと進んで挨拶をしていく。

 南山はそれに「はよっす!」「いやー、ちっと電車一本乗り過ごしてさ」などとにこやかに対応していった。

 ふいに、目が合う。


「おはよ」

「……おー」


 礼儀として挨拶をすると、短くそれだけ返され、すぐ目を逸らされた。まるで興味なしという態度。

 そのまま南山はクラス中心部で机を占拠していたグループに近づくと、ドカリと椅子へと腰掛けた。


「うっす!」

「おー、南山。遅かったな」

「ねーねー、南山の眼から見て昨日のモンコロ、どうだった?」


 南山を笑顔で出迎えるのは、このクラスにおけるカースト上位勢。


 強豪校で知られるわが校の野球部――そのエースである高橋。

 クラス一のユーモアセンスを持つぽっちゃり系の小野。

 読者モデルをやっているという学年一の美少女、四之宮さん。

 そして……四之宮さんの親友で、母性的な胸元が魅力的な牛倉さん。


 どこかキラキラと輝いて見える彼らの中に、何の躊躇もなく入り込んでいった南山は、どこか自慢げに語り始めた。


「昨日のモンコロって、ケンタウロスとデュラハンだっけ? うーん、正直俺の眼から見て、イマイチだったかな。勝ったのはデュラハンだったけど、パワーによる力押しだったのがガッカリ。あれなら今のオレが使っても結果は変わらなかったって感じ。その一方で、ケンタウロスはうまく立ち回ってて感心したね。実況はデュラハンを褒めてたけど、あのアナは元冒険者じゃないし、やっぱそこらへんは知ってる人じゃないとわかんないんだろうな」

「へぇ〜〜。やっぱそういう感じなんだ。私から見るとただモンスターってすごいとしか思えなかった」


 南山の早口の解説に、四之宮さんが感嘆の声を上げる。


「俺も、デュラハンめっちゃつえーとしかわかんなかったわ」

「南山くん、なんか本当に冒険者みたいやな」

「本当にてどういう意味だっつの」

「アハハハ」


 盛り上がる彼らを見ていた東野が、ぽつりと呟いた。


「南山……変わったよな」

「ああ、すっかりリア充グループの仲間入りって感じ」


 二人の感情の抜け落ちたような……いや、押し殺した声を聴いて、俺は軽く目を閉じた。

 ……今ではれっきとしたカーストトップ勢の南山だが、奴はほんの半年ほど前までは俺たちとだべっていたモブキャラだった。

 高校に入学し、席が近いという理由だけでつるみ始めた俺たちは、特に入りたかった部活もなかったということで、適当に遊び歩く日々を送っていた。

 誰かの持ってきた漫画を回し読みしてその話で盛り上がったり、ゲーセンに行って身内だけの格ゲー大会を開いたり、ネットに上がったモンコロ――モンスターコロシアムの動画鑑賞会を開いたり……。

 青春……というには燃え上がるものはなかったが、それなりに楽しい日常。

 それが変わったのは、南山の突然のカミングアウトからだった。


 ――――俺、実はちょっと前から冒険者やってんだよね。


 その一言から、俺たちの関係は激変した。

 学生にとって、肩書というのはかなりのステータスを持つ。

 例えば、部活動のエース、キャプテン。読者モデル。芸能人の子供。生徒会長。学年テスト一位……。

 学生なんて、基本は何も持ってない横並びの奴らばかりだ。だから、そこから一つ頭が飛び出しているだけで、注目される。一目、置かれる。

 そうなれば、ちょっとうまく立ち回るだけで、クラスカースト上位だ。

 南山は、そのちょっとうまく立ち回った奴らの一人だった。


 奴が用意した肩書は、現役冒険者。

 冒険者ブームと言われるこのご時世。なるだけなら金次第で簡単になれてしまう冒険者だが、その金というハードルが学生には高すぎた。

 登録料十万円と、Dランクカード一枚。それが、冒険者になるための二つの資格。

 Dランクカードと一口に言ってもピンからキリまであるわけだが、その相場はおよそ百万から一千万円。

 最も安いカードであっても、とても学生には手の出せない金額だった。

 誰もが一度はなってみたい……しかしチャレンジするには金がない。故に、現役高校生で冒険者というのは学生の憧れの存在だった。

 それがたとえ……南山のように親に金を出してもらった結果だったとしても、だ。


 冒険者であることをカミングアウトした南山は、あれよあれよという間にリア充グループの仲間入りを果たした。

 今じゃあ、俺たちとつるんでいたことすらなかったような態度で……。

 それに、何も思わないわけじゃあない。

 現に、俺たちだけになると南山への不満というのは必ずと言っていいほど口に出る。

 だが、それだけ。面と向かって口にする度胸はない。

 なぜなら奴が冒険者だから。クラスカーストの上位だから。

 たとえ、俺らの友情が飲み干した缶ジュースのようにポイと捨てられたとしても、何も言うことはできない。

 仕方ない、仕方ないと自分に言い聞かせて、諦めるしかないのだ。


「でも、それも今日までだ」


 担任の登場と共に俄かに慌ただしくなる教室の中、俺は小さく呟いた。


 ――――俺は今日、冒険者になる。







 1999年、七の月。世間がノストラダムスの大予言とかいうオカルトにざわめく中、それは唐突に表れた。


 全世界に突如現れた迷宮群。海、山、砂漠、道路の真ん中、ビルの屋上、一般人の住宅、コンビニのトイレの中……。まったくのランダムに表れたそれらは、外部から予測される広さとは比べ物にならない広さを持つ――異空間としか言いようのないものだった。


 突如現れたそれらに、世界各国はすぐさま軍隊を派遣。そうして判明したのが、迷宮には御伽話やゲームなどのフィクションから飛び出してきたような怪物が存在すること……そして各種レアメタルをはじめ全く未知の金属含む豊富な資源や――魔法の品々ともいうべき不思議な道具類の発見であった。


 これに世界中は歓喜した。


 迷宮内には人類に敵対的な生物が大量に生息していたが、なぜか迷宮から出てくることはなく、またそれらの大半は銃などの現代的な武装の前には無力であった。

 迷宮内は階層ごとに分かれており、より深い階層ほど魔法の道具類や貴金属が見つかりやすかったため、各国はこぞって迷宮を探索した。


 迷宮から得られた物の中にはモンスターを描いたカードなど用途不明のものも多かったが、使い道の判明したモノだけでもその有用性は明らかであった。

 失われた部位の再生や、当時の医学では治療困難と言われていた病をも癒す薬。可能性の高い未来を見通すことのできる水晶。ありとあらゆる災難から一度だけ守ってくれるお守り。理想の自分になることができる化粧道具。はては、不老長寿の食べ物まで……。

 御伽話に出てきそうな魔法の道具類は人々を魅了し、特に怪物たちの落とす魔石と呼ばれる鉱石は燃料や肥料など万能ともいえる無数の使い道が研究により発見されたことで、世界中が好景気に沸いた。


 人々の欲望に突き動かされるように軍はより深部へ深部へと潜っていき――――そのツケを払うかのように、壊滅的な被害を受けた。


 現代兵器による武装をした軍隊を壊滅させたのは、のちに死霊系モンスターと名付けられる怪物たちであった。

 銃をはじめとした物理攻撃の利かないレイスなどの幽体モンスターに軍隊は為す術もなく、アメリカなどは全軍の十パーセントもの死者を出したという。


 日本は幸運にも死霊系モンスターの出現する階層まで到達していなかったため――これは自衛隊の存在や活躍に反対する市民団体などのデモを受け、迷宮の攻略が他国より一歩遅れていたための不幸中の幸いであった——アメリカの被害を受けすぐさま迷宮から撤退、迷宮の探索を一時保留とした。


 先進国各国もこれに続き、しばし迷宮フィーバーは収まったかに思われたが、迷宮封鎖より半年後……のちに【第一次アンゴルモア】と呼ばれる悲劇が起こった。

 決して迷宮から出てこないと思われていたモンスターたちが、迷宮の外へと溢れ出し人々を襲ったのである。


 幸いにして、迷宮周囲には簡易的な軍事基地が置かれていたため被害は比較的軽度に収まったが、軍の網目を抜けて人々を襲ったモンスターたちに民衆は恐れ慄いた。

 この時も特に大きな被害を出したのは死霊系モンスターと呼ばれるもので、対処のしようがない幽体のモンスターたちに、軍はただただ被害が広がっていくのを許すしかなかったという。


 せめてもの救いは、これら死霊系モンスターが日の光に弱かったことであろう。

 朝日が昇るにつれ死霊系モンスターたちは自然消滅していき、一部地下などに潜ったものも建物ごと壊すことで完全に消滅させた。


 なんとかモンスターたちを全滅させた各国は、すぐさま原因究明に乗り出した。

 そうしてすぐに判明したのが、今回の災害が起こったのは迷宮封鎖を行っていた先進国各国のみであり、アンゴルモアの起こらなかった中国やロシア、各後進国などはレイスによる被害の後も迷宮でモンスターを狩り続けていた……ということであった。

 これにより、一つの仮説が立てられた。定期的にモンスターを狩り続けなければ、迷宮からモンスターが溢れ出してしまうのではないか、というものである。


 さらにもう一つ、この【第一次アンゴルモア】により重大な発見があった。

 モンスターたちが極まれに落とす彼らを描いたカード……その使い道である。

 のちに【モンスターカード】と呼ばれるこれらのカードは、当初熱心に研究されていたがどうにも使い道が分からなかったため、迷宮産の物品として一部が市場に放出されていた。

 それらを購入した一部の者が、モンスターに襲われる中その使い道を偶然にも発見したのだ。


 その方法とは、カードに自分の血液を一滴程度垂らした後、それを使うと強く念じるだけというもの。

 そうすれば、カードのモンスターが実際に現れ、なんでもいうことを聞いてくれるのである。

 実にシンプルなそれに研究者が気付かなかったのは、カードが【アンゴルモア】などの特殊な状況下以外では迷宮の外では使えなかったためだ。

 研究はもっぱら危険な迷宮内ではなく専用の研究室にて行われていたのである。

 これにより、迷宮内においてのみ使えるアイテムの存在が認知され、アイテムの研究が飛躍的に進んだのは皮肉な結果であった。


 こうして発見されたカードの使い道によって、ブレイクスルーが起こり、迷宮攻略は再スタートした。

 一部の魔法を使えるモンスターを使うことにより、死霊系モンスターに対する対抗策が生まれたからである。

 さらには、カードには思わぬ副産物があった。カードによるマスターへのバリア機能である。

 モンスターを出している間マスターは一切のダメージを負わず、それらをモンスターがすべて肩代わりしてくれるのである。

 こうして迷宮攻略は、より安全なものとなった。


 実のところ、この頃にはすでに軍による迷宮探索は限界を迎えていたという。迷宮の奥深くに行くにつれ、銃器がモンスターたちに意味をなさなくなってきていたからだ。

 迷宮深部では物理無効の死霊系モンスターをはじめ、素早過ぎて銃弾が当たらない、頑丈過ぎて一日中銃弾の雨を喰らわせてようやく一体倒せる、などと言った強力な敵が現れ始めていたのだ。

 ゲームでは当たり前のように存在するレベルアップのシステム。それがない故の迷宮攻略の行き詰まりであった。


 ところが、それもカードにより問題解決された。

 人間は確かにレベルアップしない。しかしモンスターはレベルアップするのである。


 これにより、モンスターを育て、強いモンスターを倒し、そのカードを得て育成し、さらなるモンスターを倒す――という循環が生まれた。

 ……それは、一つの結論を意味していた。

 すなわち、迷宮探索をするのは軍でなくとも良いということである。


 最初に始めた国は、自由の国アメリカであった。

 民間人によるカードを用いた迷宮攻略。

 【アンゴルモア】のこともあり、迷宮でのモンスター討伐は絶対に行わなければならない。しかし、国内に無数に存在する迷宮すべてを軍だけで攻略し続けるのは問題がある。


 当時アメリカ国内では、【第一次アンゴルモア】以降一般人でもモンスターカードによる【アンゴルモア】の自衛が出来るようにすべきとの声が上がっていた。

 元々、校内で銃乱射事件があっても「教師が銃を持っていればこのような悲劇は起きなかった」という意見すら出る国である。【アンゴルモア】の時、カードがあれば助かったはずという意見が出るのは当然のことであった。


 こうしたことから、アメリカは一部の迷宮を一般人に開放。さらに、民間人による迷宮探索を監視しつつ手助けするための組織【Adventurers Guild of USA】、通称冒険者ギルドを作った。

 それが成功だったのか失敗だったのかは、今日では全世界で冒険者制度が実施されていることからでもわかるだろう。


 迷宮が現れてから約二十年。いまでは冒険者は人々の憧れの職業となっている。






【Tips】迷宮

 ある時を境に突然現れた異空間。内部には危険なモンスターが蔓延る一方、魔法の道具や未知の金属など多くのリターンが存在する。迷宮によってその規模はまちまちだが、深部に行けば行くほど強力なモンスターが出現する。最深部には主と呼ばれる存在がおり、倒せばその難易度に見合ったリターンを得られる。

 迷宮は年々増加しており、消滅させる方法も判明していない。いずれ、世界中を迷宮が埋め尽くすという終末論も存在する。



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