親友

田崎 伊流

親友へ

街灯が建ち並び暗闇を駆逐する都会と違いこの町の街灯は頼りなく、明かりと暗闇が交互に道に現れる。それでも不満が出ないのは夜中に出歩く人が滅多に居ないからであり、そう言う意味でもこの二人は珍しい存在だと言えた。そんな二人組の一人、紗南は迷いなく歩道を突き進んでいる。決意と体温が下がりきる前に済ませたい思いが歩みを早くさせ、後を追う香織の事は考えていなかった。それは香織自身も感じ取れている様で、自分から紗南のペースに合わせたどり着くと慌てて紗南にくっ付いた。


「ねぇ、本当に行くつもりなの……?帰った方が、安全なんじゃないかなぁ?」


弱々しく上目で顔を覗き込んでみたが紗南は目もくれず、ただ目的地である霊園が近づいていくだけだった。なぜ霊園に向かうのか、なぜよりによって今じゃなきゃダメなのか、香織には全く分からなかったが一人で行かせる訳にもいかず結局霊園にこの二人組が訪れる事になってしまった。





「……清掃が行き届いている霊園だけあって夜中でも全然怖く無いわね」


「そうかなぁ、薄暗いしやっぱり危険な気がするよ……」


霊園の中には黄色の街灯がチラホラ見え必要最低限の光で照らしているが、墓地特有のおどろしさは消えず残り霊園全体に広がってさえいると思えた。言葉とは裏腹に紗南の足は霊園に入るのを拒み最初の一歩が重く感じていた。しかし怖く無いと宣言した手前、今更引く気にもなれず、鉄塊になった足を力いっぱい動かし霊園に足を踏み入れた。

一度動き出したら後はそれほど難しく無い。次へ次へ足に命令を出すだけで、余計な者を目に入れず考えず、ひたすら足に集中した。


後少しーー友人の墓までの距離に気を奪われたからか、思わず落枝をバギリィ!

キャー!とウワー!が入り混じった形容し難い叫び声が天を突き霊園中に響き渡り、へたりと尻餅をついてしまった。


「大丈夫?びっくりし過ぎて心臓止まってない?」


尻餅をつかなかった香織だが紗南が地面に座っている為香織もしゃがみ安否を伺った。


「うん。今にも飛び出しそうなくらい元気に暴れてる……それよりも、腰が抜けちゃって上手く立ち上がれないみたい」


照れを含む苦笑を受け香織の顔は大きく動いて見えた。


「私の声、聞こえてるの?」


「聞こえてる。今まで無視しててゴメンね。でも、仕方なかった。死んだ人と会話してる所を聞かれたら碌な事にならないもん」


「それはそうだけど……あっ、もしかして私と話してもいい様に誰もいない霊園に来たの⁉︎」


驚き、戸惑い、最後に喜びを見せた香織が珍しく紗南から離れ、くねくねと奇妙なリズムで周りを踊ってみせた。機嫌良く跳ねる香織をゆっくり目で追いながら紗南は霊園に来た真実を打ち明けた。



「実はね、香織。貴女を成仏させる為にここに来たの」


体をくねりと動かした所で香織はピタッと止まり、頭だけを紗南に向け話の続きを促した。


「交通事故で亡くなった香織がなぜ私の所へ来たのか考えてみたの。最初は葬式に出なかった怨みだとか、悪い事ばかり考えてた。でも、違った。香織は私のそばを離れずいつも心配してくれたよね。だから、あの日から塞ぎ込んだ私の為に、天国から来てくれたんだって」


感情が溢れ声が震える紗南に香織がそっと近づいた。


「でも、思ったの。香織にずっと心配をかけちゃいけない。安心して、もう一度天国に行って欲しいって。だから、霊園に来たの。本当はね、香織のお墓に手を合わせてから、心配しなくていいよって言いたかったんだよ」


一通り聴き終えた香織も感情が高まったのか激しく揺れ叫びに近い声を上げた。


「紗南ちゃん……!嬉しいよ、私。死んだ日から変わっちゃった紗南ちゃんが心配で心配で――でも、成長してたんだね。顔が、来た時より凛々しくなってる!うん、私が居なくても一人でいけそうだね!」


感極まる、これに尽きる香織のテンションは維持されたまま少しずつ、透けていく。紗南は最後に抱き付いた。感触は無く自分の手が交差しただけだったがそれでも心が繋がってた気がして、幸福に包まれた。


「そっか、見えてもいるのね。あったかいよ、紗南ちゃん。本当に、ありがとう――」


香織は交通事故で死んでしまった。スリップしたトラックが歩道に乗り上げ、それに巻き込まれる形で。霊となって紗南に近づいた香織だがその姿は事故後の姿になっており、それは一応人間だと分かる程度の酷い形容だった。まさか、見えているのに受け入れるとは。まさか、それでも抱きついてくるとは。消えゆく最中、親友だった紗南の温もりを感じて、一粒の涙を残して――香織は昇天した。

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親友 田崎 伊流 @kako12

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