十七話 先輩と大家さん


「あれ? もう大家さん来てたんだ」


 俺の家に見慣れない靴があるのを見て、先輩はそう呟いた。


「はい。ちょっと早く帰れたらしいので、先に話してました」

「そうなんだ。何か変わってた?」

「いや、いつも通りの大家さんでしたよ」

「まぁ一ヶ月も経ってないし、当たり前か」


 うんうんと頷いて先輩は家へと上がった。


「麗奈。久しぶりだな」

「大家さん!」

「風香でいいっていつも言ってるだろ?」

「う、うん! 風香さん」


 大谷さんと出会った先輩は先ほどまでの雰囲気とは違って、とても安心しているようなそんな感じに見えた。


「いろいろ話したい事もあるけど、先にお昼ご飯の準備するね」

「そうですね。お腹も空きましたし」

「久しぶりに麗奈の手料理が食べれるのか?」

「うん。私が作るよ」


 終始ニコニコしている先輩は、俺に「台所を借りるね」と、訊いて台所へと向かった。


「大家さんも先輩の料理よく食べてたんですね」

「ああ。麗奈の世話をした時は毎回ご馳走になってたな」

「それは……想像出来るなぁ」


 大家さんに助けを求めて、何かをしてもらったお礼にご飯をご馳走する。俺も何度か、して貰ったしな。


「それにしても馴染んでるよな」

「どういう意味ですか」

「そのままの意味だよ。よくこの家に来てるんだろ?」

「まぁ、来てますけど、あなたが仕組んだ事じゃ無いですか」

「それはそうだけど、ここまで仲良くなれるのはお前たちの相性がいいってことでもあるぞ」

「どうでしょうね。先輩が優しかったから仲良くなれたところはありますし」


 先輩は優しいから、何かをして貰ったらそれを上回るようなお返しをしてくれる。

 そう言うのが続いて仲良くなっているだけだ。先輩はどんな相手であっても、仲良くなれているだろう。


「お前だって十分優しいぞ。こんなことを言うのもあれだけど、麗奈の天然さは常軌を逸しているからな。それを見守れるのは凄いことだからな」

「そりゃあ断れないですよ。困ってる人がいたら助けるのは当たり前ですし、先輩には嫌われたくありませんし」

「そういうところが優しいところなんだよ。最初の頃はできてもそれを続けるのは難しいからな」


 どうなんだろう。あんな先輩に頼まれたら、断る事もできないと思うのだけど。

 今までこれが普通だと思ってきていたため、よくわからなくなってくる。


 そんな話をしていると、早くも先輩が料理を乗せた皿を持ってきた。


「はい。簡単な料理になっちゃったけど」

「全然美味しそうですよ」

「オムライスなんて久しぶりだな」


 目の前に置かれたのはふわとろの卵が乗っているオムライスだった。お店で出てきてもおかしく無い程だ。

 早速食べ進めていく。


「やっぱり麗奈の料理は絶品だよ」

「ほんと!?」

「ああ。店で食べるのと引けをとって無いさ」

「それなら嬉しいな」


 大家さんの褒め言葉に素直に嬉しそうに笑っている先輩。

 なんだか親子の会話を見ているようで微笑ましくなってくる。


「由崎君も美味しい?」

「……へっ!? ああ。めちゃくちゃ美味しいですよ」

「良かった」


 まさか自分にも話が飛んでくるとは思っていなかったため、腑抜けた声を上げてしまう。

 その様子をニヤニヤとした顔で見ていた大家さんを少し圧をかけるように見てみると、知らん振りしてオムライスを食べ始めていた。


「あ、そうだ。麗奈。すまないが、また海外に行くと思う」

「えっ?」


 しばらくして大家さんが放った言葉によって、雰囲気が一転して悪くなる。


「また、行くの?」

「ああ。先に蒼には言ったんだがいろいろやりたい事も見つかってきたんだ」

「そうなんだ……。ずっと探してたもんね。やりたい事」

「ああ。そうだな」


 少しの間、沈黙が流れる。俺が口を出せる状況では無い。そう思って見守っていると、先輩が口を開いた。


「……じゃあせめて、文化祭だけでも見にきてほしいな」

「文化祭?」

「うん。あと一か月後くらいにあるんだけど、それは楽しんでてほしいなって」

「それくらいなら全然大丈夫だぞ」

「本当!?」


 先輩は嬉しそうにパッと笑顔になった。

 やりたいことを始めたら会えることが少なくなりそうだから、思い出を作っておこうという考えなのか。


「由崎君! 頑張ろうね」

「俺もですか!?」

「うん! 一緒に風香さんを驚かせようよ」

「……良いですけど、大家さんの前で言ってもいいんですか?」

「あつ……。だ、大丈夫! 想像を超えるような文化祭にするから!」

「それは楽しみだな」


 ふん、と気合を入れた先輩を見て、これから苦労しそうだなと確信してしまう。

 これから一か月は気合を入れようと思ったのだった。

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隣に住んでいる聖母な先輩が俺にだけみせる姿が可愛すぎる! 鳴子 @byMOZUKU

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