十六話 大谷さんの帰還

「由崎君! これ見て!」


 先輩と一緒にご飯を食べていた時、急に嬉々とした声でスマホを見せてきた。画面は有名なメッセージアプリが開かれてあった。


『明日には帰れると思う』


 そう淡白な文字が一言添えられていた。


「誰ですか?」

「大家さんだよ! ほらここに」

「本当だ」


 先輩が指差したところには大谷風香と書かれてあった。

 大谷風香、それが大谷さんの本名だ。大家さんと呼びすぎてたまに名前を忘れてしまう時もあるけれど。


「よかったですね。ようやく帰ってこれるなんて」

「うん。いっぱい話したいこともあるからなぁ」

「……確かにそうですね」


 ここまで先輩と仲良くなれたのは、大家さんのおかげだ。しかし、あの人は謎だからどこまでを考えてやっていたのか見当もつかない。

 そう言うところをしっかりと問い詰めないと。


「明日が楽しみになったよ」

「嬉しそうですね」

「うん! 大谷さんはお姉ちゃんみたいな人だから」


 そう言って満面の笑みをこぼしながら、返信していた。





 次の日の朝インターホンが鳴った。

 ぼうっと先輩かななんてことを思いつつ、扉を開ける。


「久しぶりだな」

「……って大家さん!?」


 扉の前に立っていたのは大家さんだった。短い髪にスラっとした体型。美形の男子といった感じでとてもかっこいい雰囲気がある。


「早く帰れたんですね」


 部屋へと案内しつつ、疑問に思っていたことを訊く。


「いや、元からこの時間に帰る予定だったんだよ」

「えっ? じゃあ何で先輩には」

「由崎からはいろいろ訊きたいことがあったからな」

「訊きたいこと?」


 やはり先輩とのことだろうか。俺も大家さんにはいろいろ聞きたいことがあったので、二人っきりになれたのはありがたい。


「由崎、麗奈とはどこまでいったんだ?」

「えっ?」

「キスくらいはしててもおかしくないか?」

「な、何言ってんですか! 帰ってきてすぐに」

「なんだ? その反応からしてやって無さそうだな」

「当たり前じゃないですか」


 訊きたいことと言ってハードルを上げてこんなことを言ってくるとは思わなかった。

 確かに大家さんはこういうからかいをよくしてきてたなと思い出した。


「まず付き合ってませんし」

「……そこもまだなのか」


 大家さんははぁ、とため息をついていた。それに釣られるように俺もため息をつく。


「そもそも先輩とはそういうのじゃないですから」

「あれ? 麗奈にお裾分けを持って行こうとして結局私に持ってきたヘタレは誰だったけな?」

「……な、何でばれてんすか」

「秘密だ」


 まさか大家さんにバレてるとは思ってもいなかった。それにバレたら今みたいにいつまでもからかってきそうで怖い。


「それを知ってて何で俺に先輩の世話を頼んできたんですか? 俺が変なことするかもしれないですよ」

「それは無いな」

「どうして?」

「何だかんだで人の嫌がることは絶対にしないやつだからな。それに結果論だが、麗奈のことをしっかりと支えてくれてたらしいしな」


 陰でそんなふうに思ってもらえていたなんて、とても嬉しい気持ちになる。


「なんだかんだで先輩は放っておけませんでしたし」

「そういうとこだよ。麗奈もお前のことを信用していたし」

「そうなんですか!?」

「ああ。毎日ように『由崎君がね』ってメッセージが来ていたぞ」

「それは素直に嬉しいです」


 前よりは信用してもらえるようになったと思っていたけど、そんなに好感度が上がっているとは。


「麗奈の祖母にいろいろお世話になってたから、麗奈を変な目に合わせるわけにはいかなかったんだよな」

「そうなんですか!」

「ああ。でも、ちょっと目を離すと何かしでかしそうだからな」

「……確かにそれはそうですね」


 先輩の祖母と大家さんの繋がりがあるのは意外だった。だからこのマンションに来たのかもしれないな。

 でもそう思っているなら、俺に任せるんじゃなくて自分で見守ってた方が良かった気がするけど。


 そんな疑問を払拭するように大家さんは口を開く。


「本当なら私がずっと見ときたいんだが、また海外に行くだろうからその時はよろしくな」

「えっ? また行くんですか!?」

「ああ。いろいろやりたいことも見つかったし」

「そうなんですか」


 大家さんも年齢的にはめちゃくちゃ若い。それならやりたいことの一つや二つあってもなんら不思議では無い。


「なら、連絡先だけでも交換しときませんか? 俺だけじゃ対処できないこともあるでしょうし、訊きたい事もありますし」

「ああ、全然いいぞ」


 俺は大谷さんと連絡先を交換した。もし鍵の時みたいな事件が起きた時もこれで多少は、解決しやすくなるはずだろう。



「また進展があったら楽しみにしてるぞ」

「……そう簡単に起きたら苦労しませんよ」

「まぁそれもそうだな」


 大家さんからのからかいを適当に流していると、またしてもインターホンが鳴った。


「多分先輩ですね。出てきます」

「りょーかいだ」


 俺は一旦席を立って、また玄関へと向かった。

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