第12話 『かいとう。』

「へるむ、おきて。」


「ラヴィー…?」


 ああ…そうか。

 ラヴィーが言っていた一週間が経ったのか。

 俺はただ茫然として……いや、もういい。俺にできる事はもうない。

 もうどうにでもなってしまえ。


「ついてきて。」


 そう言うとラヴィーは俺に背を向け、博士の居る部屋へ向かって行く。


「れーぶをよんで。」


 博士を…?

 いや、もうラヴィーが何をしようと構うものか。


「…博士、少々よろしいでしょうか?」


「少し待ってくれ…今開ける」


 扉越しに聞く博士の声は元気そうだ。

 いつもは徹夜が当たり前だったが、その声を聞いて安心した。


「……どうし……っ、と」


 後ろからの衝撃で俺と博士の顔が近くなる。

 何が起こった?俺は扉から一歩離れていたのに……

 そうか、ラヴィーか。

 魔法で俺と博士を纏めて拘束したのか……

 ――何故?

 その疑問をよそに二人が話し合っている。


「れーぶ、をかえてもらう。」


「――これは、チェックメイトかな?」


「そうならないように、をよういしてるんでしょ?。」

「だからかえてもらう。」


「そうか、『いやだ、と言ったら?』なんてことは言わないよ」

「君の最初のわがままだ、どのみち猶予もなさそうだしな」


 何が何だか分からない。

 二人は何の話をしているんだ?

 それに博士は国を脅かそうとしてたんじゃ…?


「ヘルム君、今から言う事は『真実』だ。よく覚えておけよ」


 そうして博士は語り出した―――


 少し前にあった、執行官による見せしめのような処刑。

 その罪状は国家転覆の企てだったが、どのような方法を取るつもりだったのか。

 それは機密として封じられていた。

 だが博士は『そんなものは無い』と一笑に付した。

 方法も、そもそも企て自体も無いのだと。


「王は乱心している。もはや狂っていると言っていい」

「王の母君、そして王妃の話は知っているな?」


 それは国全体が喪に服した事件の事。

 国王が幼いころ、母君が外交のために乗っていた馬車が魔物に襲われた。

 姫様が幼いころ、王妃は他国の街中で暗殺された。

 それらを別々に考えることは出来る。

 だが場所が悪かった。

 事件が起こった場所は双方ともに、隣国の領土だった。

 関連付けない方がおかしい程だ。

 無論その容疑は調べられたが、暗殺と同時に魔物の襲撃が起こってもいた。

 その状況的証拠より、王妃暗殺の首謀者は隣国ではなく魔王だとされている。

 母君の方は幾分も前の出来事であり、隣国は全くの無関係のはずだった。


「それと処刑された罪人とは…関係しているのですか…?」


「関係はない、だが関係している

「疑い始めたら止まらない」

「それが王の妄執、憎むべき敵のいない復讐鬼の怒りだ」

「結局のところ、王は無関係な者を処刑させたんだ」

「何故わかるかって?」

「最初の兵器開発の依頼から、国一つを陥とせる兵力をって依頼だったからさ」

「対魔王なら一国分では足りないんだ。歴史がそう証言している」

「じゃあ何に使うって言ったら……事さ」


 自分の脳がいやがおうにでも理解してしまう。

 復讐鬼と化した王が望むもの……それは――


「戦争…!」


 隣国で起きた事件を理由に、皆殺しで以て報復しようと…⁉


「――私はこれからすべての研究を破棄するつもりだ」

「二度とこのような研究を出来ぬようにせねば、王は何度でも同じことをしよう」

「君たちを巻き込むつもりはなかったが――」


「かくしていること、はなしてない。」


 ラヴィーが博士の言葉を遮る。

 博士は真実を語った、だからその言葉の中に嘘は無い。

 だがすべてを言った訳では無い。


するなかに、じぶんもふくめてる。」

「でもそれはかえられない。そうしないと、もっとひどいことになる。」


 兵器を造れる人材がいるなら、兵器を造れない道理はない。

 そして兵器は扱う者次第、作り手の意向は……関係ない。


「そうさ、賢いな。流石だね」


 博士は柄にもなく目を伏せる。

 その顔にはラヴィーへの称賛ではなく、不都合を暴かれてしまった悔いが浮かぶ。


「………待ってください‼」

「待ってくださいよ…………」

「なんでそんな大事な事…黙ってたんですか……」


「君を巻き込みたくないと言っただろ?」

「それにこの子も……」

「業を背負って地獄に行くのは私だけでいい」


「そんな事‼」

「そんな事…認めるわけには……」


 ヘルムの言葉が弱くなってゆく。

 どうしようもない。

 この状況を変える力など、ヘルムは持ち合わせてはいない。


「他に案もないのに反対するなよ…」

「だからせめて、この子だけでも君に連れて行って欲しかったのにな」

「私だけが消え、ラヴィーとヘルム君は逃げる。そんなシナリオだったのに…」


「だめ。れーぶといっしょに、わたしもきえる。」

「それが…さいぜん。」


 そう、最善。

 たった一つの兵器でも、使いようによっては切り札になる。なってしまう。

 だからこそ、全てを破壊しなければならない。


「ああ…だから折衷案だ」

「あの水槽の中に、一人だけ完成している子がいる」

「その子だけはヘルム君と一緒に逃がしてあげてくれ……」

「そうじゃないと駄々をこねかねないからね」


「……わかった。わたしも、へるむに…にげてほしい。」


 ラヴィーは頷いた。

 何も知らないただの子供ならば、復讐鬼の魔の手が伸びる事はないだろう。

 だから――


「待って下さいって‼そんな勝手に…」


 ヘルムの反対も虚しく、博士とヘルムの拘束が解かれる。

 博士はすぐさま踵を返し、冷たく言い放つ。


「ダメだ。これは命令だよ、ヘルム君」


「……っ!」


 ヘルムは感情があふれ出る。

 この瞬間を逃せば、もう二度と博士の隣に立つことは出来ない。

 最期の時すらも、博士の隣にはいられない。

 尊敬する人物から、その口から……拒絶を突き付けられた。


「貴女は最低だ…」

「人でなしで狂人で!」

「他人の事なんて何も考えちゃいないイカレた大間抜けだ‼」


 博士は目もくれず、水槽の中にいた少女を開放している。

 ラヴィーと同じ、蒼い髪の美しい少女。

 見た目はまだ五、六歳。自分が置かれた状況も知らず、寝息を立てている。

 裸ではいけないと、博士は上着をかけた。

 表面上は冷酷ぶっているが、その実、やさしさを隠せていない。

 そんな博士だからこそ――


「だから俺は、そんな博士を……」

「一生、尊敬します」


 ヘルムは眠った少女を抱える。

 大事に、大事に。

 実の娘のように。


「待て、ヘルム君。その子には今スグ名前を付けてやろう」

「今度は私が付けるとしようか」

「その子の名前は

「私と同じ…ラヴィ・レーヴと名乗らせたまえ‼」

「君の尊敬する者の名を!私たちが造り上げた少女に譲ろう‼」

「行け‼ヘルム!ここはじきに炎に沈むぞ⁉」


 博士はヘルムを呼び捨てにした。

 それは今までになかった事で――

 訣別の証だった。


「っ……はい‼」


 走り去る背中を眺めながら、二人はゆっくりと作業を進めてゆく。

 物を動かし、炎の通るための道を作る。


「ラヴィー、君はこれで良かったのか?」


 各所の安全装置を不能に。


「うん。れーぶとへるむに、いっぱいもらったから。」

「だからこのせかいが、すきになっちゃった。」


 重要な物の隣には、爆発物や可燃物を。


「このせかいのために、わたしもきえる。」

「このせかいに、しりすぎたわたしはいられない。」

「……いっしょだから、こわくないよ。」


 収納は全て開け放って。


「全く…私には過ぎた娘だよ」

「ありがとう、ラヴィー」


 レーヴ博士は勢いよく、水槽のバルブを回した。

 水槽の中に入っているのは大量の魔誘石。そこに溶媒が流れ込む。

 魔力を引き寄せる性質を持つ故に、その取扱いは慎重に行わねば危険を伴う。

 ――それを承知での行為だ。

 溶媒と反応した魔誘石は貯め込んだ魔力を励起させてゆく。

 博士とラヴィーはそれに手をかざし、この建物ごと燃やし尽くせるように調整する。

 研究所の本棟に被害が出ないよう、周囲の人に被害が出ないよう。

 別棟を跡形もなく焼き付くすよう、研究のかけらも残さないよう。


「さあ、そろそろだ。ラヴィー、こっちへ……」


 座った博士が膝を軽くたたく。

 ラヴィーにとっては初めての膝枕だ。


「こうするの、はじめて。……あったかい。」


「……私が最後にお前にしてやれるのは、これくらいだ」

「なんとも…母親失格だな」


「そんなことない。だって、れーぶは……。」

「レーヴは私のママだから。」


 ――直後、爆発が起きる。

 資料が、机が、研究器具が。

 床が、壁が、柱が、天井が。

 ――二人が。

 炎に吞まれてゆく。

 炎に、吞まれてゆく。

 炎に……吞まれてゆく。


(ああ…ヘルム君……君の想いは気付いていたよ)

(けどそう簡単に割り切れなかったんだ)

(だからせめて、この子を子供として夫婦生活のまねごとをしてみたが……)

(ヘルム君。せめて、二人目だけは―――)


 儚い願いさえも…炎は吞みこんでゆく。

 冷酷に。

 まるで薄氷の張った水槽の中のように―――




 燃え堕ちてゆく研究所を後にしたヘルムは、それから流浪の旅をすることになる。

 だがその話は別の機会に―――

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水槽の中の蒼き魂 色褪せた書物(イロモノ) @faded-books-unorthodox

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