無音
化野生姜
静かなる街
最悪の事態は静かに進行していく。
*
顔をあげるとオフィスに誰もいなかった。
がらんどうの広いスペース。
人の声やキーボードを叩く音さえ聞こえない職場。
妙な不安と焦燥感にかられ、立ち上がった私は室内を彷徨う。
(…終業時間には、まだ早いはずなのに)
時計が差すのは午前十時。
まだ昼にすらなっていない。
(なぜ席に誰もいない?電話番までいないのは、さすがにおかしいだろう)
給湯室にトイレ、喫煙スペースまで覗くも人の気配はない。無人の個室の天井で換気扇が虚しく回り、私はひとりその場を立ち去る。
(一人だけでも良いのだ、この場のことを説明できる人間さえいれば)
職場に戻るべきか迷うも不安が勝り戻れない。
エレベーターに乗り込み、無人の受付の前を通り過ぎる。
(まさか、誰もいないのか?)
人気のない自動ドア。
車一台、歩行者の姿も無い。
(ここは大通りに位置するビルだぞ?)
ドアをくぐり、誰もいない大通りへと出る。
(地下はどうだ?駐車場は)
近場の通路から地下駐車場へと向かう。
焦りからか呼吸を荒くしつつ、私は階段を降りていく。
(…いない)
だが、期待は容易に裏切られた。
車でひしめき合う駐車場。
人の姿は無く、鉄の箱だけが整然と並んでいる。
(待てよ、車は駐車されている。つまり、今しがたまで人がここにいた可能性があるということだ)
みれば、運良く一台の車に駐車券が残されていた。
時刻を見れば、十分程度しか経っていない。
(外に出て間もないということか)
希望を胸に地上へ出るために階段を歩き出し…そこで気づく。
(…おや?)
ビル内を歩き回っていた頃から、わずかに感じていた違和感。
呼吸をするたび、階段を上るたび…その感覚が否応無しに増していく。
(なんだ、なんなんだ?)
なりふり構っていられず階段を駆け上がり、私は再び大通りへと出た。
ついで駅前へと目をやった瞬間…
私は無造作に積み上げられたソレを見て息を呑む。
(あれは?)
それは組み合わされた奇怪なオブジェ。
首がねじれ、白目を向き、組み合わされた人の塊。
オブジェを通過する風が私の頬を撫でていく。
(何十…いや、何百人使えば、こんなものができあがるんだ?)
吹き抜けていく死臭…その中で閃くものがあった。
ビル内の換気扇。階段を昇降する際の足音。呼吸。
そう、今まで感じていた違和感の正体に。
(これのせいで…!)
ついで、巨大なオブジェの向こうから何かが姿を現した。
その存在こそが全ての元凶だと私は悟るも…遅かった。
あっという間に距離を詰めてくるソレ。
抵抗するまもなく、私は声の限り叫ぶ。
だが、それは響かない。
オブジェの中を風が吹き抜け、無音となる。
完全な無音の世界。
…そして、オブジェの部品がまた一つ増えた。
無音 化野生姜 @kano-syouga
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