第6話 矢を避ける

写真展から一ヶ月程、街は寒波に襲われ皆ダウンジェケットのジッパーを首まで上げてとぼとぼと歩いていたが、事務所では同僚がハイネックのセーターを着て軽快に乾元子の書籍の表紙の件に取り組んでいた。


コート掛けの近くの大机には国内外の書籍の表紙の写真が大量に置かれ、それからしばらくしてそれらは表紙案に変わっていった。出来るだけ気にしないようにしていたが、僕のデスクは彼女のデスクがある部屋へのドアに近く、彼女が電話を掛けている声(おそらくは出版社や写真家と話していた)や所長と話をしている声はよく通った。


自分の仕事を終え、事務所の玄関でジャケットを着ていた時、壁に表紙の最終候補案をマグネットで貼っていた同僚が僕に気が付いた。


「このところ忙しそうだね。」

「うん。書籍の表紙の件でバタバタしていて。この前の写真、表紙の最終候補に残ったわよ。出版社の人もすごく気に入ってくれたみたい。」

「良かったね。色合いが素敵だから、きっと読者も気にいるよ。」

「うん、私のお気に入りの一冊になると思う。」

「出版日が楽しみだね。」



僕は、意外にもスムーズに自分の気持ちと異なる言葉が出てくる自分に年齢を感じた。



「上手く進んだら、出版パーティー、写真家の方も来ると思うしぜひ来てね。」

「もちろん。」








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明るいモノクローム 菱田 悠 @hitsujigumo

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