第5話 写真を見る目

僕たちは受付でそれぞれチケットを買い、中に入った。


美術館は厚みはあるが重みを感じない白色の壁に区切られた直方体の部屋が連続していた。部屋と部屋を繋ぐ下がり壁の長方形の穴は白色の額縁のような装飾で縁取られ、それぞれ少しずつ大きさが違った。奥の大きな窓からの光が、その穴からそれぞれの部屋に入るため部屋ごとの明るさが違う。



一つの壁に作品が数点。

淡いパステルカラーの作品が並んでいた。

僕と同僚は写真家の説明を丁寧に読みゆっくりと美術館を回った。


一つ目の部屋の終盤に展示されていた桃を持って木の椅子に腰掛けた少女を柔らかなカーテンとクリーム色の陽光が包む写真が目を引いた。

写真家は人の柔らかなオーラを捉えようとしているようだった。少女が桃を持っている素朴さや、木の椅子に座っている貧しさを包むポジティブな温かさに僕は感銘を受けた。

僕は次の部屋を見ている同僚を置いて、五分程この写真を眺め、気持ちがゆっくりと充足されるのを感じようやく次の部屋に向かった。


美術館の残りの部屋を四十分程かけてゆっくり回ったが、残念ながらこの試みが成功している写真は他に見つからなかった。残りの写真は色味に寄せすぎていて、美しいパステルカラーのグラデーションを捉えた写真という枠を越えるものは無かった。

だが、あの一枚の写真を観ることができ僕は幸せな気持ちだった。



僕たちは美術館の中のミュージアムショップの本のエリアを歩きながら話した。


「いい写真展だった。」

「うん。色が本当に綺麗だった。きっと高いカメラを使っているんだね。」

「だろうね。」

「私、淡い色の写真好きだな。白い壁とよくマッチしてた。海辺を歩く白いワンピースの女の子の写真、覚えてる?あれが一番好きかも。」

「あぁ。透明感があって良かったね。」

「うん。海と空の色が綺麗だった。一枚、ポストカード買っていこうかな。」


彼女は写真家の作品が気に入ったようだった。

スタンドをゆっくり回している。彼女は少女が海辺を歩く写真のポストカードを見つけて言った。


「ねえ。この写真、今度の乾元子の書籍の表紙に使うのはどうかな?」



その瞬間、僕の呼吸は喉仏辺りから急に細くなり、体に溜まった空気が重いのを心臓で感じていた。

それは違うのでは、と舌が動きかけたが、何が違うのかが彼女に上手く伝わるとは思えず口が開かなかった。そして乾元子の書籍は彼女の案件だ。

僕は重い空気を体に留めたまま、ボストン眼鏡を少し直してできるだけ軽やかに言った。


「そうだね。試してみても良いかもしれないね。」

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