第4話 美術館の入り口
土曜の昼頃、僕は美術館に少し早く着いて、入口あたりから通りを歩いている人をぼうっと眺めながら転職について考えていた。
「あの人達は、毎日楽しく生きているのだろうか。」
今の会社で働き始めて一年が過ぎようとしていた。
仕事も会社も好きだが、心地良すぎる。朝からポスター案について試行錯誤をし、午後のクライアントとのミーティングを行い、それを受けてポスター案を修正し、収支計算等の事務作業を行う。六時頃に今日はこんなものかとデスクを片付け、コート掛けから自分のジャケットを取って家に帰る。キッチンでパスタを茹でている間に冷蔵庫からビールを取ってゆっくりと一本飲む。
会社に入るまでは僕はもう少し情熱的に何かを追いかけていた気がする。
僕はあらゆる面で平均的で平凡な男だと強く自覚していた。
特に不得意なものも無いが、これといった得意なものも無い。爆発的な運が巡ってくることもなく、自分が努力をしないと何も成し遂げられない事を知っていたから、多くの場合は何かしら目標を立て、その目標に向かって粛々と生活をしていた。
大学時代の友人の一人は非常に要領が良かった。
大学に入りすぐに卒業できる程度に単位を取り、多くの女と寝て、就活を難なくやり過ごし(何ならOBを訪問して食事を奢ってもらうのを楽しみ)大手の広告代理店に入社した。
僕はデザインを仕事をすると決めて大学の単位の事は忘れて好きな本を読んだり一人で美術館や建築を回ったりしていた。数人の女性と交際をして別れ、研究室の研究方針と反りが合わず多いに苦しめられた。自分の手で作った物を世に出したいと思っているのに、それに足らない未熟な自分にもっと苦しめられた。
僕たちは全く違う性格だが、よく電話をする。
だいたいはあちらから電話をかけてきて、仕事で昇進した話や寝た女の話などを笑いを混ぜながら嫌みなく聞かされる。淡白に適度なツッコミを入れて返した後に、自分の苦境について笑いを混ぜて話しツッコミを入れてもらう。
彼の生き方に嫉妬してあまり深く考えずに器用に生きようとした事もあったが、その結果は
研究室の先輩の一人にアルバイトをしないか、と声を掛けてもらったのがきっかけでデザインの仕事をするようになり僕の人生は少しだけ好転した。
数年働くうちに、ある程度、物を作り世に送り出し金を得る、という事の枠が捉えられるようになってしまった。そして自分が作ったものでビールが飲めるようになってしまった今、僕の生活は少し落ち着きすぎていた。最近、彼からの電話もない。
「最近の僕は何に向かって生活をしているのだろう。」
何か書いてみようかとスマホのメモアプリを起動したところで、通りの向こうから同僚が来た。
僕はスマホをポケットにしまった。
「あ、良い形のフードのジャケットじゃん。」
「だからフードについて褒めるの変だよ。」
「そうかな。まぁ行こうか。」
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