第3話 ジャケットと展覧会

仕事を終え、ドアの前のコート掛けの前に自分の鞄を置き、他の人達のダウンジャケットの後ろにある自分のジャケットを取ろうとまごついていたところ、同僚に声を掛けられた。


「大丈夫?」

「他の人達のジャケットに埋もれて僕のが全然取れなくて。」

「手前のジャケット、ひとまずここの机に置いたら?」

「そうする。ありがとう。」


僕が空気をしっかり吸い込んでパンパンに張ったダウンジャケットを三着、机に置いて自分のワークジャケットを取り、またダウンジャケットをコート掛けに戻すのを彼女はパソコン越しに見ていた。


「このジャケット、君のだよね?」

「そうだよ。」

「フードの形が綺麗。」

「フードの形を褒める人いるんだ。あんまり気にしたことなかった。そう言えば写真好き?近くの美術館で面白そうな写真展があるみたいなんだけど行かない?これなんだけど。」


彼女はデスクの上に置いてあったスマートフォンのカバーを開け、あらかじめ調べられていた美術館のウェブサイトを見せてくれた。

どうやらポートレートを中心に撮っている写真家の写真展のようだ。

トップ画面には、藤の木の下にたたずむ人のシルエットを薄紫色の柔らかい光が包んでいる写真が使われていた。似た写真を見た覚えがある。もしかしたら彼の作品を一度、事務所内の誰かがポスターに使っていたのかもしれない。彼女ではないと思う。


「へぇ。写真展、最近行ってなかったな。良いよ。」

「じゃあ、今週の土曜はどう?」

「大丈夫。14時にこの美術館で集合にしようか。」

「うん。楽しみにしてる。今日はもう少し仕事しなきゃ。」

「頑張って。お疲れ様。」



僕は鞄から薄手のダウンジャケットを取り出し、それを着てさらにその上にワークジャケットを羽織って、事務所を出た。


ハートランドの六本入りケースとパン、チーズをスーパーで買ってから帰った。

家に帰ってすぐキッチンに入り買ったものを鞄から取り出し並べた。それから流しで手を洗い、冷蔵庫からセロリとにんじんを出し、棚にあったじゃがいもも使って簡単なスープを作った。


野菜に火が通るのを待つ間にパンを手でちぎりチーズと一緒に食べる。小麦とミルクの味を楽しみ、ハートランドで流し込んだ。野菜に火が通ったころには割とお腹がいっぱいになっていたので小さなボールに一杯だけスープを飲み、窓際に座ってパソコンを開いた。

ネットサーフィンをしながら呟く。花瓶が返す。


「写真展に行ってくる。」

「なんで写真好きなの?」

「人の気持ちを捉えている写真が好きなんだ。構図やテーマとかも面白いけど、水のように常に変化しながら流れている捉えようのない気持ちを固定化して捉えるって面白くないか?」




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