第2話 返事をする花瓶

特に変わった花瓶ではない。

蘇州を訪れた時、運河が流れる旧市街の街角の陶器屋で見つけた。装飾はなく、他の人より手の大きい僕の手のひらにちょうど収まるくらいの大きさだ。口が細い二、三本しか花を挿せない花瓶だ。


花は生けずに窓際の机にずっと置いていた。

僕は仕事から家に帰ってきて窓際に来て、外を眺めたり、本を読んだり、友人に電話をしたり、とたわいのないことしかしない。


ある晩、僕はいつものように窓から外を眺めた。

家からは煉瓦造りの家が見える。ポーチには素人目に見て安い材木を適当に繋げて作った今にも壊れそうなベンチが置いてある。芝生の広がる庭の角にはグレベリアが植えられており細い葉がしだれて美しい。庭の背後にはメタセコイアの巨木が数本立っており、強風で激しく揺れていた。


「真っ暗だな。」と独り言を言ったら

「風が強そう。」と花瓶の辺りから言葉が返ってきた。


花を生けずにただ置かれていることも、何気ない返事をすることも自然なことだった。これまでもそうだったような気がしてもう少しメタセコイアが揺れるのを眺めてから風呂に入り寝た。


だから日々が花瓶によって変わるということは無かった。

僕は自分を清潔に保ち、事務所に行き仕事をした。何かをしたという充足感と共に家に帰り窓の近くに座りパソコンで映画を観たり、こっそり外に向かって煙草をふかしたりして花瓶と独り言のような会話をした。


「さっき庭で筋トレをしてきた。」

「健康的だね。」


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