第44話 達揮の道、翔子の道


 篠塚達揮は自らの鍛錬に余念がない。

 姉の背中を追うと決めて、何年も時が過ぎた。その間、誰よりも真剣に空で戦うことを志し、必要な努力も我が身に課してきた。


 当然、情報収集も欠かさない。浮遊島のニュースは毎朝必ずチェックしていた。

 その日はいつもより注目されているトピックがあった。それは、自分を学院に推薦した一人の麗しい少女――アミラ=ド=ビニスティのインタビュー記事だった。


『近年はITEMによる兵力の向上が期待されていますが、アーツの存在を忘れてはいけませんわ。属人的な能力ではありますが、アーツを使える者はほぼ例外なくと決まっていますの。ですから特務自衛隊には、技術だけでなくスカウトにも力を割いてほしいですわね』


 増加傾向にあるEMITS。それに対する特務自衛隊のスタンスを、若き英雄の片割れが答えるといった趣旨のインタビューだった。特務自衛隊はより強力なITEMの開発に努めるという答えを以前から公表しているが、アミラは才能ある若手のスカウトも大事であると述べる。


 ――アーツ。


 その言葉を思い浮かべると、どうしても一人の男を連想してしまう。

 美空翔子……最初はただの事なかれ主義としか思えなかったあの男は、いつの間にか達揮の中で、姉に並ぶほどの大きな存在と化していた。


 事なかれ主義なのは間違いないだろう。

 なのに、その精神とは分不相応の才能を宿している。


 これを許せないと感じてしまうのは、きっとエゴだ。

 達揮はこのエゴを肯定したい。だがエゴで他人を振り回すべきではない。

 特務自衛隊とEMITSの戦いに割って入り、作戦を乱したどころか同級生を危険にさらしてしまったあの日を境に、そのくらいの冷静さは取り戻していた。


 その日の昼休み。

 達揮は教室にいる翔子へ声を掛ける。


「翔子、ちょっといいかな?」


「……まあ、いいが」


 達揮に声を掛けられた翔子は、意外そうな顔をした。

 無理もない。先日、互いに「お前が苦手だ」と言ったばかりだ。言葉こそ取り繕っているが、実際は「嫌いだ」という意思までしっかり伝わっているだろう。


 それでも達揮が翔子に声を掛けたのは、プライドよりも優先したいことがあったからだ。

 そして翔子が応じたのは、少なくとも翔子は達揮のことを言葉通り「苦手」だと思っているだけで「嫌い」ほどではないのだろう。


 達揮は翔子を訓練所まで案内した。


「訓練所まで来て何をするつもりだ? もう模擬戦はしないぞ」


「そのくらいは僕も弁えてるよ」


 達揮は苦笑する。


「試してほしいアーツがあるんだ。《スラッシュ》という……アミラさんが普段使っているものだよ」


「試すのはいいが、なんで俺なんだ?」


「翔子はアーツの習得が早いだろう? 僕も練習したんだけどなかなか身につかなくてね。上手く覚えられたらアドバイスしてほしい」


 達揮が事情を説明すると、翔子の視線が横に逸れた。

 多分、アバターに情報を共有されているのだろう。


「……達揮、このアーツは空を飛ぶためのものじゃないな」


「ああ。これはのアーツだ」


「攻撃用か」


 そう呟いた翔子は、少し考える素振りを見せたが、


「まあ、時間もあるし、いいか」


 乗り気になってくれたようだ。

 アーツ《スラッシュ》は、指先を素早く振ることで斬撃を放つといったもの。アミラはこれを指先だけでなく、外套の裾や、長く伸ばした髪でもやってのける。


 翔子は何度か指を振ってみたが、やがて難しい顔をした。


「……これ、足でやってみていいか?」


「足で? ……構わないけど、足の怪我は大丈夫かい? EMITSと交戦した時、またぶり返したんだろう?」


「大丈夫だ。ちょっと試すぞ」


 そう言って翔子は自分の足を見つめる。

 心なしか先程よりも顔つきが真剣だ。足で発動することに手応えを感じているかのように。


 一瞬の緊張。達揮は思わず唾を飲む。

 そして、翔子が動こうとした時――ピリリ、と翔子の万能端末が着信を報せた。


「げっ」


 翔子は嫌な顔をして、着信に応じる。

 その耳元から大きな声が聞こえてきた。


『アンタ! まだ足が完治してないでしょ!! さっさと帰ってきなさい!!』


「分かった、分かった。すぐ帰るから怒鳴らないでくれ」


 飛翔外套は襟のところにスピーカーがついている。そこから花哩の声がはっきり漏れていた。


「あー……悪い、鬼軍曹からの帰還命令だ」


「聞こえていたよ。ごめんね、足が不調なのに無理言って」


「俺が大丈夫だと言ったんだし気にするな。……花哩が心配しすぎなんだよなぁ」


 翔子が踵を返し「じゃあな」と言う。

 達揮は、先程まで翔子が立っていた床にできたを見て……静かに吐息を零した。


 そして、達揮も足で《スラッシュ》を発動してみようとする。


「――はっ!!」


 気炎と共に勢いよく足を振ったが、アーツが発動した気配はなかった。


「やっぱり、僕じゃ駄目か……」


 溜息を吐く。

 残念な結果ではあるが、予想はしていた。


 そういえば今は昼休みだった。達揮は訓練所を後にして、班のメンバーと集合場所に決めてある中庭に向かった。その道中にある購買でパンを二つ購入する。


「ごめん、遅れちゃったね」


「ううん、平気。何か用事があったんでしょ?」


「……まあね」


 既に昼食をとりはじめていると思ったが、三人とも律儀に自分のことを待っていてくれたらしい。

 達揮は早足で皆のところへ向かった。


「……美空君と会ってたの?」


 メンバーの一人、吊り上がった目が特徴的な女子生徒が達揮に訊いた。

 返答に窮する達揮を見て、答えを確信した彼女は続けて口を開く。


「確かに美空君は空を飛ぶのが上手いけど、やる気がないならすぐに埋もれていくと思うわ。あんな奴のことを気にする必要ないわよ」


「そうよ。私たちは中等部から浮遊島で暮らしているけれど、達揮君の方がずっと凄いし、将来もっと活躍すると思うわ」


 ――そう思うのは君たちに才能がないからだ。


 残酷な言葉を飲み込んだ。

 別に才能で仲間を選んだわけじゃない。誠実さと向上心で選んだ仲間だった。

 口の悪さは、達揮がいつまでも翔子のことを気にしてウジウジしてしまったせいだろう。班長である自分が情けない姿を見せると、班員は不安になったり心が荒んだりする。


「二人とも、ありがとう」


 でも、やっぱり君たちは美空翔子を分かっていない。

 訓練所の床にできた跡……達揮の頭には、その光景がくっきり焼き付いていた。


 ――発動していた。


 翔子が足を乗せていた床には、鋭利な刃物で刳り抜かれたかのような傷が刻まれていた。まだ足を振ってないのに……ただそこに立っている時点でアーツが発動していたのだ。


 本当に嫌になる。あの才能も、あの才能に嫉妬する自分も。

 嫉妬して、警戒しているからこそ、達揮は翔子の才能に気づきやすい。

 

(……ないものねだりをしている暇はないな)


 適性はこちらに分があるのだ。不公平だと文句は言えない。

 達揮は頼りになる班員たちの方を見た。


「今日の放課後、練習に付き合ってくれないかな。天銃をもっと使いこなしたいんだ」


 自分には、自分に見合った道がある。

 惑わされてたまるか――達揮の胸中で強い意志が燃えた。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


久々更新でちょっと緊張しました。


本作は第7回カクヨムコンを受賞しています!

ただ今、書籍化作業中です! 頑張ります!!

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空が戦場になったこの世界で、誰よりも空を飛ぶことが上手い俺は、浮遊島の士官学校生活を満喫する -蒼穹の眠れるエース- サケ/坂石遊作 @sakashu

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