閑話

第43話 英雄たちの語らい


 美空翔子が、浮遊島を訪れる前――。


 特務自衛隊の基地にて。

 飛翔外套を纏った銀髪の少女が、廊下を歩きながら盛大に怒鳴っていた。


「信じられませんわ! 信っっじられませんわ! ほんっっっとうに――――――信じられませんわっ!!」


 甲高い声が基地中に響く。

 彼女の怒りは、隣を歩く黒髪の少女に向けられていた。


「アミラ、うるさい」


「うるさくても結構! 今回ばかりは納得できませんわ!!」


 浮遊島が生んだ英雄の一人、アミラ=ド=ビニスティは顔を真っ赤にして怒る。

 もう一人の英雄である篠塚凛は、そんな彼女の態度に動じることなく歩いていた。


「貴女――実の弟ではなく、全くの赤の他人に推薦状を渡したなんて、正気ですのっ!?」


 アミラが叫ぶ。

 それが怒りの理由だった。


 推薦状。

 それは特務自衛隊の中ではつば付きとも呼ばれている制度であり、ただ誰かを浮遊島に招くためだけのものではない。


 推薦状は信頼と責任を示す。


 凛は先日、とある少年に天防学院への推薦状を渡した。彼ならばきっと天防学院でも上手くやっていけるだろうという思いの現れである。これが信頼だ。


 だが同時に、彼が万一大きな事件でも起こそうなら、その責任は凛が背負うことになる。また彼が将来、特務自衛隊に入るなら、恐らく自分がその面倒を見ることになるだろう。これが責任だ。


 だから推薦状は、安易に渡すべきものではない。

 相手のことを慎重に見極め、全幅の信頼を寄せられると判断した場合のみ渡すものなのだ。


 それなのに、凛は――初対面の相手にいきなり推薦状を渡した。

 凛の行動はいつも周りに理解されない。アミラもそれは分かっていたが、今回ばかりは納得できなかった。


「少なくとも私は正気のつもりよ」


「だとしたら貴女の目は腐っていますわ!!」


 そう言って、アミラは視線を落とす。


「貴女の弟、篠塚達揮がどれほど努力しているか知っているでしょう? あの子が、貴女から推薦されたがっていたのは火を見るよりも明らか。……あまりにも酷ですわ」


 そんなアミラの発言に対し、凛は少し考えてから口を開く。


「埋もれている才能を掘り起こすことが、推薦状の本懐だと思うわ」


「っ」


 その言葉を聞いて、アミラは口を噤んだ。

 相変わらず、この女は――妙なところで核心を突くような発言をする。


 それが天才ゆえのものなのかは知らないが、こういう発言がある度にアミラは唇を引き結んだ。普段はぼーっとしているくせに、偶に深いことを言うから、アミラはまるで自分が浅い生き物なのではないかと錯覚してしまう。


 この感覚には慣れが必要だ。

 篠塚凛の独特な雰囲気。これに慣れることができない者は、凛と関わるうちにどんどん自分が矮小な存在なのではないかと感じてしまい、最終的には心が挫ける。


 アミラは凛の雰囲気に慣れることができた、数少ない一人だった。

 だから、凛の考えをちゃんと理解した上で再び口を開く。


「……わたくしは、そうは思いませんわ。推薦状は、ちゃんと努力している人に報いるためのもの。過酷な努力を続けている人に手を差し伸べるものだと思いますわ」


「……それも一理あるわね」


 凛は、こう見えて相手の意見には耳を傾ける。

 アミラの意見を聞いて、凛は「確かに」と首を縦に振った。


 廊下を歩く。

 二大英雄が肩を並べる光景は、彼女たちの同僚である特務自衛官でも中々慣れない。そのため先程から注目は浴びていたが、声を掛ける者は一人もいなかった。

 

「アミラ。心配しなくても、私の判断はきっと間違ってないわ」


「……何を根拠に言いますの」


「私が推薦した子、を持っていたから」


「……はい?」


「まだ一度も空を飛んだことがないのに、私と同じものが視えていたの。……凄いと思わない?」


 ほんの少しだけ――凛は楽しそうに笑って言った。

 だがアミラは、そんな凛の表情の変化に付き合っている場合ではなかった。


「凄い、どころでは、ないですわ――ッ!!」


 アミラの声が、基地内に響き渡る。


「冗談ではありませんわ! わたくしがどれだけその眼を欲しているのか、貴女も分かっているでしょう!」


「ええ」


「世の中は、理不尽ですわ……!! まさか地上で育った人に、その眼が宿るなんて……っ!!」


 アミラは本気で落ち込んでいた。

 良くも悪くも素直な少女だ。喜怒哀楽を隠さないその生き様は、どこか見ていて清々しい。

 そんなアミラのことを凛は気に入っていた。……本人には伝えないが。


「……その子が貴女の二世にならないことを祈っていますわ」


「多分、その心配は無用よ」


 窓の外に広がる空模様を眺めながら、凛は言う。


「勘だけど、あの子……適性はそんなに高くないわ」


 意外な情報を聞いて、アミラは目を丸くした。


 特務自衛官の中でも群を抜いて優れている凛とアミラは、この空に特殊な眼があることを薄々勘づいている。


 厳密には眼だけではない。例えば日本にもう一つある浮遊島常磐では、特殊な耳を持つ者がいる。更に中国の浮遊島には、特殊な手を持つ者もいる。


 彼らはこの空で天才と呼ばれ、いずれも英雄のような活躍を遂げていた。

 しかし、必ずしも適性が高いわけではない。


 凛は、自身の眼に特殊な能力が宿った原因をエーテル粒子だと推測していた。

 仮にこれが肉体とエーテル粒子の適合によるものだった場合、適性も高くなるような気がする。だが実態はそうではない。


 その理由は恐らく……適性の定義によるものだ。


 適性とは、ざっくり説明するとエーテル粒子の力をどれだけ引き出せるかというものになるが、その殆どが内蔵粒子の最大値によって決定される。


 内蔵粒子とは文字通り、人の体内にある粒子だ。

 ITEMを使う時は内蔵粒子を消費する。


 凛はこれまでの戦いで、何度か内蔵粒子を使い切ったことがあった。

 しかし、内蔵粒子が底をついても眼の効果が消えることはなかった。そしてその状態でITEMを使おうとしても、眼に含まれた粒子が、内蔵粒子の代わりにITEMを起動することはなかった。


 つまり、凛の眼球に含まれているエーテル粒子は不動・・なのだ。

 眼に含まれた粒子は、内蔵粒子とは完全に別物で、外部に放出できない。だからこのような眼を持っていても、ITEMの出力が上がるわけではない。


 EMITSとエーテル粒子が発見されたのは、五十年前のこと。

 まだ研究も完璧とは程遠いため、仕方ないが……どうやら現在の適性検査では、内蔵粒子の最大値までは明らかにできても、肉体に浸透して固着した粒子までは調べられないらしい。


 だから、特殊な眼や耳を持っていても、適性が低い場合がある。

 恐らく美空翔子もその一人なのだろうと凛は予想した。


「だから、もしあの子が戦うとしたら……多分、アミラみたいになると思う」


「わたくしみたいと言いますと、アーツですの?」


 凛は「ええ」と頷いた。

 アミラは特務自衛官の中でも、アーツの扱いに長けている。


 少なくともこの国では、アミラが一番アーツを上手に使いこなせた。

 それ故に銀閃・・の異名が与えられている。


「でも、あの子は戦いを選ばない気もするわ。……思うところがあって自衛科に推薦したけれど、恨まれていそうね」


 そんな凛の呟きに、アミラは「ふぅん」と相槌を打った。


「もし、その子がアーツを習得できるとしたら、戦わないのは勿体ないですわね」


 アミラは言う。


「アーツは、ただ上手に飛ぶためだけの技術ではありませんわ。……使いこなせば、この上なく美しい武器になる」


 語りながら、アミラはふとテーブルの上に置かれた缶コーヒーを見つけた。

 椅子は空いている。誰かが捨て忘れたものだろう。手に持って軽く振ったが、中身はないようだった。


 アミラは缶を、すぐ傍にあった屑籠へ投げ入れる。

 刹那、アミラはその身体を素早く翻した。


 銀色の光が閃く。

 缶は、屑籠に入る直前――――真っ二つに切断された。


「アーツが使える者は、この空の覇者になれますわ」


 二つに分かれたスチール缶が、カランと屑籠の中で音を立てた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


2022/9/9、こちらも連載中です!

『偽聖女は隠居したい ~聖女を名乗ってちやほやされたかっただけなのに、いつの間にか全国民に崇拝されているので逃げていいですか?~』

勘違いものです。承認欲求マシマシな主人公が成り上がる話です。

https://kakuyomu.jp/works/16817139558727117130

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