第42話
特務自衛官の健闘の末、EMITSの襲撃による被害はどうにか許容範囲内に抑えることができた。
重傷を負った者はいるが、それでも死者はいない。武器の消耗も著しいが、一ヶ月も経てば十分に補充される程度である。
襲撃が完全に止んだ後、翔子たちはまず飯塚亮に説教を受けた。
当然ながら、本来ならばこの戦いに学生が参加する資格はない。それは実力面でも言えることだが、何より自衛隊には自衛隊の作戦があるのだ。学生という異分子が存在すると、作戦が正常に機能しない可能性がある。花哩や達揮によって救われた人もいるかもしれないが、同様に、二人が参加したことで危険な目に遭った者もいるかもしれない。
亮の話を聞いて、花哩たちは潔く反省した。
「それにしても、ラーラはいつの間に達揮と連携していたんだ?」
説教を受けている間、翔子はこっそりと隣のラーラへ質問する。
「えっと、その、翔子ちゃんが花哩さんを助けに向かった後くらいですね。貴方のせいで、花哩さんが危険な目に遭っていると言ったら、すぐに協力してくれました……」
「あながち間違いじゃないからなぁ……」
確かにあの時、先に飛び出したのは達揮だ。あの男が自制していれば花哩も飛び出さなかった……かもしれない。
亮の目の前で頭を下げる達揮は、深く反省しているようだった。
説教が終えたのは、時刻が午後五時を超えた頃だった。
◆
夜。
こってりと絞られた古倉班のメンバーは、寮舎自室の居間にてローテーブルを囲うように募っていた。
但しその集まりは四人ではなく、三人と一人だった。テーブルを囲う三人に、残る一名は少し離れた位置でポツンと孤立している。三人はそれに見向きもしない。
テーブルに置かれた鍋がぐつぐつと音を立てる中、綾女が口を開く。
「……第二回。反省会を始めます」
「いぇーい」
「い、いぇーい」
ここからが本当の説教の始まりである。
綾女の言葉を皮切りに、翔子も気の抜けた声を発す。恐る恐る声を上げたラーラは、申し訳無さそうに孤立する人物を見た。
「……今回のお題は、警報が鳴ったにも拘わらず、戦場に突っ込んだ馬鹿について」
綾女がそう告げてから、三人の視線が花哩に注がれる。
花哩は腕を後ろ手に縛られていた。おまけに絨毯の上ではなく、フローリングの上で座っている。正座する彼女の太腿の上には、ラーラ秘蔵の漫画や雑誌が高く積まれ、石抱の拷問に掛けられているようだった。
「……取り敢えず、花哩はしばらく単独行動禁止。日課のランニングは勿論、放課後も常に誰かを同伴すること」
「そ、そこまでしなくてもいいじゃない!」
「黙れ」
そう言って綾女は、鍋から取り出した豆腐を花哩の口元へ近づける。
「あ、あふいっ!? 止めっ――あふい! あふい、あふいっ!!」
花哩が悲鳴を上げる。だが誰も助けはしなかった。
「いい気味だな。……お、これ旨い」
マイペースに食事をしていた翔子が、つみれを頬張りながら言う。
その様子に、綾女が不機嫌そうに目を細めた。
「というか、私は貴方にも言いたいことがある」
「俺?」
「花哩のストッパーになって欲しいと言ったのに、花哩のこと応援した」
「応援? ……ああ、花哩のエースになるっていう目標のことか?」
「そう」
綾女が頷くと、漸く豆腐を飲み込んだ花哩が、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「ざーんねーんでしたーっ! 翔子は私の味方ですぅー!」
「……お陰で、以前にも増してウザくなった」
綾女が溜息を吐く。
花哩を一瞥してみると、彼女は期待と自信に満ちた瞳で、こちらをチラチラと見ていた。しまいにはウィンクまで飛ばされ、思わず溜息を吐く。
「まあ……なんだ。綾女も自分で言ってただろ。成果を重視する人もいれば、楽しむことを重視する人もいるって。なら、前者も尊重するべきだと俺は思う。たとえ危なっかしくても、理解できなくても、その目標自体が悪いとは思わなかったんだ」
そんな翔子の言葉に、花哩は感激のあまり瞳を涙で潤わせた。
だが、翔子が続けて言う。
「――とはいえ、それは他人に迷惑をかけなければの話だ」
そう言って翔子は小皿に鍋の具材を入れ、立ち上がった。
そして、花哩の傍で屈み、割り箸で掴んだ鍋の具材を花哩に食べさせる。
「あふい! ひょうほ、ひゃめて! あふい!」
「花哩の目標は応援するが、それはそれ、これはこれだ。特に俺は、お前のせいで死にかけたわけだしな。罰は受けるべきだと思う。……ラーラ、大根取ってくれ」
「ほれはけはひゃめて!」
熱々の汁を吸った大根を近づけると、花哩は本格的に泣き出しそうになった。
「わ、わかったから! 私が悪かったから! もう無茶しないから!」
「本当か?」
「ほ、本当よ! もう絶対にしない! 約束する!」
切実に謝罪する花哩に、綾女はゆっくりと瞬きする。
「……なら、もういい」
「や、やっと終わった……」
「でもさっき言った罰は実行する」
「えっ!?」
「絶対実行する」
明らかに気を抜いた花哩を、綾女は鋭く睨む。流石に観念したのか、花哩は消え入りそうな儚い声で「はい……」と了承した。
花哩と単独行動と、日課のランニングが当分禁止された瞬間だった。
「……じゃあ、反省会はこれで終了ということで」
花哩が鍋の傍に座り、四人は夕食をとり始めた。
他愛もない会話が飛び交い、和気藹々とした空気が生まれる。
「あ、飲み物が、もうなくなっていますね」
翔子と綾女が最後の糸こんにゃくを取り合う一方、ラーラが冷蔵庫を覗いて言った。
「買ってくるぞ」
「あんた飛びたいだけでしょ」
花哩は呆れた様子で翔子に言った。
「……偶には、皆で行く?」
綾女の提案に、他三人は顔を見合わせ、頷いた。
四人は部屋着の上に飛翔外套を纏い、靴を履く。リビングにある空に面した大窓を開き、一斉に夜空へ飛び立った。
春の夜風が吹き抜け、四人の外套が微かに揺れる。
「ちょっと寒いですね」
「ん。……でも、鍋のお陰で身体が温かいから、丁度良い」
ラーラと綾女が少し先を進む中、翔子と花哩はその後を追う形になる。
二人の後ろ姿を見て、花哩は申し訳なさそうに目を伏せた。
「花哩、どうした?」
「……なんでもない。ちょっと反省してるだけ」
花哩は小さな声で言う。
「駄目ね……私、また皆に迷惑を掛けちゃったわ」
翔子の隣で、花哩が弱音を吐いた。
「でも一歩、進んだんじゃないか?」
そう言って、翔子は万能端末の画面を花哩に見せた。
画面には、先程のEMITS襲撃に関する記事が表示されていた。戦闘に参加した自衛官がその時の様子をインタビュー形式で説明している記事だ。
その記事の片隅に、一人の女性自衛官の話が載っていた。
なんでも、その自衛官は、天防学院の学生に命を救われたとのことだ。
女性自衛官の命を救った学生は、
記事を読んだ花哩は、目尻に涙を溜めた。
「……約束するわ」
震えた声で花哩は告げる。
「私は、あんたより才能ないけれど……いつか絶対に、あんたを超えてみせる」
目尻に涙を溜めた花哩は、真っ直ぐ翔子を見据えた。
「だから、あんたは安心して飛びなさい。この空を、誰よりも自由に」
「……言われなくても、そうするつもりだ」
花哩の頼もしさに、翔子は思わず笑みを浮かべる。
吹き抜ける風がとても心地よかった。今の自分にとって、この空は手を伸ばすだけで簡単に届く。それが無償に嬉しくて、気持ちを穏やかにしてくれた。
『裏切らないであげて』
ふと、篠塚凛に言われたことを思い出す。
――裏切らないさ。
どんな目に遭っても、どんな理不尽を被っても、この空は何も変わらない。
なら自分は、きっとこれからも空を好きでいられるだろう。
翔子と花哩は互いに顔を見合わせ、同時に空を舞った。
月下。
夜の帳が下りた世界で、四人の外套が翻る。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一章『飛翔のエース』、終わりです。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
また、本作が第7回カクヨムコンを受賞しました!!
ただ今、書籍化作業中です! 頑張ります!!
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