イントゥ・ザ・パスト

結騎 了

#365日ショートショート 013

「だから、回想シーンで回想するのはやめた方がいいって、僕、言いましたよね」

 つい、原稿を強めに机に置いてしまった。軽い衝撃音が、深夜のファミレスに響き渡る。僕が担当している漫画家・まんG小太郎先生にこれをお願いするのは、もう何度目だろうか。まんG先生の悪癖である。この人は、絵はとっても上手いのに、話を作るのが下手なのだ。正確には、物語の組み立て、お話の魅せ方が下手。僕がいなければ、まんG先生はまともに漫画を完成させられないだろう。

「でも、ここでほら、主人公がバトルに行く前の学校での出来事を思い出すじゃないですか。でも、でもですね。その学校の前に、家でお母さんから言われたセリフが重要なんですよ。それを学校で思い出して、友達と話して、その会話が、バトルのクライマックスで活きてくるんです」

 完全に委縮している。が、声を震わせながら、まんG先生は自分の漫画について熱く語り始めた。いや、先生の言いたいことは分かります。僕はね、その展開それ自体は良いと思っているんです。

「いいですか、先生。僕が言いたいのは、過去回想をしているこのシーンの最中に、更に過去に戻らないでほしい、ということなんです。バトル中の、ほら、ここ。コマの周りが黒くなって、回想シーンに入りますよね。学校での友人との会話が描かれます。ここはいいんです。しかし、見てください。ここ。主人公が学校で目を閉じると、ここからコマ割りの線が二重になって、お母さんとの会話が出てくるんです。あ~、もう、ベタをこんなに丁寧に塗っちゃって。ほら、コマの周りが暗いのに、更に枠線が二重になるから、この辺りはすごく重い印象になっていますよ。そして読み心地としても、すっきりしたものじゃないです。いいですか、時勢が複雑だと、読み手がこんがらがるって言ってるんですよ」

 ついつい、語気が強くなる。溜息をつきながら、冷めたコーヒーに手を伸ばした。まったく、なんだってこんな。だいたい、打ち合わせたネームから勝手に内容を変えて原稿にするのもおかしいんだから。

「で、でも、私には……」

 まんG先生はしどろもどろだ。ああ、イライラする。

「言い訳はやめてください。前回もこのファミレスで言いましたよね。全く同じことをお願いしました。確かあれは、一ヶ月ほど前。この連載を立ち上げて半年のお祝いを兼ねた打ち合わせでした。予算が少ないから焼肉には連れていけないと言うと、まんG先生はあからさまにがっかりした顔をしましたね。その代わり、このファミレスのものはなにを食べてもいいと、僕は言いました。お腹いっぱいになって、ネームの打ち合わせをして。その時、僕、思い出したんです。昔お世話になった先輩に言われたことを。あれは、会社に入って一年が経った頃でした。部署の数人で飲みに行った帰り、先輩に連れられた感じのいいバーでしたよ。あそこで、言われたんです。編集者としてのプライドを、絶対に捨てるな、強く持てよ、と。だからあの時、言ったんですよ。回想シーンで回想シーンに入るような、そんな分かり辛いことはやめよう、もっとスマートに語ろう。読者はきっとそれを求めているはずだから、と」

 ひとしきり喋ったのち、まんG先生はきょとんとした顔をしていた。なんだその反応は。


 あれから、数ヶ月。まんG先生は回想から回想に入るような原稿は描かなくなった。しめしめ、僕の説教が効いたとみえる。どんなもんだ。

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