03:因果応報


 いつも通りの日常を終えて、帰宅をするまでの間にも目につく人間は大勢いた。

 パソコンに向き合いながらその光景を思い返していると、ふと掲示板の書き込みが、今日はやけに多いことに気がつく。


 ほとんど毎日書き込みをしているので、ある程度の書き込みは把握していた。

 日によっては書き込みが無いこともあるので、俺の書き込みが連続するような時もあったのだ。

 それが今日は、昼間に確認した時よりも明らかに書き込みが増えている。

 何かあったのだろうかと、俺は少し遡ったページから確認してみることにした。


「っ……な、何だよこれ……!?」


 羅列する文字に目を通していくうちに、俺は鼓動が自然と速まっていくのを感じていた。マウスを握る右手のひらにも、じわりと嫌な汗が滲んでいく。

 書き込みが多くなっていたのは、サイトに通う人々がとある話題について話をしていたからだった。

 普段は人に対する恨みつらみを書き連ねる場であるのだが、今日はひとつの話題について、サイトの住人たちが話をしていたのだ。



『最近ニュースでやってる怪死事件って、やっぱココの書き込みだよね?』


『明らかに人間の仕業じゃないし、そうでしょ』


『ていうかさ、書き込んでるの同じ奴だよね。文体そっくりだし』


『憎い相手っていうより無差別っぽい。さすがにやりすぎ』



 そう、話題となっていたのは、まさに俺の書き込みについてだった。


 匿名だからと気にせず書き込みをしていたのだが、サイトに通っている住人たちからしてみれば、同じ人間が書き込みをしているとすぐにわかってしまったようだ。


(なんだよ、お前らだって同じだろうが! 何で俺だけ批判されなきゃならないんだよ!?)


 このサイトを覗いているということは、少なくとも俺と同じように、誰かに対して憎しみや不満を抱いている人間だということだ。

 実際に書き込みをしたことがある人間だって少なくないだろう。


 だというのに、なぜ俺の書き込みだけが別のように扱われなければならないのか。

 苛立ちに自然と荒くなる呼吸を落ち着かせながら、俺はマウスホイールで画面をスクロールしていく。

 書き込みが最新のものに近づいていくにつれて、住人たちの意見はひとつの結論へと辿り着いていた。



『道歩いてて肩がぶつかっただけで殺されるとか無理』


『大量殺人犯だし、コイツ殺しといた方がよくね?』


『同意。どっかですれ違うかもしんないし、その前に死んでほしい』


『殺したいほど恨んでる相手なら書き込むのもわかるけど、見ず知らずの相手に殺されたくないし。賛成』



 意見を交わし合っていた住人たちの書き込みは、やがて俺の死を願うものへと変化していたのだ。

 俺は思わずサイトを閉じて、パソコンもシャットダウンする。


 なぜ俺が死を願われなければならないのだろうか?

 世の中にとって害悪な人間を排除していただけなのだ。むしろ称賛されてもいいくらいだろう?


「大丈夫、死ぬはずない……! たかが、あんな書き込みで……ッ」


 そう呟く俺の身体は、両腕で抱え込んでも止まらないほどガタガタと震えていた。

 普通ならば、掲示板に書き込まれただけで死ぬなどあり得ないことだ。

 個人情報のひとつも明かされていなければ、年齢や性別すらわからない。


 だって匿名なのだから。


 しかし、これまでに俺は抽象的な書き込みだけで多くの人間の死を願ってきた。

 そして、その人物たちは間違いなく死んでいったのだ。例外などひとつもない。

 どこの誰かもわからない俺のことを、あのサイトの見えない力は見つけることができるのだろうか。……いや、できるのだろう。


(だって……現に、もう……)


 息苦しさを覚えた俺は、自分の喉の骨が大きな音を立てて、何かに握り潰されるのを感じていた。

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