月転生◆Reincarnation◆

つきの

朔(さく)

 これは無数にある『もしも』の世界の中、その一つでの出来事。


 遥か昔のこととも、まだそれほど昔でもないともいわれるが、真実ほんとうのことは誰もわからない。

 時代は定かではないが、その始まりは新月の夜だったという。


 神の国で、ひとつの生命いのちが月という母胎ぼたいに宿った。


 父は太陽、母は月。

 それぞれの化身は、いつしか惹かれ合い、密やかに愛し合うようになっていた。


 そして、月満ちて、その小さな生命いのちは人知れず産み落とされた。

 

 許されぬと知っていた月は、我が身の欠ける影の中にいとし子を隠した。

 しかし、太陽は少しでも早く、月と我が子に逢いたいが為に、早々と地平にその身を沈めるようになってしまった。


 世界は混乱をきたした。

 また、このような密か事みそかごとが隠し通せる訳もなく、創造主へと知られてしまうことになる。

 創造主は、この二人の裏切りと怠慢に対して、大いにいかられた。


 太陽は兄、月は妹、二人は兄妹。

 この頃、神々の世界では兄妹婚は禁じられてはいなかった。

 しかし、それでもこの二人は、よりによって、それぞれに昼と夜を司る者たち。

 それは、すれ違うだけで決して交わってはならぬはずの二人であった。

 ましてや、恋にうつつを抜かして創造主の時間を狂わせるなどとは、何たること……。


 ──はからずも罪の運命を背負うことになってしまった赤子。


 その子は、母なる月より取り上げられ、永遠とわ生命いのちを奪われ、人間ひとの世へと堕とされることとなった。


 それが創造主が二人に課した厳しき罰であった。


 それでも、生まれながらにして罪を背負わされることになった、自らに罪なきこの小さきものを不憫に思われた創造主は、こうおっしゃった。

『人間の一生は決して長くはない。だからこそ、そなたは、今度は人の母の胎内に宿り、転生を重ねて、学んでくるがよい』

『一生ではわかるまい』

『二生、三生と生きても足りまいが、そうして、いくつもの生を転じながら、その中で ”真の愛” と呼べるものを探してみよ。

 ”真の愛” の欠片でも見つけたと思えた時に、そなたは自分が何者であったかと、その真実ほんとうの名と意味を思い出すであろう。

 そして”真の愛” をその手にしたその時こそ、そなたは此処に還るための道を見つけることができるだろう』



 そして「さく」という名前の音だけが、その者に与えられた。

 柔らかな光に包まれた、その赤ん坊は何も知らぬまま、人の世の、何も知らぬ人の母の胎内へと託されたのである。

 しるしとして、その握られた左のてのひらにはの様な痣を刻まれて。

 髪の生え際のひと房に金の色を残して。



 それは空気が澄みきった寒い冬の日。

 やはり新月の夜のことだった。

 月の姿は見えなかったが、その晩は母なる月の涙の代わりのように、流れ星がいつまでも絶えなかった。


 

 そして



 ある時代のある場所で、ひとりの赤ん坊が産声をあげた。

 その握られた掌に月の痣の印を持ち、不思議と、その髪の生え際のひと房だけが、金の色をしていたという。



ー終ー

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月転生◆Reincarnation◆ つきの @K-Tukino

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