第41話


藍沢がまたしても自分を犠牲にする選択をした。


そのことを認識した瞬間、気づけば俺は地面を蹴っていた。


「きゃっ!?」


オーガの拳が藍沢に届こうという瞬間、なんとか藍沢を抱えて前方に倒れ込む。


「西村…?なんで…?」


起き上がった藍沢が、疑問の表情を俺に向ける。


俺はそんな藍沢に構わずに、オーガと対峙する。


『オガァアアアア…!』


オーガが咆哮し、再度拳を繰り出す。


おそらく俺の背後にいる藍沢を狙ったものだろう。


その拳に俺は真正面から自分の拳をぶつけた。


「らぁ…!」


バァン…!


衝撃音がなり、二つの拳が拮抗する。


いや、数秒後、一方が音を立てて壊れた。


『オガァアア…!?』


俺と正面から撃ち合って拳を破壊されたオーガが、悲鳴をあげる。


「ふぇ…?」


背後から藍沢の戸惑う声が上がるが、俺は無視してオーガに追撃を加える。


「らぁ!」


『オグゥ!?』


「おらっ!」


『ガァ!?』


「ふんっ!」


『グゥ!?』


一発ごとに鈍い音が響き渡り、オーガが悲鳴をあげる。


筋肉に包まれた頑丈な体がどんどん壊れていくのが、拳の先の感触から理解できた。


これがレベルアップによる身体能力の向上か…


最初遭遇した時には勝てるはずもないと絶望したオーガを、今ではあしらうようにして倒せるようになってしまった自分に感慨を覚えながら、俺はオーガを、その肉体を破壊していく。


『オガ…オグゥ…』


やがてオーガは地面に倒れ、動かなくなった。


その体はあちこちがひしゃげ、すでに原型をとどめていなかった。


「とどめだ。死ねよ」


俺はちょうどいい高さまで下がったオーガの顔面に、正面から蹴りを叩き込んだ。


グシャっとオーガの顔面が潰れ、その目から光が失われる。


「ふぅ…」


息を吐いた直後、俺の頭の中でファンファーレが鳴り響いた。


今までにないレベルの上がり方、スキルポイントの増え方だ。


俺はアナウンスが終わった後、自分のステータスを一度確認してみる。



名前:西村博隆

レベル:60

スキルポイント:590

スキル:回復、収納、鑑定、加速、浮遊、探知、転移

獲得可能スキル一覧

・消去スキル(必要スキルポイント300)

・予知スキル(必要スキルポイント500)

・透視スキル(必要スキルポイント180)



「おぉ…」


オーガを倒したことで、レベルが十以上も上がり、スキルポイントも300ほど増えた。


さらには、新たに透視スキルというスキルが獲得可能になったようだ。


「これはすごいな…」


想像以上のステータスの上がり方だ。


レベルが上がるごとにどんどん上がりにくくなっていき、三十を超えた頃からは5以上一気に上がることがほとんどなかったため、レベルが一気に10以上上がって60台に到達したのは嬉しい誤算だった。


「こんなことなら早めにオーガ狩りにシフトするべきだったか…?」


雑魚を探し出して多く狩るよりも、オーガなどの強力なモンスターを時間をかけてでも探し出す方がひょっとすると効率的かもしれない。


俺がそんなことを考えていると、藍沢が恐る恐る近づいてきた。


「倒したの…?」


オーガの死体を指差して聞いてくる。


「ああ」


俺は頷いた。


別に藍沢を篩いにかけたことを謝るつもりはなかった。


だが、罵倒ぐらいはされるだろう。


そう思って覚悟したのだが、藍沢はただ安堵したように息を吐いただけだった。


「はぁ…よかったぁ…助かった…」


「…っ」


そんな藍沢を見た俺は、なんだかまた無性に腹が立ってきた。


「違うだろ…っ!」


「西村…?」


「馬鹿かお前は!?気づけよ…!俺はお前を試したんだよ…!こいつを最初っから倒せることはわかってたんだよ…!窮地に陥った時にお前がどうするか篩いにかけてたんだよ…!!」


「ふぇ…?」



藍沢がポカンとしている。


演技ではなく…本当に自分が何をされたのか、理解していないといった表情だった。


その無垢さが…純粋さが、なぜか俺には無性に腹立たしかった。


「なんでだよ…!なんで俺を見捨てなかった…!見捨てて自分だけ逃げればよかっただろ!?以前のお前なら迷わずそうしてただろ…!?なんで自分の命よりも俺の命を優先したんだよ!?なんで自己犠牲なんかに走った!?」


「…だ、だって…助けてもらったから…恩を返さないとって思って…」


「んだよそれ…なんなんだよ…」


怒りは次第に虚しさに変わっていった。


俺にとって藍沢は悪魔だった。


慈悲容赦のない、敵だった。


なのに今は…自分の命を賭してまで俺を助けようとした善人だ。


これじゃあ、まるで俺が……悪人みたいじゃないか。


「に、西村…本当に私を…試したの?」


俺が言葉を失っていると、藍沢が恐る恐る訪ねてきた。


「あぁ…」


俺は力無く頷いた。


「私が…西村より自分の命を優先するって…そう思ったってこと…?」


「あぁ…」


「西村を捨てて…自分だけ逃げると思ったってこと…?」


「あぁ…」


「そっか…」


藍沢が悲しそうに笑った。


それから踵を返して歩き出した。


俺は慌てて追いかける。


「おい待て!!どこに行く?」


「西村には…私が信用できないみたいだから…もう大丈夫」


「はぁ?」


「ごめんなさい。これからは私、一人でやっていく。西村のそばにいると負担になるみたいだから」


「ちょ、なんだよそれ!?」


「ついてこないで…!これ以上西村に迷惑かけたくない…!西村が私を試さなくちゃいけないぐらい信用できないっていうなら…お荷物だと思ってるなら…私は一人で生きていく…!」


「ふざけんな!!お前一人で生きていけるわけないだろうが!!」


「きゃっ!?」


気がつけば俺は思いっきり藍沢の手を引いてこちら側に引き寄せていた。


「どこにも行かせない…!こうなったら全力でお前を守る…!絶対に死なせない!」


「西村っ…痛い…」


「うるせぇ!ここでお前を見捨てて死なせたら…俺が悪者みたいじゃねぇか!!そんなの絶対に認めない!藍沢!お前は絶対に俺から離れるな!!わかったか!?」


「い、痛いよ…」


「わかったのか!?」


「わ、わかったから!腕、痛いっ!!」


藍沢が悲鳴をあげる。


「す、すまんっ」


俺は我に帰って藍沢を解放した。


藍沢が赤くなった自分の腕をさする。


「と、とにかく…どこにもいくなよ…もう試したりしないから…だから、俺と一緒にいろ、藍沢」


「…」


藍沢が無言でこくりと頷いた。




藍沢を信用できなかった俺は、再び藍沢を篩いにかけた。


だが、藍沢はまたしても自己犠牲を選んだ。


そしてその後、俺の迷惑になるならと俺の元をさろとまでした。


レベルアップによる身体能力強化も、スキルもない藍沢が一人で生きていけるはずがない。


ここで藍沢を行かせれば、ほぼ確実に命を落とす。


そうなれば今度は俺が悪人になってしまう。


だから俺は藍沢を仲間と認めることにした。


このモンスターの溢れる世界で、藍沢を守りながら生きていくと決めた。


「まず謝らせてくれ…すまなかった。藍沢」


手始めに俺は、二度も藍沢を篩いにかけたことを謝った。


「いいよ、西村。顔あげて。西村が私を信用できないのは普通だよ。西村は何も悪くないから」


藍沢はあっさりと俺を許して謝罪を受け入れてくれた。


その後、藍沢を信用できる仲間と認めた俺は、自分のレベルアップやスキルについて話した。


荒唐無稽な漫画のような話を、藍沢はすんなりと受け入れた。


多分、明らかに人外の俺の力を何度も目にしたからだと思う。


「そっかぁ…やっぱり、そうだよね。武術とかじゃ…あんなでっかいの、倒せるはずないもんね…」


そういって藍沢がオーガの死体を指差した。


俺は藍沢に、自分のステータスが見えるようになってからこれまでの経緯と、所持スキルの能力についても話した。


「俺のレベルは現在60。レベルが上がるごとに身体能力も強化される。スキルもたくさん持ってて、その中の一つに回復ってのがある。藍沢。腕は大丈夫か?」


「腕…?」


「さっき、強くつかんじまっただろ?」


「全然だいじょ…痛っ…」


藍沢が無事をアピールしようとして痛みに顔を顰める。


レベルアップで強化された力で強くつかんじまったからな。


もしかしたら骨にヒビでも入ったかもしれない。


「すまん。すぐに治療する」


俺は藍沢に回復スキルを使った。


「す、すごい…!何これ…!」


光に包まれた自分の腕を見て藍沢が目を丸くする。


しばらくしてスキルによる光は収まった。


「どうだ?痛みはとれたか?」


「嘘…全然痛くない…」


藍沢が信じられないといった顔つきで自分の腕を回す。


それから俺を見ていった。


「す、スキルって…魔法みたいなんだね…」


「…ぶふっ!?」


ちょっと気の抜けたような感想に俺は思わず吹き出してしまった。


 

「ほい、藍沢の分」


「あ、ありがと…」


それから数分後。


一通り自分のレベルやスキルについて藍沢に説明した俺は、近くの建物に入って昼食を取ることにした。


収納スキルから保存食を二人分取り出して藍沢に渡す。


何もないところから食料が出てくるのを見て、藍沢が目を丸くした。


「す、すごい…そんなこともできるんだ…」


「ああ。さっき説明した収納スキルだ」


「収納スキル…どのぐらい入れられるの?」


「さあ?まだわからん。だが、今の所収納制限みたいなものはなさそうだ」


「そ、そうなんだ…」


俺は藍沢と食事しながら雑談する。


「そういや、藍沢。お前、モンスターを倒したことあるか」


「へ?モンスター?」


「ああ。どんな弱いやつでもいい。一体でも倒さなかったか?」


「ううん…逃げてばっかりで一度も…」


「そうか…だったら一度倒しておいた方がいいかもな」


「へ?なんで…?」


「俺、自分のステータスが見えるようになったの、モンスターを初めて倒した時なんだよ。だから、もしかしたら藍沢も、モンスターを倒せば自分のステータスが見えるようになるかもしれん」


「な、なるほど…!」


藍沢が瞳を輝かせる。


「私でも…スキル、使えるようになるかもしれないんだ…!」


「あくまで可能性だけどな」


「うん!やってみる!やってみようよ!」


「おう」


子供みたいに表情を輝かせる藍沢に、俺は思わず苦笑した。



〜あとがき〜


新作の


『オールスペルキャスター、全属性の魔法を使える男〜異世界転生した俺は、圧倒的な魔法の才能で辺境の貧乏貴族から成り上がる〜』


が連載中です。



そちらも是非よろしくお願いします。







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モンスターの溢れる現代日本で俺だけレベルアップ&モンスターに襲われない件〜高校で俺を虐めていた奴らは今更助けてと縋ってきたところでもう遅い〜 taki @taki210

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