第40話


「ね、ねぇ…西村…?」


「なんだ…?」


「何か、聞こえない…?」


足音に向かって藍沢を誘導すること二十分。


藍沢が、近づいてくる足音の存在に気づいた。


ズン、ズンと低い足音に合わせてグラグラと周りで建物が揺れている。


この距離になれば、通常の聴力しか持たない藍沢でも嫌でも気づくか。


「確かに、聞こえるな」


俺はすっとぼけながら頷きを返した。


まさに言われて今気づいたみたいに演技を続ける。


「あ、足音みたいな…なんだろう?」


「わからん…見に行ってみるか」


「えっ…行くの…!?」


藍沢の表情が不安げになる。


逃げよう。


そう提案したいが、主導権が俺にあるためいいあぐねているようだった。


俺としては、この足音の主と藍沢を邂逅させるのが目的であるため、もちろんここで逃げるわけにはいかない。


なんとか不自然だと思わせないように、進行方向を変えないようせっとくする。


「少し見てみないか…?もしかしたら自衛隊の戦車とかかもしれない」


「そ、そうかなぁ…?な、何かでっかいモンスターとかだったら…?」


「その時は俺が藍沢を全力で守る。何より、こんな大きな足音を立てるモンスターがいるなら、一度確認しておいた方がいい。正体を知らずにいきなり遭遇するのは危険だからな」


「…わ、わかった」


藍沢がしぶしぶといったように頷いた。


俺が全力で藍沢を守る。


その言葉を信じたようだ。


「よし、それじゃあ行こうか」


俺は足音が着実に正面から近づいてきているのを知っていて藍沢とともに歩いていく。


「ねぇ、西村…」


「…」


ズン…ズン…


「西村っ…ねぇっ…」


「…」


ズン…ズン…


「西村ぁ!」


「…」


ズン…ズン…


「やっぱりこれっ、戦車じゃないよ…!逃げよう…!逃げた方がいいよ…!」


「…」


ズン…ズン…!


足音はどんどん近づいていった。


藍沢がついに、必死になって俺に逃げようと提案してくるが、俺は強硬に前に進む。


藍沢はほとんど泣きそうになりながら俺についてくる。


やがて、足音の正体が俺たちの目の前に姿を現した。


「あ…あぁ…」


藍沢が背後で絶望したような声を漏らしている。


『グォオオ…』


そいつは俺たちを見下ろして、低い唸り声を上げた。


体長は五メートルはあるか。


今まででみた中では1番大きな個体だ。


額から突き出たツノ。


筋骨隆々の体。


そして口から覗く鋭い牙。



名前:オーガ

種族:モンスター

レベル:59

スキル:威圧


『グォオオオオ…!』


巨大鬼のモンスター、オーガと俺は三度目の邂逅を果たした。





『グォオオオオ…!』


オーガが低く、空気をふるわすような唸り声をあげる。


「あひっ…」


背後で藍沢が尻餅をつくのがわかった。


おそらくこれは威圧スキルの効果だろう。


格下を、鳴き声ひとつで畏怖させ動けなくする。


レベルが上がった俺には効かないが、藍沢には効果抜群だ。


『グォオオオオ…!』


「なん、で…足が…動かないっ…」


背後でへたり込んだまま泣きそうな声をあげている。


「マジかよ…!なんだこいつ…!」


俺はあくまでこの邂逅が予想外であるかのように演じながら、藍沢に近づいていった。


あまり藍沢と距離が離れると、オーガは俺をするーして藍沢だけを襲うだろう。


それでは意味がないのだ。


藍沢を篩にかけるには、今、藍沢と同じように俺もオーガのターゲットで危機に面しているという状況が必要なのだ。


「あっ…あっ…」


『グォオオオ…!』


獲物を見つけたオーガが藍沢を狙ってこちらに近づいてくる。


逃げられない藍沢がか細い声を漏らす。


『ガァアッ!』


オーガが短く鳴いた。


そして直後、その姿が目の前から消えた。 


「ふぇ…?」


藍沢が素っ頓狂な声を出す。


おそらく通常の動体視力しか持たない藍沢にはオーガの動きが目視できなかったのだろう。


だが、俺にはしっかりと見えていた。


五メートルを超える巨体のオーガが、地面を蹴って飛んだのを。


「上だ…!危ないっ…!」


「へ…?」


俺は藍沢を抱えて背後に飛んだ。


ズガァアアアン!!


直後、轟音。


オーガの振り下ろした巨腕が地面に突き刺さり、アスファルトを粉々に打ち砕く。


「ひぃいい!?」


俺に抱えられながらそれをみた藍沢が引き攣った悲鳴を漏らした。


自分がまだあの場にいたらどうなっていたのか、想像したのだろうか。


「…くそっ…なんつーパワーだ…!」


俺はそれっぽいセリフをはきながら、内心では全てが計画通りに進んでいることを喜んでいた。


そうだ。


もっと怖がれ、藍沢。


お前が恐怖すればするほど、その本性が炙り出される。


お前が自分の命を選ぶのか、それとも否か。


ここで見極めさせてもらう。


『ガッ!!』


またしてもオーガが短く鳴いた。


そして地面を蹴って、今度は直線的にこちらに迫ってくる。


「…うおっ!?」


俺は藍沢を抱えたまま地面を蹴って跳躍。


俺たちが数瞬前までいた場所を蹴って空振りしているオーガを眼下に捉えながら、地面に着地した。


「きゃあっ!?」


着地の衝撃で藍沢が悲鳴をあげる。


「大丈夫か!?」


俺は藍沢に安否を確認する。


だが、オーガはそんな悠長な暇すら与えてはくれなかった。


『オガァアアッ!』


徐に地面から石を拾って俺に投擲してくる。


「…っ」


俺は咄嗟に藍沢を庇って背中で石を受けた。


レベルアップによって強化された俺の肉体に石が当たり、粉々に砕ける。


「痛いっ…!?」


別段痛みは感じなかったが、俺は藍沢の前でわざと苦悶の表情を浮かべる。


「西村っ!?」


藍沢が心配そうな声を出すが、それに構っている暇はない。


オーガの次の攻撃が迫ってきていた。




〜あとがき〜


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そちらの方もよろしくお願いします。








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