ラーレ
飾り棚の上に、小さなウサギの人形が並べられた。少女は鼻歌混じりに、それらにまるでピクニックをしているかのようなポーズをとらせ、小道具を添える。ウサギたちはなすがままに、楽しげな雰囲気で静止している。
「……これは、可愛すぎる。堪らないなぁ」
自作の楽しげなウサギたちに、赤い髪をした少女は目を細めた。
「まぁ。とっても楽しそうね。私もご一緒して良いかしら?」
ウサギたちの隣に、人の形の人形が現れた。その人形は唐突に姿を現し、自由に動き、歌うように喋り始める。それを見つけた赤髪の少女は目を丸くした。
「きゃー! ラーレさん?! いらっしゃーい。ラーレさんがくるなんて、嬉しすぎる!」
人形遊びをしていた少女、ダチュラは、新しい人形の出現に歓喜した。さっきまで夢中だったウサギのことなど忘れてしまったように、恭しく動く人形を両手で掬い、飾り棚からカフェテーブルへと移動した。
ウサギたちから離され、人形は寂しそうに眉を顰める。しかし、カフェテーブルの上に人形サイズのテーブルと椅子が用意されると、まんざらでもない様子で手に持っていた日傘を閉じ、席に着いた。
「ねぇ、ラーレさんはお茶より水が良いんだよね?」
人形用の小さなカップを前に、ダチュラはウキウキしながらリクエストを聞く。
「お水がいいわ。でも、もし注文できるのなら、お米の研ぎ汁が嬉しいわ」
ラーレさんと呼ばれた人形は、優雅に微笑んだ。
「あ、ちょっと待っててね! ちょうどお米炊こうかなーって思ってたんだ! ちょっとだけまっててね!」
ダチュラは急いでキッチンへと向かった。ラーレさんは、その様子を微笑んで見送る。深い緑色の髪が、窓から差す日光を浴びて輝いていた。
小さなティーカップに米の研ぎ汁が注がれて、人形サイズのテーブルにサーブされた。
「お口に合えば良いんだけど……」
ダチュラが心配そうに様子を伺う。ラーレさんはそれを口にして、嬉しそうに頷いた。
「ありがとう。美味しいわ。そうそう、これを届けにきたのよ」
ラーレさんが、花びらでできた日傘で宙に円を描く。円は穴となり、そこから薬瓶が滑り落ちた。
「これが?」
「ふふ。そうよ。これが死者を復活させる『生命の種子』よ。復活と言っても、死体を思いのままに操れるようになるだけなんだけどね」
まるでパーティーのお菓子を紹介するように、華やいだ笑顔でラーレさんは説明をしてくれた。
「これが……その、復活の儀式ってどうするの?」
「簡単よ。死体に口移しでこの種を植えるだけ。そうすれば、その死体を思いのままに操ることができる。でも……」
ラーレさんは視線を薬瓶に移し、表情を曇らせる。
「死体は腐るし、本人の意思が残っているのかも定かじゃないわ。腐りながら動く死体って始末に追えないでしょう? 流石に骨になってしまったら動けないしね」
ダチュラは恐る恐る薬瓶を手に取り、中に入った種を観察した。
「そんなに強力な魔法を誰でも使えるの?」
「魔法……と言うか、どちらかというと、この植物の特性って言った方がわかりやすいわね。種は死体を使っていろいろなところにいけるし、持ちつ持たれつって感じなんじゃないかしら?」
「へぇ……面白いなぁ……あ、ラーレさん、これよかったら」
ダチュラは人形用の着せ替え衣装を数点差し出した。
「きゃーーー! 貰ってもいいの? 可愛いドレスに……ええ? こっちは制服? 私に着こなせるかしら? ありがとう」
ラーレさんははしゃいで、服を見比べている。彼女の大きさは、ちょうど着せ替え人形のサイズと一緒だった。
「ところでそんなもの、一体何に使うの?」
衣装を物色しながら、ラーレさんはついでのように問いかける。
「うん。特に予定はないけれど、もっていて損はないなーって。昔、本で読んだことがあって、それが実在するって聞いたら、そりゃ手に入れたくなるよ」
ダチュラは『生命の種』の入った瓶を振ったり、日光にかざしたりと興味が尽きない様子だ。
「ふぅん。お役に立てたなら良いけれど。どう? 似合うかしら?」
ラーレさんはアイスクリームチェーン店の制服に着替え、ポーズをとっていた。
「あー! 似合ってない所が凄く良い! 写真撮らせてー!」
ダチュラはドタバタとカメラを探す。そして、年代物のフィルムカメラを取り出し慎重に光を絞り、ピントを合わせ、シャッターを切った。
「スマホ? じゃあないのね」
「写真って現像するのが楽しいんだけど、フィルムが手に入れにくくなっちゃって困るよね。デジタルが便利なのはわかるけど、私は面倒臭いことしたいんだよね」
「魔女らしい偏屈さだこと」
「それって褒めてる?」
「もちろん」
うららかな午後の光の中、二人の魔女は向き合ってくすくすと笑った。
Wicca 山本レイチェル @goatmilkcheese
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