レオナール
「手書きのラブレターが近年激減している件について、アンタはどう思う?」
「それは、時代と一緒に変わると思うよ」
紅茶のティーバッグのパッケージに掲載されていた『レンジで簡単!ロイヤルミルクティー』を客に差し出し、赤い髪をした少女は小さくため息をついた。彼女が一人で切り盛りをしているこの雑貨店に普段、客はほとんど現れない。なので、久しぶりの来客に心を躍らせ扉を開いたものの、戸口に立っていたのはこの古い知り合いだった。
────まぁ、いいか。話が長いけれど、一応お得意さんだし。
少女は気を取り直して、戸棚からお菓子の瓶を取り出し、客の長話に対峙する準備をした。
「だからさー、やっぱ気持ちを伝えるのは肉筆と、血と汗が染み込んだ紙でないといけないと思うんだよね。アタシ……ずず〜」
話し終わる前に、音を立ててミルクティーを啜り、口の端を舐める。粗野な仕草でも可愛らしく見えてしまうのは、客人の容姿の良さのせいだろう。透き通るような白い肌に、ふわふわした巻き毛のプラチナブロンド。その隙間からは飾りなのか、本物なのか、大きな羊のツノが生えている。歳の頃は、ローティーンと言ったところだろうか。ブラウスにハーフパンツ、ニットのニーソックス、身につけているもの全てが白い。そして、よく似合っている。そんな客人の姿を繁々と見つめながら、店主の少女ことダチュラは、自分用として丁寧に淹れた紅茶に口をつけ、客の意見にコメントした。
「血と汗が染み込んだラブレターは気持ちが悪いなぁ」
「え? そう? 気持ちと一緒に匂いも届けられるし効率いいじゃん」
「効率……」
ダチュラは、世の中にはいろいろな考え方があるなぁ。と、理解ある風を装い、深く考えないことにした。そもそもこの客人は、羊のツノと揃いで瞳もそれと同じ、四角い形をしていた。それでも、人の形をして店に来るので、それとして対応をしているが、きっと人ではない。いつも『ラブレター』を書くと言って便箋や封筒を買っていくので、ラブレターさんと呼んでいるが、名前すら知らなかった。
「で、ラブレターさんは、今日はどんなものをお探しですか?」
「んー特にこんなのが欲しいって訳じゃないんだけどぉ……」
ラブレターさんは、勧めてもいないのにクッキーを手に取り、頬張りながら小首を傾げた。
「強いて言うなら……そこそこ年齢が行っていて、モテないわけでもない男の心を鷲掴みにするようなレターセットかなぁ。アンタ、魔女でしょ? もうさ、媚薬を練り込んだ紙とかさぁ、文面なんて読まなくても、開封した瞬間にギュンってくるようなのがいいなぁ」
ラブレターさんはニヤッと口角をあげ、“ギュン”に合わせて股間付近で拳を握った。
「ものすごく具体的に決まってるじゃないか……少し時間もらってもいい?」
「作れる? 今夜にでも使いたいから、なる早で。でもその前にミルクティーおかわりちょうだい」
ラブレターさんは豪快にミルクティーがたっぷり入っているマグカップを煽り、ドンと音を立てて机に置く。すかさずダチュラが、牛乳の入った瓶と紅茶のティーバッグの缶をその横に置いた。
ダチュラの店は、表向きはアンティーク小物を中心に品揃えをした、こぢんまりとした雑貨店である。しかし、彼女の職業は『魔女』だ。特に毒の調合が得意で、その毒をうまく使えるように小物と合わせて細工をし、販売をしている。なので、開封した瞬間に媚薬が香るレターセットなんて、得意中の得意だった。
得意なオーダーに気をよくしたダチュラは、鼻歌まじりに商品を作り始める。ラブレターさんは、なみなみと牛乳が注がれたマグカップを両手で包むように持ち、ダチュラの背中に話しかけた。
「ねぇねぇ、ラブレターのさ、使い道。知りたい?」
「え? うん」
ラブレターの使い道なんて、愛の告白以外ないだろうに。ダチュラは内心でツッコみつつ、調子を合わせた。そんなダチュラの様子に構いもせずに、ラブレターさんは調子良く語り始める。どうやら時間を持て余しているようだ。
「失恋をね、したばかりの人って、弱ってるじゃない。だからアタシね、それを狙ってこう、バクバクーって頂くんだよ」
「ん?」
「だからこう。性的な意味でバクバクーって。だから、お邪魔する前にラブレターを出してぇ、まあ一応? 恋人になるポーズをとっておくんだー」
「へえ」
作業をしながらなので、生返事を返すダチュラに気を悪くしたのか、ラブレターさんは声のボリュームを上げて続ける。
「こぉーんなかわいい姿だけど、アタシ。悪魔なんだよ」
「あー」
「意外だった? 真っ白でかわいいもんね。失恋悪魔って呼んでね」
「あー、うん。そうだね。てことはサキュバスとかそんな感じ?」
やっとまともに帰ってきた返答に、ラブレターさんは嬉しそうに身を乗り出す。
「悪魔って呼び方もだけど、人間が勝手に作った呼び名だからなぁ。あえて言うと、そう呼ばれる時もあるしぃ? インキュバスと呼ばれる時もあるかなぁ。アタシは、どっちもあり。隙のある人間に取り入って、色々いただくことで存在していられるっていうか? だからラブレターは、私なりの流儀っていうか、仕事道具って言うかぁ? まぁ、そんな感じで結構大事に──」
「はい」
ラブレターさんの話の途中だったが、ダチュラは完成した媚薬の香るレターセットを鼻先に突き出した。
「ふんふん。いいね。いい匂い。いくら払えば良い?」
その出来栄えに、ラブレターさんは満足そうだ。
「悪魔ならお代はいらないよ。仲良くしよう。僕は魔女のダチュラ」
にこやかに握手を求めるダチュラの姿に、ラブレターさんはしばらく思案するように視線を這わせた後、改めて笑顔を作った。
「よろしく。アタシの名前はレオナール。会いたくなったら、名前を呼んでくれればいいよ。気が向いたら来てあげる。あと呼ばれなくとも遊びにくるね。アンタとは、牛乳の趣味が合うから」
そういってラブレターさんことレオナールは恭しく跪き、ダチュラの手の甲にキスをした。
レオナールに差し出した1リットル入りのグラスフェッドミルクは、すっかり空になっていた。
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