Wicca

山本レイチェル

ダチュラ

「苦い薬をお砂糖で包んだものってあるでしょ? それみたいに本当の気持ちを笑顔で包むの。だって、もし嫌な顔したら周りの人も嫌な気分になってしまうでしょ? そう教えられたの」


 少女は穏やかな笑顔で、つらつらと身の上話を始めた。


「はじめはとても難しかったけど、今では自分がどんな気持ちなのか、わからないくらいにまで上手になったの。そうしたら不思議ね。悲しくもないのに涙がでてきて止まらないの。魔女様、涙を止める薬をください」

 

 その少女は笑顔のまま、はらはらと涙をこぼした。


 森の奥にある雑貨屋は、魔女の経営する店だ。招かれたものしか見つけることができず、運良く辿り着いたものは魔女の秘薬を手に入れることができる。ただし、大切なものと引き換えとなる。


 街の住民は誰もが知っていて、そして、誰も行ったことはない。


「ねぇ、魔女様は何でも治せる薬をくれるんでしょう?」


 微笑みながら、泣きながら、少女は小さく叫んだ。店の奥にある小さなカウンターで、店主の“魔女”が頬杖をついた。


「薬ならあるよ。でもね、これ副作用があって肌が緑色になるんだよね。三年くらい」


 魔女が緑色の丸薬が入った瓶を振ると、カラカラと音がした。 


「え? 三年も緑? どうしよう」

 少女の眉が、困ったと言った。


「でもね、君の大切なものをくれたら、緑にならないように魔法をかけてあげる」


「大切なもの……」


 少女は慌てた様子で上着のポケットを探り、指輪を取り出した。


「これ。お母さんが、私が結婚してお家を出るときにくれるって言ってたの。でも、こんな泣き虫、結婚どころかお友達だってできないから……」


 必死な様子だが、少女の笑顔は消えていない。魔女は指輪を受け取って、日の光にかざす。


「これは、君にとって大切かもしれないけど、ぼくにとっては価値がないかな」


 魔女は指輪を少女の手のひらに乗せ「ねぇ、キスしたことある?」と首を傾げて少女の顔を覗き込んだ。


「そんなこと今関係ないと思う」


「あるよ。君が将来、大好きな人にあげる初めてのキス。まだだったら、それを僕にちょうだい」


 少女は笑顔のまま眉をひそめた。


「魔女様は女の人でしょ? それに私と同じくらいの歳に見えるし、そんなキスに価値なんてあるの?」


 少女と対峙する魔女は、歳のころはローティーンといったところだろうか、確かに相談に来た少女と同じくらいの年齢に見えた。しかし真っ赤な髪の毛にぶかぶかの白衣、その中にはフリルのついたブラウスにショートパンツを合わせている。いかにもな出で立ちだ。

 その魔女は、少女の顔を覗き込んだままニヤリと笑う。

 

「あるよ。初めてのキスの相手なんてそう忘れないだろう? ぼくは君の初めてをもらって、ずっと心の中に残る。ついでに、結婚式の夜に新婚夫婦がやるような、真実のキスをしよう」


「真実の……キス?」


 少女の笑顔が引きつる。


「真実のキスを知らないのかい? 教えてあげる。それはね……」


 魔女はもったいつけて、耳元で囁いた。


「え! ちん……?」


 少女の顔からは笑顔が消え、赤く染まった。


「そんなことを大人はみんなしているの?」


「みんなしているんじゃないかな。結婚して初めて迎える夜はだいたい真実のキスをするよ。おとぎ話で、よく王子様とお姫様がしているやつの真相だよ」


「結婚……」


 赤い顔が今度は青くなる。


「ふふっ……面白い」


 少女の真剣すぎる様子に、魔女は吹き出してしまった。


「何が面白いのよ! 私はこんなに困っているのに……」


「面白いさ。さっきまで、笑顔で泣くことしか出来なかった君が、今は怒っている。そしてほら、気がついてる? 君、今泣いていないよ」


 少女はすでに、笑顔でも泣いてもいなかった。今は、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


「お友達がほしかったら、笑顔以外の顔も見せてあげるといいよ。それでもやっぱり涙が止まらなくなったら、またおいで。真実のキスと引き換えに薬をあげる」


「……うん。魔女様、一応ありがとうございます。あと、あの……ほんとに真実のキスって結婚した人はみんなしてるの?」


「もちろん」


「……そうなんだ……私、届くかな? のどちんこ舐めるのが真実のキスなんて、知らなかった……」


 少女は照れたような、困ったような表情だ。


「うん……ふふふっ……ひひっ」


 彼女の真剣すぎる様子に、魔女は笑うのをこらえきれなかった。その様子を見て、少女もようやく気がついたようだった。


「そんなの嘘ね? なにが、真実のキスよ!」


 少女は擬音が聞こえるくらい、プンプン怒っている。


「怒った顔、いいね。喜怒哀楽コンプリートだね」


 魔女はおどけて右手の親指を突き出し、イイネのハンドサインをした。


「おあいにく様。私、嬉しくも楽しくもないわ。あなたは私の全部を見たわけじゃありません。では、ごきげんよう魔女様」


 少女はわざわざ丁寧にお辞儀をして、帰って行った。


「ごきげんよう。怒った顔を見せに、またおいで」


 魔女は少女の背中に声をかけた。



 魔女の名前は、ダチュラ。彼女は毒の扱いを得意としている。



 

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