第4話〈美術篇④〉
「で、何故家まで付いて来ているの」
住吉の長屋程ではないにしろ小ぢんまりした一軒家に付くと不快を通過して快感を覚えるだろう私の粘着質に彼女が立ち尽くす。
「まさかあたしの家の内装まで文句付ける気?」それとも家族の洗脳を有言実行するつもりかと訊かれるが、自宅の鍵を教室に置き忘れたから泊まらせて欲しいという、今回ばかりは比較的合理性ある行動理由を伝えてみた。私とした事が。
「路上で寝そべるのもアートじゃない?」
「それは現実侵犯性が高いので」夜分学校に引き返させない性根の善を透視しながら丁重に断ると「ここで待ってて」御家庭の合意を求めに行く。暫くして戻り「あたしの部屋に居て」特に挨拶の聞こえないまま初めて入る他人の部屋の空気を吸う。指紋以外付ける気は無いけど、工業的な部屋造りの中に一画注意を向けたい箇所があった。
「一人暮らしだったのね」同級生にしては気の利くお茶に言葉を添えて運ぶ彼女に、詳述する事柄は無いので「まぁ」とだけ返すとそれ以上深追いされなかった。
「初めて入れるクラスメイトがアンタとはね」
「あの人達と日本の将来を夜通し語り合ったりしないの?」
「アイツらにそんな脳味噌無いから。あたしは上辺で付き合っているだけ。カースト上位をキープ出来ると思っていたんだけどなぁ。落ちちゃった」
「声と身長と胸が大きいだけのレベル一に魅力を感じる必要は無いと思うけど」
「教室の常人は感じているの。あたしもその一人だったんだけど」彼女は口籠もり気味に茶葉の食感へ集中する。他者との違いを怖れる弱き心、私には未だ理解が及ばない。それなら逃げた方がまだ勝ち組だよ。例えば「この本棚に飾られた漫画」に。
「漫画を始めとして絵巻物、挿絵、絵本、紙芝居と言った美術と文学の折衷には当然美術性と文学性が存在する。漫画の美術性は絵画と同様だが日本の場合タッチがモノクロ。これはコスト的に仕方ないしアメコミやバンドデシネと比べて複数の場面に統一感を齎す効果に繋がる。しかも白黒だからとて軽作業とは程遠く一日十ページ作画は私には到底無理。一枚絵は一日以内に終わるから楽なモンよ。構成については絵的な物の他にコマ割り・コマ内の構図・コマ同士の関係、纏めれば場面の切り取り方にバランス感覚が必要。文学性は絵に紙面と時間を割く分文字量が限られ、小説その他に比べれば当然弱い。視点や伏線等の構造、内容に大差は無いが表現の違いに両者愉しめる趣がある。レア度については省略で構わないよね」
今回は短い総論に終えたけど、彼女は淡々と茶を啜る素振りで反応さえ現れなくなった。
「最初に言及した媒体の価値序列に説明を加えると、視覚の美術、言語の文学、聴覚の音楽は表現の基礎として上位。メディアアートやXR、それから今後生まれ出る新技術はこの三つを応用、超越しながら虚構性を保つ為最上位。映画は基本三形に近いけどリアルな映像と俳優、内容が虚構性を欠くので一段下位。演劇も同様だが映像が無い分更に下、服飾は美術に近いが機能性の制限があるので演劇と同程度。落語等の言葉をペラペラ喋るだけの芸能は誰にでも出来るけど文学に免じて一つ下。立体芸術の中で建築は特に制限が重いので最下位、ゲームと舞踊はスポーツ性、つまりルールに従い身体の操作と評価を行う機械的行為性があり表現の自由度が低い事から同じく最下位とした」
「お風呂入るよね。あ、布団は古いのが余っているからそれ使って」
「創作者目線でも基本三形は均衡が取れている。美術・文学・音楽の順とすると思考性は小・大・小、直情性は大・中・大、構成性は小・大・中、技術性は中・小・大、物語性は小・大・中、リズム性は小・中・大、鑑賞しやすさは大・小・大、創作時間効率は大・小・中、創作費用効率は中・大・小というように凡そ釣り合う。それなのに音楽や文学には口煩い評論家気取りが多い一方、美術には鈍感さが認められる風潮があるのはどうしてだ。そういう人は恐らくリアルな絵を見た所で格段悪く思えないのだろうな」
「明日は別の電車で登校しなさいよ。言う相手居ないだろうけど今日の事言い触らしたら永久無視」
「兎に角芸術家は一つの媒体内で小手先の表現を競い合うより、未知なる媒体に手を出し新規開拓するのが最も望ましい。そしてそれはいつの時代もきっと存在する。存在しなければ自分の手で作れば良い。芸術は現実社会からの逃亡手段、単なるお遊びに過ぎないがその遊びが馬鹿にならない。人生は暇潰しだから」
「アンタなら、これはどう考える?」
完璧な環境音へと昇華されたはずの私の声に文脈の糸を縒り合わせる彼女が指す先。アーサー・ラッカムが仰向けに倒れる棚の隣へ目を移す。
「これは」思い浮かべた文構造の手前にある単語で急停止する。ビジュアルに夢中で大事な情報の仕入れを忘れていた。
「そう言えば君の名前は?」
「アンタねぇ……隣人の名前くらい脳にアーカイブしとけ。何が天性の才能よ」
「それで、何?」
「
「それじゃ悪いけど先にお風呂入るから。漫画でも読んでて」
本棚の件は忘却か放置を選んで化粧ポーチ片手に部屋を出る。私はその後に付いてあわよくば浴室まで御一緒企む。
「何してんの?」
「化粧を剥がした弖須の顔が見たい」
顔を近付けて本命の告白が形となる。
「……もうアンタの鬱陶しさには抗わないけど、想像以上でも知らないよ」
温かみある溜息をくれる化粧不美人はそう言うと私の前で仮面を拭い始めた。私はただじっと見詰めた。クレンジングシートが瞼を撫で終えると呪いの解けた君が露わになった。
「確かに想像以上」
だけど私のセンスは紛う事無き本物だった。
「君の素顔はこの世界で最も価値がある」
私の口角が耳元まで歪む。
弖須は傷塗れの鼻を拡げて笑った。
私達は反美同盟。
反美同盟 沈黙静寂 @cookingmama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。反美同盟の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます