第3話〈美術篇③〉

 美術館をアルベルト・ジャコメッティのように背伸びして振り返り、門外女として避けていた語りを仕掛けた。

「あの建築をどう思う?」

「まだ話があるの?しつこいなぁ」空気の抜ける彼女は親切に立ち止まってどうもこうも直方体状だなとしか、出席確認程度の感想を送ってくれた。

「私もそうとしか思わない。立体芸術はサイズ・素材の物質性、実用性と言った現実性が美容とファッション以上に強いから芸術価値が他より落ちる。コストを掛けて現実に接近する分世間の食い付きは良いだろうけど」

「…………」

「現実性の低い順に概して並べれば、彫刻・人形・玩具等含む小規模造形、各種工芸、建築・インスタレーション・環境アート含む大規模造形となると思う。小規模造形は実生活に欠けて困らない余暇的な物、工芸は実用性が強いながら多少の不便さは見過ごせる物、大規模造形は下手すれば生命の危険を伴う安全第一の物。小規模造形は絵画と距離が近く校門前にマーク・マンダースの作品が転がっていても殊更迷惑にはならない。けれど大規模造形、特に建築の場合人間行動や自然環境、防災性等の制約を受ける為、レベル九に至る難易度は他より高いと思われ、実際規則的な配置、安易な直線・曲線状の形状が多い」

「…………」

「芸術対日常の差異は見出すのが難しく、個人作品内比較は問題無いとして芸術全体内比較は抜きん出た作品が少ないから判断しにくい。正確なレア度の測り方は基本的には絵画のそれに次元を加えた物だが、素材、動き、経年変化、鑑賞者含む環境と言った要素は考慮に入るだろう。レベル別例説は省略」

「…………」

「絵画同様整然・精緻・リアルな表現はレベルが低い。八秒で設計が終わりそうな抽象彫刻、精巧に再現されたミニチュア模型、肉体美を謳う彫像は芸術的には見るに値しない。何千年前に造られた縄文土器の方が余程魅力的だ。また3Dプリントのある現代ではコピーされ難い素材を使用する必要があるだろう」

「…………」

「とは言え虚構性の強い立体表現があるのはお判りですよね。3Dモデリング、そしてそれを利用したXRの表現はホログラム等の他のメディアアートと異なり高度な美術性、文学性、音楽性を持ちながら虚構性が非常に強い。フランク・ゲーリーのようなオブジェクトを幾ら作ろうと誰にも被害が及び得ない。虚構性を阻害しない程度に芸術交流という社会性まで確保出来る。今後の芸術媒体の主役になるのは誰の眼にも明らかだ。ただし現実と虚構の区別難化は進むだろうと予感して先の定義は設けられた。これ以上はまた時間の許す時にゆっくり話し合いたい」

「…………」

「閑話休題。工芸や建築に物珍しさを求める人は少数かもしれない。だけど私は現実侵犯性さえクリアすれば、造形は可能な限り芸術的であるべきだと思う。それは人は少なからず眼に映る物体に影響を受けてしまうから。世界の真理を見抜くビジュアルニュートラルになる為には既存の美は解体される必要があるんだ」

 駅と美術館を繋ぐ坂道には仄暗い街灯が照射するだけ。帰宅方向を真っ直ぐ凝視していた彼女の口が久々に開く。

「……ねぇ何処まで付いて来る気?駅着いたら消えてよ」舟越桂のように俗念を削いだ表情からすらり訊く。

「只今嫌がる女性に付き纏う犯罪者を諷するパフォーマンスアート実演中なので」

「その舐めた舌尖を引き抜いて土葬すれば斬新な作品として評価されるかな」

「冗談抜きに、立体芸術は突き詰めれば何処までが芸術かという話になる。今歩く舗装道路は芸術か?前に広がる風景は?君の身体をホルマリン漬けにしたら?先の定義の限界まで迫る事は出来ても、やはり芸術は出過ぎた真似を取れる程価値ある物ではない。こんな無意味な事やらない方が良い。受動的な子供をピアノ教室に通わせるべきではない。何で私絵描いているんだ?」

「さぁ」

「それでも続けるのは美的なる物を壊す為。奇異と後ろ指を指される私とその同類が苦しむ裏で欺瞞の尺度の痛みを感じない人々の無意識を抽出したい。この道沿いにザハ・ハディドのビルがある訳ではないけど、折角造形に溢れる街中を二人で歩けば君の世界観に変化が生まれると思った」

「……何故あたしにここまで執着する?あたしの事を憐れに見捨てられた芸術作品と思っているの?」

「違う、君なら理解してもらえるかと」

「何でもいいけどアンタの話にはもう飽きたから。明日から別の相手探して劣等感を慰める事を薦めるわ」

 巫山戯た色味無く不機嫌を募らせた彼女は私と歩幅を違える。駅の厚かましいライトが足下へと忍び寄る頃だった。一秒だけ彼女が振り返ると、心がどうしても落ち着かなかった。

「今度こそ、じゃあね」

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