047_questlog.大鬼

 扉の先は比較的広い部屋だった。

 天井の高さはいままでと違い、高くなっていた。2ブロック分――6メートルといったところか。

 部屋の奥に大きな人型が二つ。

 何かを守るように、並んで立っていた。

 身長は250センチほど。機甲兵の俺よりもでかい。

 丸太のような腕と脚。頭とほぼ同じ太さの首。凶暴そうな面貌で、額には角が二本生えていた。

 手には肉叩きのような鉄の塊。四角いヘッドから鋼の長い柄が伸びた、特大のハンマーだ。


大鬼オーガだ!」


 イシュが叫ぶと同時に、向かって右側の大鬼に向けて矢を放つ。

 いきなりの乱入者に驚いた大鬼二匹は反応が遅れた。

 駆ける俺とクーディンの後ろから矢が唸りをあげて飛んで行き、大鬼の右目に突き刺さる。

 顔を押さえて雄叫びをあげる相棒を見て、左の大鬼が慌てたようにこちらに向かってきた。


 だが、二匹の大鬼を分断するように、炎の壁が立ち昇る。

 カーライラが火炎放射器のように、手から炎を放ったのだ。

 突然目の前に現れた炎に驚いた大鬼は驚き、慌てて後退った。

 実際問題として、そのまま炎を突っ切っても大したダメージにはならない。だが、生物の本能的な部分が足をすくませたのだろう。


 その隙に俺とクーディンは、目に矢を食らった大鬼に肉薄する。

 俺の大剣が大鬼の心臓を貫くのと、クーディンの拳が膝関節を粉砕したのはほぼ同時だった。

 大鬼の体が傾き、硬い石の床に転がる。

 俺はすぐさま体の向きを変え、もう一匹の大鬼に向かう。


 カーライラはさらに炎を放ち、大鬼を挟むように炎の壁を作り出していた。

 左右を炎に挟まれた大鬼は、唯一残されたルートを真っ直ぐに進む。

 正面にはカーライラ。

 大鬼が肉叩きのような鉄塊を振り上げ、怒号をあげながら突っ込む。

 カーライラの手から炎玉が放たれ、狙い違わず大鬼の顔に命中。眩く輝く粉を散らして、大鬼の胸から上を赤い炎で包み込んだ。

 カーライラはあえて大鬼の左右を炎の壁で囲ったのだろう。残されたルートを真っ直ぐ進むよう誘導したのだ。

 どう向かってくるのか分かっていれば、当てるのは容易い。

 だが、大鬼は己の顔が焼けるのも構わずカーライラに迫り、憤怒の表情を浮かべて巨大な肉叩きを振り下ろした。

 あんなもので殴られたら人間ならもれなく即死だ。板金鎧を着ていようが誤差だろう。まさに暴力の塊だ。俺ですら直撃したら屑鉄スクラップ一歩手前になってしまう。


 一瞬、冷やりとしたが、カーライラはいっぱしの冒険者だった。

 身をすくませることもなく、さらに炎玉を放って後退り、ひらりと肉叩きを避ける。

 鉄塊が石の床に打ち付けられ、火花と粉砕された床石をまき散らす。

 跳ねた石礫いしつぶてがカーライラの白い頬を掠め、赤い筋を刻む。それでも、カーライラは目を閉じることもなく大鬼を見据えていた。

 若くとも銀級ということか。さすがの胆力だ。


 ――こてん。


 そんな音が聞こえそうな転げっぷりでカーライラが尻もちをついた。

 運の悪いことに、後退った場所に大鬼が粉砕した床材の石ころが転がっていたのだ。それを踏んでしまい、バランスを崩したようだ。

 さすがというか、なんというか。

 カーライラのバッドユニークスキルが発動したのだろう。


 俺は炎の壁を突っ切り、カーライラに追撃をせんと肉叩きを振りかぶる大鬼に肉薄する。油が燃えているだけの炎など、機甲兵には何の障害にもならない。

 ただ、このままでは大鬼が肉叩きを振り下ろすほうが早い。

 少々燃費が悪いが、特殊機能チートを使う。カーライラが挽肉になる未来など見たくないからな。


重力加速グラビティブースト!」


 体内の重力制御機構がうなりをあげる。

 鋼鉄の身体がグワっと前方に「落下」するように加速する。


「あぁ、反物質が減った~!」


 燃費の悪さに錆子がぼやくが無視だ。

 まさに宙を滑るように大鬼の懐に飛び込み、一息で大鬼の右腕を大剣で斬り飛ばす。

 大鬼は丸太のような右腕を思い切り振るうが、肘から吹き出す血潮を前に振りまいただけだった。

 巨大な肉叩きは、振りかぶった状態からそのまま大鬼の背後へと落ちていた。

 大鬼はキョトンとした顔で、肘から下がなくなっている右腕を眺めている。

 俺は返す刀で大鬼の首を撥ね飛ばした。


「カーライラ、無事か?」


 死を覚悟していたのか、強張った表情のままのカーライラが俺を見上げてきた。


「うん……なんとかね。ありがと」


 俺は大剣を一振りして、血を払う。

 砥ぎ直しついでに、撥水撥油コーティングをしたので綺麗に血糊が飛び去った。

 鈍い光を返す大剣を掲げ見る。


「悪くないな」


 初めててまともにこの世界の武器を使ってみたが、意外と使える。

 モクレールとの手合わせは刃を落とした鉄の棒のような物だったしな。

 盗賊の親分から奪ったこの大剣は、刃先に浸炭焼き入れと窒化処理を施してカチカチにしたので切れ味も抜群だ。特に長いのがいい。

 虎の子の超振動短剣は何でもスパスパいけるもののリーチが短いのが弱点だし、刃先の素材が特殊で俺の体内工場では再生できないのだ。普段使いをするには不安がある。

 その点、現地生産の鋼製なら入手性が良いので折れたところで問題にはならない。


 それに、今回のように一瞬で断ち切るには長い剣は有利だ。

 ワイヤーガンで切断するには、飛ばしてから引くという2アクションが必要なぶん、どうしても瞬発力に欠ける。

 分銅の射出や、コイルガンでの銃撃は「点」での攻撃になるから、決定力に乏しい。そもそもが貫通力の高くない分銅や、射出力の低い重力式コイルガンでは威力に不安もある。

 あの大鬼の体躯を見るに、頭を飛ばしてもそのまま肉叩きを振り下ろされる恐れもあった。


「やはり、手持ちの武器は必要だな、うん」


 錆子が俺の肩の上で溜め息をついた。


「はいはい……言い訳はもういいから。どうあっても武器を持ちたいんでしょ」


 どうやら、錆子の理解が得られたようだ。

 さて、どんな武器を持つべきか。

 この大剣も悪くはないが、やはり黒騎士を名乗るからにはロングソードとカイトシールドが必要ではなかろうか。


「一つだからね! いくつも武器持ったって、どうせほとんど使わないんだから!」


 錆子が玩具をいっぱい欲しがる子供に言い聞かせるようなセリフを吐いた。

 お前はお母さんか。


「ぐぬぬ……」


 歯噛みする俺を余所に、ルルエがカーライラの顔に手を当てて回復魔法を発動していた。

 白い頬にできた赤い筋がみるみる消えていく。


「きっちり治すからね。傷なんか残らないからね!」


「大丈夫だって。これぐらい、ほっとけばすぐ治るって」


 ルルエが鼻息も荒く、白く輝く手をカーライラの頬に押し付ける。


「ダメ、ぜったいダメ! 綺麗な顔に傷なんか残したらダメ! 顔の傷で喜ぶのは、お脳に筋肉のつまってる残念な人だけだから」


 酷い言い様だが、そこは同意せざるを得ない

 カーライラの顔に傷があっても、まったく嬉しくない。


「被害は、かすり傷一つか……」


 大鬼の死体を確認したイシュが苦笑いを浮かべていた。


「ん? 何かあったか?」


 俺がそう問うと、イシュは首を横に振る。


「何もなさすぎて、笑うしかないということだ。普通の冒険者パーティなら、大鬼が二匹出た時点で、即撤退だ」


 床に座り込むルルエとカーライラが「うんうん」と揃って頷く。

 服を乱した長身の赤髪美女とむちむちプリンのエルフ娘が抱き合っている様は、なかなか絵になる。

 問題があるとすれば、我が愚息が一ミリも反応しないというところだろうか。


「問題は一ミクロンもないから」


 錆子が余計な突っ込みをしてきた。さらっとスルーだ。


「大鬼ってのは、そんなに脅威度が高いのか?」


 俺の問いに、イシュますます苦笑いを深くする。


「ああ見えて、大鬼は素早い。最初に矢が当たったのは完全な奇襲だったからだ。相対してしまえば、小刻みに動かれて弱点を射貫くのは難しい」


 言われてみれば、カーライラに迫った大鬼は体躯に似合わず踏み込みは鋭かったか。


「そもそも武器を持った大鬼の攻撃は、どれだけ強靭な前衛であったとしても、受けきることが不可能だ」


「それは、そうだろうな」


 巨大な肉叩きに抉られた石床を見る。

 直径が1メートルほどの、ミニクレーターができていた。


「盾の遺物アーティファクトがあれば別だろうが、そんなものは俺の知る限りこの大陸に一つしかない」


 盾の遺物か。

 モクレールが持っていた遺物はゲーム世界の標準装備だったから、盾もゲーム仕様の装備品なんだろう。


「アレか……反重力シールド機構を内臓した盾な」


 神聖ユーグリア教国、キシリス連邦、ザン共和国のすべての国が採用していたSFギミック溢れる手持ちの盾だ。

 反重力子を照射することで飛んでくる投射物の軌道を変え、斬りこまれた刃の太刀筋を逸らす。相手どるには厄介な装備だ。

 しかもあれって早期警戒レーダーを搭載してるから、かなり面倒なんだよなあ。後ろから撃っても、距離があるとレーダーで感知されて振り向いて弾かれる。

 盾スキルを持った前衛職が使うと、ウザイことこの上なかった。

 殺るとしたら、盾で対処できないほどの数による飽和攻撃か、近接職複数で囲んでボコるか、こっそり後ろから近づいてブスリだ。

 タイマンでなんとかしようとするのは時間の無駄なので相手にするな、とよく言われていた。


「見たことがあるのか?」


 イシュが目を見開いて俺を見上げてきた。

 しまったな。ゲームの世界とごっちゃにしてしまった。

 とはいえ、嘘をつくのも意味がないので、正直に話すことにする。


「何度か持った奴と戦ったことがある。ただ、一対一では不毛な闘いになるな」


「戦った!? しかし……不毛、とは?」


「決着がつかないんだよ。こっちの攻撃はほぼ防がれるし、相手も重い盾のせいで攻撃速度が遅くてな。まず喰らわない」


「そう言い切れる人間がこの世に何人いることやら……」


「はあ……すごいですねえ」


「やっぱ、テツオ基準で考えるのは危険よね」


 イシュとルルエ、カーライラは呆れた顔で俺を見つめてきたが、クーディンは空中の一点をじっと見ていた。当然、その視線の先には何もない。

 猫だ……猫だったな。


 イシュが大鬼の死体をあらためたが、めぼしい戦利品はなかった。強いて言うなら、巨大な肉叩きのような鉄塊だが、お持ち帰りするには重すぎる。

 つくづく異次元ポケットインベントリが欲しい。


「別次元に物質を転送と回収とか、不可能だからね?」


 錆子が鼻息を漏らしながら言った。


「そういう設定なわけ?」


「は、設定……? 別次元にアクセスするとか、現実的じゃないからね? まあ、宇宙軍の総旗艦クラスの反物質炉があれば、観測ぐらいはできるかもしんないけど、できてそれが限界よね」


 宇宙軍の総旗艦ってどんな船だよ。それの反物質炉つかって見るだけとか。別次元って遠いんだな。


「うむ、コスパ最悪なのは分かった」


 というわけで、肉叩きは放置決定。


「大鬼の討伐証明部位ってどこだ? 角?」


 俺はそう言いながら、床に転がる大鬼の角をつまんでみる。

 イシュは腰の後ろから大ぶりなナイフを抜きつつ答えた。


「ギルドの規定だと、角二本の1セット。ただ、角だけ持ち帰るのは無理だからな。頭をまるごと持ち帰ることになる」


「あー、これは確かに無理かもね。がっつり頭蓋骨から生えてる。下手に取ろうと苦労するぐらいなら、まるごとお持ち帰りのほうが楽だわ」


 と、錆子。X線で盗撮したようだ。


「角だけでいいんだな」


 超振動短剣でサパッと角を4本斬り飛ばす。

 普段使いはしないが、こういう特殊な状況ならバンバン使っていきますとも。

 イシュが俺の手に握られた短剣を見て、若干引き気味だった。


「相変わらず、デタラメな切れ味だな……」


「遺物ってことにしといてくれ」


 実際、ゲームの標準装備だしな。ゲームの中だと、店売りで1ゴールドのゴミ装備だけども。

 大鬼の角を革袋に仕舞いつつ、部屋の奥を見る。

 そこには、大きな穴が斜め下に伸びていた。

 穴というか、下り階段だ。


「どうやら、あの二匹はゲートキーパーだったようだな」


「階層主ってことか」


 俺とイシュは並んで暗くて先が見えない下り階段を見下ろす。

 微妙な低音を響かせて、空気が階下へと流れていた。


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黒き鋼のアルマ ~機械の体で異世界に放りこまれた俺、早く人間になりたい!~ 日賀霧雄 @kiriohiga

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