046_questlog.迷宮

 ――迷宮ダンジョン

 

 そもそもダンジョンって何なんだろうな?


〈キシリスが作った惑星攻略用の生物兵器ね。一つの生態系を作り出す植物だと思えば分かりやすいかな〉


 まさかの兵器だった。

 錆子の説明によれば――

 

 概要としては、植物の栄養吸収・成長を模したシステムで成長し、環境に適応した生物兵器を生産して敵拠点に送り込むというものだ。

 乱暴に言えば、テロリスト自動生産工場と言える。

 

 まず最初に、攻略対象となる戦略拠点の近くにコアと呼ばれる種をまく。

 周囲の環境に合わせ、植物が育つように地下に根を張りつつ付近の生態系を吸収して成長。密かに地下に迷宮を形成していく。迷宮の素材は、根を張った場所で支配的な鉱物を抽出したものだ。

 そして、形成した迷宮の奥深くで、現地に適応した生物兵器の設計・製造を行う。

 生体プラントで生物兵器を生産しつづけ、一定数貯まったところで放出する。俗に言う、スタンピードだ。

 定期的に生物兵器を溜め込んで放出し、地域の敵勢力に継続的な攻撃をし続ける戦略兵器というわけだ。

 しかも、惑星攻略を目的として多数の種が散布されるのだ。早期に駆除しない限り、惑星がダンジョンまみれになる。

 実際に、いくつもの惑星がダンジョンで弱体化し、キシリスに占領されたのだ。

 

 ところが、しばらくして、致命的な弱点が発見された。

 それは、除草剤で枯れてしまうという実にお粗末なものだった。

 旺盛な繁殖力というか、吸収力が仇となって、除草剤があっという間にコアに到達してしまうのだ。

 それ以降、ダンジョンを用いた惑星攻略は下火になった。

 

 ――ということらしい。

 

「……なるほど、草か」


 俺が地下に続く階段を塞いでいる蓋を外すかどうか迷っていると、背後からイシュが近づいてきた。


「ひとまずは、宿場町に戻ったほうがいいだろう。攻略をするなら準備をしないとな」


「そうですね。二人を安全な場所に移してからにしましょう」


 ルルエは頷き、毛布にくるまれた女性二人の肩を抱いた。


    ○


 盗賊のアジトをしばらく物色した後、俺たちは保護した女性二人を連れて宿場町へと戻った。

 

 手に入れたお宝はほとんどが大小の金貨だった。魔銀ミスリル貨はなかったが、とにかく現金が多かった。もっとも、それ以上に多かったのが臭い葉っぱ、大麻だ。大麻はこの世界でもご禁制の品らしく、洞窟の外で燃やした。おかげで、森がたいそう臭くなってしまった。森の動物たちにはいい迷惑だろう。

 鼻のいいイシュやクーディンがすごく嫌そうな顔をして、タオルで顔を覆っていた。

 

 どうやら、盗賊たちは大麻を購入するために大量の金貨を保有していたようだ。

 大麻の入手経路や、奪った物品の換金ルートなどを調べる必要があるが、それは警備隊や領都の衛兵の仕事だろう。

 

 保護した女性二人は、行商を営む姉妹だった。

 姉のほうは普通に会話ができるほどには回復したが、妹のほうは深刻な精神的外傷を負ったようで、ずっと放心状態だった。

 さしあたって、二人が落ち着くまでは宿場町に逗留してもらうことにした。費用は俺が出した。

 盗賊から救出したことで、カーライラと同じように救出料金が発生することになったが、早々に放棄しておいた。いくらなんでも、身ぐるみはがされて傷だらけの姉妹に金をよこせなど言えない。

 

 盗賊のお頭らしき人物の首を警備隊に持っていくと、賞金がかけられていたようで金貨30枚の収入になった。盗賊のアジトから奪った現金を合わせると結構な額になった。

 やはり、盗賊は金になる。


〈顔がなくてよかったわね。アンタ、いまものすごい悪い顔してるわよ〉


 だまらっしゃい。

 

 まずは、迷宮の攻略をするための準備だ。

 軽く情報を集めたところ、警備隊の隊長はこの辺りで迷宮が発見されたことはない、と言い切った。

 ということは、盗賊がアジトにしていた迷宮は把握されていないものなのだ。

 どうやら、迷宮というやつは人知れず育つものらしく、長く人の目に触れなかった場合、突如としてスタンピードが発生して甚大な被害をもたらす。そこでようやく迷宮があると発覚するのだ。過去にも幾度となくスタンピードによって街が滅びたという。

 この辺の情報は、錆子の言った戦略兵器ダンジョンと合致している。

 

 しかし、この世界、かなり物騒だ。

 文明レベルが高いわりに、人類の人口が多くないのはこういった外的要因が大きいのかもしれない。化石燃料も火薬も持っていない人類にとって、スタンピードは脅威だろう。

 

 ひとまずの準備として、燃料と食料、医薬品を揃えた。

 とはいえ、いきなり完全攻略を考えてはいない。

 まずは威力偵察だ。


    ○


 翌朝、俺たちは盗賊のアジトとなっていた未報告の迷宮へとやってきた。

 

 王国法によれば、迷宮の所有権は発見者のものになるという。

 ただ、領主の土地であった場合は、領主への土地代が発生し、さらに迷宮から出た財産を売却すれば税金が課せられる。

 扱いとしては、鉱山に近いのだという。とはいえ、この国は個人による鉱山開発は認められていないので、特例みたいなものだろう。

 所有権を主張するということは、管理の責任も発生するので、よほどの金持ちや領主でもない限り、権利は放棄するらしい。

 

 ちなみに俺は、報告すらしていない。

 完全攻略できそうなら、攻略する。お宝だけ頂いて、迷宮のコアに除草剤をぶっかけて店じまいするつもりだ。コアが枯れても迷宮そのものは残るそうなので、生き埋めになる心配はないだろう。

 もし、手に負えないようなら、軽く調査して発見報告と権利放棄を同時に行う。

 面倒はご免なのだ。

 

 燃やした大麻の匂いが微かに残る森を抜け、盗賊のアジトがあった洞窟へと入った。

 大きな観音開きの扉を抜け、大きな石造りのホールに入る。


「……なんで何もないんだ?」


 驚いたことに、盗賊の死体も散乱していたゴミも綺麗さっぱりなくなっていた。

 しかも、壁や床が新品のようにピカピカだった。


「やっぱ、迷宮だったみたいね」


 ぼそっとカーライラが言った。

 

 迷宮は修復と清掃がほぼ自動で行われるらしい。

 その担い手が、スライムと呼ばれる不定形生物だ。

 スライムは壁や床に開いている穴から沸き出てきて、床に転がっている死体や壁に付着した汚れなどを溶かして吸収してしまうのだ。また、溶かせない剣や鎧はダストシュートと呼ばれる秘密の穴に放りこむ。ダストシュートに入りきらないような大物はその場に放置される。

 ただ、人の近くにスライムが出てくることはない。

 

 非常に臆病な生き物のようだ。そもそも、生物かどうかも怪しいが。

 

「んじゃ、行くぞ。準備はいいか?」


 俺は階段を塞いでいる蓋の前で振り返ると、皆が頷いた。

 

 ルルエは愛用の杖を持ち、カーライラはコイルガンを肩に担いでいる。

 クーディンには、以前没収したガントレットとグリーブを渡してある。クーディンの体にぴったり合わせて作られている上に、ガントレットの形が特殊すぎてギルドから買い取り拒否されてしまった。鋼自体は上質だったので、素材として取っておいたのだ。

 イシュは俺が新しく作ったリカーブボウを持っている。

 

 威力や正確性を考えるなら、コンパウンドボウのほうがいい。だが、部品点数が多く重くなり、故障率も跳ね上がる。冒険という雑に扱うのが当たり前の仕事には向かない。そもそもイシュはリカーブボウに慣れているので、大きく形状変更するのは憚られた。

 この弓、リムはカーボン、ハンドルも中空成形したカーボンでかなり軽い。ストリングは超高分子重合体の繊維だ。ぶっちゃけると、21世紀のアーチェリーだ。ただ、スタビライザーやサイトなどは付けていない。イシュが不要だと言ったからだ。

 イシュは当初軽すぎると文句を言っていたが、ほんの数時間で慣れてしまった。今では「この弓に慣れると、後が怖い」と言っている。気持ちは分からんでもない。


 ルルエが羨ましそうにイシュの黒い弓を見ていたが、気づかないふりをした。

 ルルエは空間認識力が弱く、飛び道具の適性がないことが分かったので、杖を発展させた近接武器を作ろうと思っている。

 身体強化を使えるし、少々重くともぶん回せるだろう。

 小柄な女子がヘビー級の両手武器を振り回すとか、胸の冷却ファンが回るな。

 

 階段を塞いでいた丸太の蓋を外すと、闇の中に溶け込むように下っている階段が現れた。


「……ほとんど人が入っていないようだな」


「カビ臭い」


 イシュとクーディンがほぼ同時に口を開いた。

 どうやら、盗賊たちはこの迷宮にはあまり立ち入らなかったようだ。

 

 ヘッドライトを点灯すると、埃の積もった階段がしばらく続き、地下一階の床であろうフラットな床が見えた。

 

 階段の先は、9メートル四方の正方形をした部屋だった。

 背後は地上への階段。他の壁面は中央から通路が伸びて闇に消えている。


「いきなり四つ角か……」


 イシュが鼻を鳴らしながら辺りを見渡す。

 床にはうっすらと埃が積もっており、ネズミすら歩いていないことが分かる。

 俺の頭の上によじ登った身長20センチの錆子がキョロキョロとして、


「3メートルの立方体を基準単位として構成された迷宮みたいね」


 簡単な解析をしたようだ。

 通路の幅は3メートル、高さも3メートル。

 正面の通路は、30メートル先でT字に別れていた。


「なるほど、3メートル単位か」


 カーライラが部屋の中心に簡易ランプを置き、火を付けた。

 小さな薬瓶に芯を差しただけの、アルコールランプのようなものだ。迷宮は風がないので消えることはないだろう。

 灯りというより、目印だ。

 ちなみに、燃料はカーライラ謹製の油だ。

 迷宮に行くということで、カーライラは普段のスマートな体形から、ぽっちゃりさんに変わっている。


「ここを起点にするとして、どう探索する?」


「この階層の完全マップを作ろうと思う。まずは、右手ルールでいく」


 俺の言葉に皆が頷く。

 右手ルールは説明するまでもないようだった。

 右手をずっと壁にくっつけて歩く探索方法だ。

 皆が部屋の右側から続く通路へと進もうとしたところで、手を上げて止める。


「待ってくれ。先に調べる」


 俺は右側の通路に向けて、ワイヤーガンを射出した。

 ワイヤーガンの先頭についている分銅には、重力制御装置とレーダー、音響ソナー、広帯域カメラが内臓されているのだ。

 わざわざ歩くまでもない。

 壁に沿って分銅が90度ずつ、カクカクと曲がっていく。行き止まりに突き当たったら手前の交差点まで巻き戻し、別のルートに向かって飛んで行く。

 ワイヤーの長さは、最大で300メートルもある。かなりの行程をスキャンできる。

 分銅が通った経路は錆子がオートマチックに記録していくので、じっと立っているだけで脳内にマップができあがっていく。

 

「……何してる?」


 クーディンが首を傾げて、棒立ちの俺を見上げてきた。


「地図を作っている」


 俺の言葉に、皆が首を捻る。

 それもそうだよな、と思った俺は皆に今やっていることの説明をしつつ、錆子に今現在できあがっているマップを壁面に投影させた。


「うわあ……便利だと思うんですけど……」


「台無し感があるわね……」


 ルルエとカーライラはちょっと引き気味だった。


「楽ちん」


「これはすごいな。無駄な探索をしなくてすむ。トラップを気にする必要がないのも素晴らしい」


 イシュとクーディンは肯定派だ。

 

 そんな感じでほとんど歩くこともなく、マップが埋まっていった。


「なんだか、棄てられた神殿みたいですね?」


 壁に投影されたマップを見ながら、ルルエがそんなことを言った。

 ある程度調べたところで、この階層はシンメトリーな造りになっていることが分かった。

 迷路というより、巨大な神殿のような形だ。

 扉で閉ざされた部屋はなく、何もないだだっ広い部屋がいくつもあった。

 そして、どこにも動いているものは、いなかったのだ。


「右手ルールで行けない場所があるな」


 マップのほぼ中央に、外側の壁とは接点のない浮島のような領域が残った。

 何かが居そうな雰囲気だ。


 未調査の中央の部屋に向けて歩みを進める。

 前衛は、俺とクーディン。二人の間に、半歩遅れてイシュ。

 ルルエとカーライラは後衛だ。

 

 しばらく真っ直ぐな通路が続いている。

 

「待て」


 イシュの鋭い声で、皆が止まる。

 地面に顔を近づけ、じっと床を見つめるイシュが1メートルほど先の床を指さす。


「あそこのブロックだけ、低い」


 錆子が精密スキャンをすると、イシュが示した石のブロックだけが、5ミリほど低くなっていた。


「ほんとだ。イシュ、すごいわね」


 そのブロックをレーザーでマーキングしながら、錆子が言った。


「スキャンできないか?」


「うーん、X線で見ても、真っ白なのよね、この迷宮」


「音響と赤外で調べてみろ」


「へいほー」


 錆子が音響ソナーと赤外線で精密スキャンをすると、罠があることが分かった。

 イシュが見つけたブロックを踏むと、そのブロックを中心とした3メートル四方の床が抜けるようだった。唯一、スイッチのブロックだけが柱のように残るのだ。

 音響スキャンで、いま俺たちが立っている床の厚みだけが薄く、地下20メートルほどの空洞があることが分かった。


「殺意高すぎだろ……」


「迷宮の罠は致死率が高い。油断するな」


 イシュの言葉に皆が頷いたが、クーディンだけはスイッチのブロックをじっと見ていた。


「……押してみたい」


「やめろ」


 好奇心は猫を殺す、だけじゃすまない。

 パーティ壊滅だ。俺だけなら死なないだろうが、全員を助けるのは無理だ。

 スイッチのブロックは10キロ以上の重さをかけないと作動しないようだったので、カーライラが目印に簡易ランプを置いた。

 

 真っ直ぐの通路を進むと、大きな観音開きの扉が現れた。

 迷宮の入り口にあったのと同じ意匠の鉄の扉だ。

 この階層のマップは、この先の部屋を残すのみだ。


 扉越しに中の様子をスキャンすると、呼吸音が二つ。音の大きさから判断すると、人間よりは大きいが象よりは小さい、それぐらいの生物がいる。


「中に大きいのが二匹。近いほうの一匹を全力で倒す。左右に並んでいたら、右からだ。カーライラは、二匹目に火炎魔法をかまして牽制してくれ」


 俺の言葉に、皆が緊張した顔で頷く。

 鉄の扉を押し開け、俺は部屋の中へと駆け出した。



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