045_questlog.救援

 低い丘の向こうから立ち昇る二筋の煙。

 イシュによれば、駅馬車が盗賊に襲われた狼煙のろしなのだという。クロスボウか弓で火のついた発煙筒を打ち上げるのだ。

 

 約20キロごとにある宿場町には、街道を警護する警備隊が配備されている。

 数は多くははないが、すべてが騎兵であり弓と槍を持った馬上戦闘のエキスパートだ。

 駅馬車事業は王の直轄であり警備隊は王の私兵ということになる。当然、精鋭揃いだ。盗賊風情が敵う相手ではない。

 

 ただ、問題は20キロごとにしかいないということだ。

 襲撃された場所が宿場町どうしの中間地点であれば、10キロの距離がある。

 馬の走る速さと、走れる距離はトレードオフだ。

 時速70キロで走れる馬がいたとしても、5分ほどしかその速度を維持できない。距離でいえば、6キロしか走れないのだ。

 10キロの距離を安定的に走り切るには、馬の速度を落とさなければならない。

 現実的に考えるなら、時速20キロほどの駆歩かけあしで30分が最速だろう。

 巡回している警備隊が近くに居れば御の字だが、そんな幸運に期待などできない。

 

「先に行く。まだ10キロある。馬に無理させなくていいからな」


 俺はそう言って、コンクリートブロックの道路を駆けだす。

 機甲兵はその気になれば、時速70キロで走れるのだ。燃費が悪いので錆子にお小言をいただくのだが、人助けのためなので目をつむってもらおう。

 

 とはいえ、人を助けたいなんて気持ちは3割ぐらいだ。あとは俺の気分と打算だ。まず、盗賊などという害獣は駆除だ。情けはない。ついでに助けた人に対する貸し。立場のある人ならいい人脈になってくれるだろう。期せずして貸しを作ったモクレールにはかなり助けられた。やはり、人脈は大事だ。そして、最後に金。盗賊は金になると分かったのだから、狩らない理由はない。

 

〈金の気分が一番強いように感じるんだけど?〉


 とんでもない、人助けですよ、人助け。ハハッ。

 目の前の低い丘を飛ぶように駆け抜けると、街道から外れた荒れ地に駅馬車が横倒しになっていた。

 客車を引いていた四頭の馬のうち一頭が血だまりに沈んでいる。倒れた馬には何本もクロスボウのボルトが刺さっていた。

 走っている途中に一頭が即死して、バランスが崩れて街道を外れて横転してしまったのだろう。

 

 盗賊の数は八人。全員が馬に乗って軽クロスボウを持っていた。

 倒れた駅馬車を囲むように円陣を組んで走りつつ、馬上からクロスボウを撃っていた。

 駅馬車の手前には、投げ出されて倒れ伏したままピクリとも動かない御者。

 死んだ馬を盾にして盗賊にクロスボウを射掛けている護衛の兵士が一人。その兵士の隣には、顔にボルトが刺さった兵士の死体が一つ。

 ぱっと見ただけで、すでに二人が殺されていた。

 

 うん、やっぱ盗賊なんてのは、情け無用ファイアーで殺処分だな。

 

 手近な盗賊の頭をワイヤーガンで撃ち抜くと、盗賊たちは俺に気づいたようだ。

 俺を挟むように二騎の盗賊が向かってくる。


「どっから現れたんだ、この騎士は!?」


「へへ、馬のない騎士なんざカモだろ」


 左から迫る盗賊には重力式コイルガン、右から迫る盗賊にはワイヤーガンをお見舞いした。

 ほぼ同時に盗賊二人が馬から落ちた。


「なんだ? 魔法か!?」


「騎士じゃないのか!」


「一気に仕留めるぞ!」


 一瞬で三人を失った盗賊たちは驚き、俺を最優先のターゲットとしたようだ。

 五騎の盗賊が俺に向かって殺到してきた。

 

 右から三騎、左から二騎。

 右から迫る盗賊に向けて腕を水平に振りながらワイヤーガンを撃ちだす。

 盗賊たちの首にワイヤーがかかったところで巻きあげると、馬の速度と合わさりスポポンと盗賊の首が順番に落ちた。

 手綱を離した首無しの死体が落馬すると、三頭の馬はそのまま走り抜けていった。


「死ねぃ!」


 後ろから迫った二騎は俺の首めがけて剣を振り下ろす。

 左手を後ろに回して、俺の首に迫る剣先を指先で掴んで引き寄せる。

 そのまま馬から引きずり降ろそうとしたのだが、盗賊の手から剣がすっぽ抜けてしまった。


「っな!?」


 剣を取られてしまった盗賊は、愕然とした顔を俺に向けたまま通り過ぎて行った。

 もう一人の盗賊が放った斬撃は空を切った。単純にミスったようだ。

 馬の上から人の首を狙って剣を振るうのって難しいよね。

 

 通り過ぎた二騎の盗賊は、お互いに首を横に振ってそのまま逃走を図った。


「ありゃ。引き際がいいな」


 俺に背を向けて逃げる盗賊の背に血の花が咲いた。

 ――スパーン。

 着弾してから音が聞こえた。

 カーライラのコイルガンの音だ。かなり魔力を込めたようだ。

 背中から撃ち抜かれた盗賊は、馬の首にぐったりともたれかかった後、斜めにずり落ちた。


 俺の後ろに、いつのまにかイシュたちが来ていた。

 カーライラは馬の背に乗ったまま、コイルガンを構えている。綺麗な構えが、なかなか様になっていた。

 逃げる盗賊との距離は100メートルはあったろうに、一発で仕留めた。高倍率スコープなど付けていない。簡単なアイアンサイトがついているだけだ。ついさっき使い始めたばかりとは思えないセンスを持っている。

 そのままコイルガンを肩から降ろさないので、もう一人も仕留める気なのだろう。


「カーライラ、待て。あれは殺すな」


 無線通信機越しの少しこもった声が聞こえた。


『え? なんで?』


『住処まで案内させるんだろ』


 イシュは俺の狙いを理解しているようだ。

 

 俺は逃げる盗賊の馬の尻に、重力式のコイルガンの狙いを定める。

 弾種を鉛の弾から変更する。

 パスっと軽い音を鳴らして黒い塊が打ち出された。

 黒い塊は馬の尻に当たり、潰れて張り付いた。

 電波式の追跡ビーコンだ。

 

「よし、錆子、後は頼んだ」


 首の根元に開いている深呼吸用の穴から、軟体動物のようにぬるりと錆子が出てくる。


「りょうかーい」


 ポンと空気を入れたように膨らんで、ツインテールの髪をぶん回して飛んで行った。

 あの錆子は、体重5グラムのただのインターフェイスではない。

 分体として作り上げた高機能型の物理身体だ。

 センサーも通信機能も充実しているので、こういう仕事に向いている。ちなみに、燃料はエタノールだ。満タンに積まなければツインテールローターで飛べるのだ。

 

「さて、とりあえずは倒れてる馬車を起こすかね」


 警備隊が来るまで、救助活動といこう。


    ○


 翌日の早朝、俺たちは盗賊のアジトと思しき場所へと向かっていた。

 錆子の追跡の成果だ。

 盗賊のアジトは、宿場町から5キロほど離れた森の中だった。

 

「しかし、いきなり射掛けられるとはな」


 イシュが苦笑いをしながら言った。

 昨日の話だ。

 警備隊は盗賊を撃退して20分ぐらい経ってからやってきたのだ。


 そして、俺のユニークスキルが発動した。

 十騎が一塊となった警備隊は、俺を視認するなりいきなり矢を放ったのだ。

 しかも、そのすべてが命中コース。

 さすがの練度だと思ったが、勘弁してほしいとも思った。

 装甲の薄いところに当たりそうな矢は、すべて手で払った。クロスボウより初速の遅い弓だし、距離もあったので反重力シールドを使うまでもなかった。

 

 説得が面倒臭いなと思っていたが、助けた乗客にユグリア教会の神殿騎士がいた。

 少女と言ってもいいぐらいの若い女性騎士で、数年の見習い期間が終わり王都の神殿で叙任を受けるために駅馬車に乗っていたのだ。王都ではそこそこ有名な宮殿貴族の三女らしく、警備隊の隊長が家名を聞いて青い顔をしていた。

 彼女が俺の領都での活躍を盛りに盛った内容で語ってくれたおかげで、警備隊からは過剰なまでの謝罪を受けてしまった。

 

 とまあ、そんな訳でいい感じに助けた乗客に恩を売れたし、やっつけた盗賊の報奨金ももらえたので助けたかいがあるというものだ。

 

 盗賊のアジトがある森は起伏が少なく、馬で進むのに苦労はなかった。

 しばらく進んだところで馬を降りる。さほど深くはない場所だ。

 錆子の追跡記録によれば、この先に盗賊のアジトがある。馬の尻にくっつけた追跡ビーコンもこの先で止まっていた。


「よし。イシュを先頭に警戒しながら進むぞ」


 1キロも進まないうちに、丘のような地面の盛り上がりがあった。

 丘のふもとには簡単な厩舎が建てられており、馬の数は十頭ほど。その中の一頭に、追跡ビーコンがくっついていた。厩舎の柱は森の木がそのまま使われており、屋根には木の枝がいくつも乗せられていた。遠くからは建造物のようには見えない。

 そして、緩い斜面の中腹にぽっかりと開いた洞窟。

 洞窟の入り口には、いかにもな薄汚い皮鎧を着た盗賊らしき男が二人。

 俺とイシュでさくっとサイレントキルして洞窟の中へと入る。

 

 薄暗い洞窟が、緩やかな下り坂で続いていた。

 どうやら天然の洞窟のようだ。鉱山特有の木材による補強やら、鉱石を運び出すような器具がまったくない。

 所々にランタンが置かれ、完全な闇に落ちることはなかった。

 

 しばらく進むと、傾斜がなくなり平坦な道になって床や壁の材質が変わってきた。

 見るからに人工物の様相を呈してきたのだ。


「……洞窟の先に人工物? 変じゃないか」


 俺の言葉にルルエが頷く。


「はい。もしかしたら、遺跡かも」


 ルルエによれば、まれに埋もれた遺跡が見つかるのだという。

 どの年代の遺跡なのか、なぜ埋もれてしまったのかは不明らしい。

 そもそも、学問として考古学が盛んではないそうだ。金持ちが道楽でやっている程度のようだ。


 すぐに床と壁、天井が完全に人工物に変わった。

 大理石のようなきめの細かい表面をした石で組まれた床と壁。天井は緩やかなカーブを描くアーチ。しかも、石同士はぴっちりと組まれており、隙間に紙一枚通りそうもない。板に線を引いたんじゃないのかと思うほどの正確さだ。


 すぐに大きな観音開きの扉に突き当たった。

 事前のスキャンによれば、部屋の中には十人ほどが居るであろうと予想されていた。こちらに気づいた様子もなく、全員の活動レベルが低かった。

 ゆっくりと戸を開き中に潜りこむと、大きなエントランスホールのような部屋があらわれる。

 部屋の中は妙な匂いが充満していた。ぶっちゃけ、臭い。

 カーライラがぼやいた。


「くっさ……」

 

 部屋の中には、口癖が「ヒャッハー」な人たちがたむろっていた。


「あん? なんだ? もう飯か」


 入り口近くの毛皮の上に寝転がっていたヒャッハーが胡乱な目を向けてきた。


〈カンナビノイドを検出……大麻に似た麻薬かな〉


 なるほど、妙な匂いはそのせいか。

 ざっと室内をスキャンしたところ、ヒャッハーが九人。床にうずくまり体を丸めて震えている女性が二人。女性は低体温症に陥りかけていた。そして、服を着ていない。

 心中に怒りと呆れが混じった感情が溢れる。

 

「Gとこいつらは、再現なく沸くんだな……」


 俺の溜め息交じりの言葉に、イシュも頷く。


「駆除するしかない」


 さらっと入ってきた俺たちに、誰も注意を向けてこない。全員が、床の上に敷いた毛皮の上でだらりとしていた。

 ルルエとカーライラには女性の保護を頼み、俺は歩みを進める。

 こんなゴミ共の血をぶちまけるのすら嫌になったので、一人ずつ首の骨をへし折っていった。


 八人ほど首をへし折ったところで、一番奥にいた大男が身を起こした。

 俺の姿を見て、ハッとして傍らにあった大剣を手に立ち上がり後退った。


「なんだりゃあ、おどりゃあ、どっきゃらきちゃあ」


 半分ラリっていた。生まれ故郷の方言に近いしゃべりに思わず笑いが出た。


「死にゃあ!」


 大男が大剣を振り上げ、打ち下ろす。

 左手で剣身の根元を掴み、動きを止める。


「ふぁ?」


 大剣は全長が160センチほどで、柄がやたら長い。剣身の根元には刃がついていなかった。

 クレイモアと呼ばれる両手剣の一種だろう。

 過剰な装飾はないが、しっかりとした造りの良い剣だった。


「よし、没収」


 ガードを握り込み、大男の鳩尾を蹴り飛ばす。

 胸骨を粉砕された大男は後ろにすっ飛んでいき、雑多に積まれていたゴミの山に突っ込んで動かなくなった。


 没収した剣を掲げ見る。

 少々刃こぼれしているが、剣先を体内工場に突っ込んで研ぎ直せばいいだろう。ついでに組成も調べて、柔らかいようなら浸炭処理をしてもいい。

 切っ先から70センチほどしか処理できないが、いたしかたない。


「テツオさん、これからどうします?」


 ルルエが保護した女性の背をさすりながら聞いてきた。

 女性は毛布にくるまれ、安心したような顔でルルエに頭を預けていた。


「そうだな。ちょっとこの辺を調べて、宿場町に戻ろう。その人たちも預けないとな」


 俺の言葉にルルエは頷いた。


「ねえ、ここって、もしかして、迷宮ダンジョンじゃない?」


 カーライラが壁に顔を寄せてそんなことを言った。


「確かにな。クソ共のたまり場にしては、綺麗すぎる」


 そう言いながら、イシュは鼻をスンスンやりながら、歩き回っている。

 壁の窪みに鼻を寄せて、「へぶし!」とくしゃみをした。


〈さっきの大男を吹っ飛ばした先ってどうなってる?〉


 錆子の言葉を受けてゴミの山を蹴散らし、大男の死体を放り出すと下り階段が見えた。

 階段は途中で丸太を組んだ蓋のようなもので塞がれていたが、明らかにその先があるように見える。


「……迷宮か」



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