044_questlog.街道

 その日は朝からとてもいい天気だった。旅立ちの日としては申し分ない。

 ルルエによれば、日付は6月の20日らしい。

 これからどんどん暑くなり、8月は30度近くまで気温が上がるそうだ。とはいえ、湿度は低く、日陰に入れば涼しいらしい。

 

 北海道みたいなものだろうか。いや、北海道行ったことないけども。

 北海道といえば、会社の同僚に北海道人がいたなあ。

 どうやら北海道人は、自分たちが標準語をしゃべっていると思い込んでいるらしい。「このゴミなげといて」と言われたときは真顔で聞き返したものだ。意味は「捨てといて」らしい。そんな標準語、知らんがな。

 

 旧市街の城門の手前で、モクレールをはじめとした神殿騎士団の皆さんからお見送りを受けてしまった。


「いつでも戻ってきていいからな」


 モクレールはそんなことを言った。

 本来なら領主が死ぬまで有効なお達しらしいが、どうせすぐ忘れるという。

 半年ぐらい経った頃に、さりげなく黒騎士に仕事を頼むから追放命令解除してくれと言えばすんなり通ると言い切った。

 所詮は領主の気分でしかなく、周りの役人たちも実情を把握しているので反対することはないそうだ。

 適当だな、おい。

 

 モクレールたちに別れを告げ、領都ディゾラを後にした。

 目指すは、フランド王国の首都、王都ピール。

 まずは、王都で再生者と接触する。それが第一目標だ。

 

 モクレールが集めた資料によれば、再生者は冒険者をやっている。

 名前はユリアン。エルフの男性で、大剣を軽々と振るう剛の者だ。

 数年ほど前に王都に現れ、派手に依頼をこなし続け、あっという間に金級まで駆け上った男だ。

 盗賊の噂話程度だが、遺物アーティファクトを財力にものを言わせて買いあさっている。

 真面目に魔王討伐を考えているのかもしれない。

 とはいえ、余談は禁物だ。ハーレム目指して奮闘しているかもしれないし、魔王とかそっちのけで冒険を楽しんでいるかもしれない。

 再生者は十年でこの世界から消えるということを知らない可能性もある。

 ま、どっちにしても、会って話をしないことには始まらない。


 俺たちのパーティは現在5人。

 狩人のイシュ、プリーストのルルエ、火炎系魔法使いのカーライラ。

 そして、昨日スカウトしたクーディン。教会の任務中ではあるが俺の協力者だ。飯と宿と週一のレポート。それだけで雇えたと考えれば破格だろう。

 ちなみに、クーディンは銅級冒険者らしい。

 仕事がら、魔力通信を使った情報のやりとりを頻繁にするからだそうだ。

 

 魔力通信は冒険者ギルドでしかできないらしく、1分で銀貨1枚だそうだ。クソたけえ。

 いわゆる電話である魔力通信とは別に、電報のような短文を送ることもできるらしく、こちらは一文字銅貨一枚。決して安くはないが、相手がその場にいなくとも情報を伝えられる利点がある。

 いずれにしても、通信を握ると強いなと思った。

 

 俺以外のメンバーは、以前盗賊からかっぱらった馬に乗っている。

 ちょうど4頭を奪っていたので、一人一頭を割り当てることができた。

 領都に居る間は、神殿騎士団に預かってもらっていたので、健康状態も良い。

 どの馬も筋肉質で従順な良い馬だ。体重は400キロほどだが、各人の体重に応じて重い馬に乗せている。馬のペースを合わせるためだ。


 一番重い馬に乗っているのはクーディンだ。

 身長は160センチほどだが、体重は驚きの85キロもある。

 高レベルの身体強化を使うせいだ。

 錆子によれば、身体強化とは筋肉を強くするものではないらしい。

 そもそも、圧倒的な膂力を発生する筋肉は既に持っているのだ。

 普段はその筋肉の使用率を100で止めている。レベル5というのは、500まで出力が出せるようにリミッターを外すことだ。

 だが、筋肉だけが強くてもそれ以外の弱いところが壊れてしまう。

 身体強化スキルとは、強靭で高密度の筋肉と、それを支える靭性と硬度を高いレベルで維持した骨格と関節からなるシステムそのものなのだ。

 故に、レベル5の身体強化を行使するクーディンはやたら重い。

 ただ、体形はムッチリしているが、おデブちゃんからは程遠い。むしろ引き締まった美しい体形と言ってもいい。それぐらい、重い筋肉と骨格ということだ。


 面白いことに、ルルエとイシュとカーライラの体重はほぼ同じだ。

 カーライラは女性にしては背が高く170センチもある。骨格は細目だが筋肉もしっかりついているので軽くはない。

 イシュはカーライラより背が低く、細マッチョといった感じだ。獣人の特性なのだろうか、見た目よりも重い。デフォルトで高密度筋肉なのかもしれない。

 そしてルルエだが、身長は150センチしかない。身体強化持ちは仕方ないのだと自己暗示をかけ続けているが……これ以上言うと、ルルエの体重がばれてしまいそうなので口を噤もう。

 というか、うちの女性陣、全体的に筋肉多くないすかね。

 

 馬4頭と徒歩一人がのんびりとコンクリートブロックを敷き詰めた街道を行く。

 灰白色の真っ直ぐな道が、緩やかなアップダウンを見せる緑一色の平原を地平線まで貫いていた。


 背後から笛の音が聞こえてきた。

 駅馬車だ。

 俺たちは常歩なみあしでカポカポ歩いているだけだが、駅馬車は速歩はやあしで迫ってきている。

 駅馬車の進路を邪魔しないように、街道の左側に寄る。

 この世界、右側通行なのだ。

 

 俺たちの横を駅馬車が追い抜いていく。

 4頭の馬に引かれたマイクロバスみたいな客車が通り過ぎる。屋根の上には客の荷物が山ほど乗っていた。

 客車の足回りを見て、茶を噴きそうになった。

 ストラットサスペンションで4輪独立懸架された馬車。しかも、ゴムタイヤ。

 これ、笑うところかな……。

 判断に迷うが、間違いなく再生者の仕業だろう。

 蹄鉄の硬質な音と、ゴムタイヤのジャリジャリという音を残して、駅馬車は去って行った。乗り心地はよさそうだった。


 領都から王都までは、駅馬車が運行されている。

 王都までの旅程は約300キロメートル。

 駅馬車なら、途中二泊で王都につく。大ざっぱに言えば、一日で100キロを進む。地球にもあった駅馬車と同程度だ。

 駅馬車の馬を交換する駅とも言うべき宿場町は、ほぼ20キロごとにある。

 

 早く着くだけなら、駅馬車のほうが早い。ただ、そんなに急ぐ旅でもない。

 せっかくの馬4頭を手放すのももったいないし、自由にできる機動力を失うのは惜しいとも思う。買うと高いしな。

 たいがいの街なら日借りできる厩舎はあるので、しばらく馬は維持するつもりだ。

 理想を言えば俺を乗せて走れる馬の確保だが、半ば諦めている。


 しばらく街道を進んだ俺たちは、馬を休めるために小休止をした。

 街道には等間隔でちょっとしたPAパーキングエリアみたいな開けた場所がある。

 そこには井戸があったり、小川が隣接していたり、壁のない四阿屋あずまやのようなものが建っていたりする。

 そこそこ綺麗で常に人の手が入っていることが分かる。

 聞けば、主要街道の整備と保守は王の独占事業らしい。

 駅馬車や宿波町での売り上げや税は、すべてが王の収入となるのだ。

 宿場町で宿に泊まると「街道使用税」なるものが上乗せされるらしい。関所がない理由が分かった。実に合理的だと思う。

 

 俺は休憩の時間を利用して、新しい武器の組み立てを始める。

 誰の武器かと言うと、カーライラの武器だ。


 彼女の魔法は火炎系だ。刺さる奴にはかなり強烈な効果を生むが、いかんせん火だ。常に「延焼」の危険性がはらむ。ぶっちゃけ、室内と森では使用禁止だ。

 重力投射器官を持っているので、ナイフを飛ばすことはできるが豆鉄砲クラスだ。電力効率の悪い重力制御でもあるので、非常にもったいない。

 カーライラは瞬間的な発魔力も、放出力も高い。さらに、魔力を体内に留める能力も高い。現代風に言うなら、小型ガスタービン発電機と、でかいコンデンサーを体内に持っているのだ。

 ちなみに、ルルエは発魔力が高いものの、放出力が低い。瞬間的な大電力を得られないのだ。


 カーライラの能力を生かしつつ、火炎系の魔法が使えないケースに対応すべく、俺は新たな武器を考案したのだ。

 それは――電磁コイルガンだ。

 本当は超電磁砲レールガンがよかったのだが、錆子の猛烈な反対にあって断念した。

 曰く、とことん費用対効果が悪いらしい。精度が要求される上に複雑な形状の弾丸。銃身の寿命が短い。低効率。理論上は投入電力に応じてどこまでも加速できるはずなのだが、様々な要因で頭打ちとなってしまうそうだ。

 個人携帯の武器としては、狂気の沙汰だとまで言われてしまっては諦めざるを得ない。


〈12.7ミリ弾と対物ライフルじゃダメなわけ? 弾丸は大量生産ができないけど、カーライラ個人が使う量ぐらいならアンタの腹の中で作る分で間に合うでしょ〉

 

 ぐうの音もでなかったが、そこは俺のロマンで押し通した。

 せっかく大電力を発生できるんだから、使わないともったいないだろ!

 

 というわけで、コイルガンの製造である。

 まずは首を外す。

 首の根元から、体内工場で作った部品が出てくるので引きずり出す。

 俺のお腹の中の工場は、ぶっちゃけ何でも作れる。材料さえあれば、ティッシュペーパーから核弾頭まで、なんでもござれだ。

 問題は、首の穴より大きい物、胴体より長い物が作れない。大きく、分厚く、重く、大雑把すぎる鉄塊のような剣など作れないのだ。非常に残念である。

 

 なので、コイルガンの核であるコイルを巻きまくったバレルと、ストックは別々に生産して組み立てだ。

 組み立てと言っても、面倒でサイズの制約が大きい電源系統の一切がカーライラ持ちなので、すごくシンプルな造りだ。電流制御やコイルのスイッチング系統は電子回路もろとも、バレルと一体成型してある。設計はもちろん錆子に丸投げした。

 バレルはどうしても銅線を巻きまくる関係で重くなるので、ストックやマガジンはCFRP炭素繊維強化プラスチックで作った。アルコールさえあれば、プラスチック系も余裕で合成できる。

 弾丸はバリウムフェライトで作った磁石弾。バリウムは領都の裏山で普通に掘れた。弾頭には斜めに溝を掘ってあるので、ライフルスラグ弾でもある。


 俺は出来上がった真新しい武器を高々と掲げた。


「コイルガン~!」


 馬の世話をしていたイシュたちが振り向く。

 そして、ドン引きしていた。


「テツオ……お前、頭が外れてるぞ」


 俺はサッと頭を戻す。


「大丈夫だ。問題ない」


 仲間たちのジト目が痛い。


「さあ、カーライラ、これを使ってみたまへ」


「え……何これ……? ちょっと重いんだけど」


 カーライラはキョトンだ。

 それもそうだ。見たこともない棒切れを渡されても困るわな。

 俺はカーライラにコイルガンの説明をして、構え方を教えた。

 見た目はトリガーもセーフティもロッキング機構すらないボルトアクションライフルだ。

 電磁バレルはストックの後ろまで伸びており、マガジンはストック後部の下から入れるようになっている。単発式のライフルっぽいが、構造としてはブルバップ式だ。

 

 ストックをしっかり肩に当て、隙間がないように真っ直ぐ構えさせる。

 右手はストック根元のグリップ。左手はグリップからずっと先にあるフォアハンド。

 狙いは10メートルほど先に立っている木だ。


「よし、右手から左手に魔力をドバっと流してみろ」


 この銃はカーライラが魔力を供給しない限り弾は出ないので、セーフティもトリガーも必要ないのだ。

 右手がプラス電極、左手がマイナス電極と思えばいい。

 

「え、うん……」


 首を傾げながらも、カーライラがふっと息を止めて体を強張らせた。

 

 ――スパーン!

 

 強烈な反動と音に驚いたのだろう。

 カーライラが後ろにのけぞって倒れそうになったので、慌てて抱きとめる。

 そのまま抱き上げてしまったので、お姫様抱っこになってしまった。


「大丈夫か? どこか痛いところはないか?」


 目をパチパチしながらカーライラが頷く。


「……びっくりしただけ」


〈いきなり音速超えたわね。運動エネルギーは約3000ジュール。軽く人を殺せるわ〉


 さっきの音は弾丸が音速を超えたときの衝撃波か。

 3000ジュールとか普通のアサルトライフル超えてんな。もうちょいいけばスナイパーライフル級だ。


「カーライラ、さっきどれぐらい魔力込めた? 全力か?」


「ううん。ちょっと頑張った程度」


「同じことを何回ぐらいできる?」


「んー、間隔によるけど、連続なら30回ぐらいかなあ。でも、その後クタクタになるけど」


 鍛えていない普通の男が腕立てするぐらいか。

 カーライラに聞いてみたところ、疲れの感覚としては筋肉の疲労に近いそうだ。

 魔力の放出にはATPを消費するらしい。言ってしまえば、電気ナマズと同じだ。筋肉を動かすかわりに、体内の発電機を動かすのだと錆子が言っていた。

 少しの魔力放出を長い時間続けると、エネルギー源がグルコースから脂肪酸に切り替わり、有酸素発電に切り替わる。このへんも、筋肉運動と同じだ。

 鍛え方も筋トレと同じらしく、瞬間的な魔力放出の増大をはかるなら、なるべく一気に多く出す訓練を行う。持続的な魔力放出を鍛えるには、延々と魔力を出し続ける訓練を行うのだ。


「さっきの感覚を覚えておいてくれ。あれぐらいの威力があれば、鎧を着た騎士ですら撃ち抜ける」


「へー、意外とすごいんだね」


 カーライラの発電能力を考えると、もっと大口径でロングバレルな対ドラゴンコイルガンとかいけそうな気がしてきた。

 胸の冷却ファンが回りそうだな。


〈いや、重くて持てないからね?〉


「えっと……そろそろ降ろしてくんない?」


 カーライラが顔を赤くしながらもそんなことを言った。


「おっと、すまん」


 ナチュラルにセクハラをかましてしまった。

 ドキドキする心臓がないせいで、女性に触れる抵抗感がなくて危ない。

 気を付けないとなあ。


 その後は馬の回復を待ちつつ、カーライラの射撃訓練やコイルガンの調整をした。

 イシュとクーディンは見たことのない射撃武器に興味津々だった。

 ルルエからは「私も何か武器が欲しいです」と言われてしまった。

 鉄の両手メイスじゃダメなのかと聞いたら、ぷりぷりされた。

 解せぬ。


 再び街道を進み始めると、途中で何度か駅馬車とすれ違い、追い抜かれてもいった。

 意外に駅馬車の運行本数は多いようだ。

 

 そうして、日が西の空に傾き、空がオレンジ色に染まり始めた。

 既に20キロごとにある宿場町を二つ抜けて、次の宿場町まで10キロほどのところまで来ていた。

 今日は次の宿場町で泊まろうと話しながら歩みを進めていると、目の前の空に煙が二筋垂直に伸びていった。

 緩い坂の向こうから打ち上げられた煙幕のようだった。


「む……前の馬車が盗賊に襲撃されたようだな」


 イシュが垂直に伸びる煙を見てそう言った。

 今の場所からは道の先は見渡せないが、あの煙は救援要請なのだ。


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