043_questlog.秘密

 俺の話を聞き終えた仲間たちは、しばらく身じろぎもせずじっとしていた。

 

 さすがにこの世界の住人に、VRだの仮想空間だのと言ったところで混乱させるだけだろうから、「夢の世界を行き来できる遺物」として語った。

 他のことは質問が出たら答えるつもりで、ありのままを話した。皆いい大人なので、ある程度はこの世界の似たようなもので補えるだろうと思ったからだ。

 

 身長20センチの妖精さんは、俺の肩に座ったまま口をつぐんでいる。

 ズビビっとルルエの鼻をすする音で、皆が動きはじめた。

 最初に口を開いたのはイシュだった。

 ワインを一息にあおり、空になったグラスをテーブルにコンと置いた。


「……よく話してくれた。俺たちを信用してくれていると分かり、うれしく思う」


 なんというか、大人な感想をもらってしまった。

 イシュなりの照れ隠しだと思いたい。イシュは俺と二人きりのときは気安さが溢れており、もっとくだけた口調になるからだ。

 イシュはスンと鼻を鳴らして、俺を見つめた。


「気休めを言う気はない。乗り越えてくれ。お前は、パーティのリーダーだ。力になれることならなんでも協力する。だから、一人で抱え込むな」


 俺は頷きを返すことしかできなかった。


「ああ……」


 ルルエはズビズビと鼻をすすりながら、涙をだだ漏らしながら言った。


「テツオさんは、妹さんを殺してなんかいません。救っただけです。慈悲を垂れたんです。そういう人はいっぱい見てきました。辛く苦しいことも分かります。でも、残された人のことを考えて欲しい。痛みを抱えて生きていかないといけないんです。私は、妹さんに怒ってます。酷いことをしてます。だから、テツオさんは、悪くないんです……」


 そう言ってまた鼻をすすった。


 俺も頭では理解している。

 俺は自殺を手伝っただけだ。

 だが、俺の手には今でも感触が残っている。点滴のレバーを下ろしたあの感触が。だから、割り切ることができない。

 俺の手で殺してしまったという後悔にも似た記憶。たとえ、生身の体ではない機甲兵の鋼鉄の手だとしても、記憶にこびりついた感触は消えることはない。


「私は、ちょっと分かるかな……妹の気持ち」


 カーライラはアイスブルーの瞳からこぼれる涙をハンカチで拭いながら言った。


「テツオに傷を残したかったんでしょ。生きた証を刻みたかったのよ」


 ルルエが唇を尖らせて反論した。


「分かりますよ。分かりますけど……甘えがひどすぎます」


「だから、甘えたんでしょ。最後のわがまま。死ぬことで何か残せるなら、残したいって思うでしょ? 大好きなお兄ちゃんに忘れて欲しくなかったのよ」


 カーライラの言うことはよく分かる。俺もその結論には到っていたから。

 消えぬ傷になると分かっていた。だからこそ、その傷を残したかったのだろう。

 人の死とは忘れられることだ、と言ったのは誰だったか。そんなことを思ってしまった。


「……羨ましい」


 クーディンがボソッと、


「お前の妹は愛されてた。妹もお前を愛してた。そんなの、ずるい。私も欲しい、それ」


 と言って、どこか不満気な顔で、エールをあおった。


「努力が足らん。欲しい物があるのなら努力しろ。奪われたくないのなら、馬鹿を治せ。生きているうちにな。馬鹿は死んだら治せないぞ」


 イシュがさらっと酷いことを言ったが、正論でもあるし厳しいアドバイスでもあった。


「……うるさい」

 

 犬と猫が睨み合っていた。

 そんな二人を見て、カーライラがケタケタと笑っていた。顔がほんのりと赤く、いい感じに酔っているようだった。


「カーライラって、酒が強いのか弱いのか、よく分からんな」


 俺の率直な感想に、カーライラは首を傾げる。


「んー、脇腹に力をこめると、酔いが覚めるのよね。でも、あんまりやらないかな。なんか、もったいないじゃん?」


 と言って、右手で肋骨の下辺りを触った。

 まさか、自力で肝機能調整できるとか。


「魔法器官すごい……」


「人間製油所やってるぐらいだから、内臓系のコントロールまでできるのかもね。ちょっと興味あるかも」


 錆子がそう言って、カーライラのお腹をじっと見つめた。カーライラは錆子の視線を受けて、不安そうに身を縮めた。

 こいつ、X線で盗撮するような変態さんだからな。気をつけないと、カーライラを解剖しかねない。


「お触り禁止だからな」


「ちぇ……」


「そういえば、カーライラ。この際だ、秘密を明かしてもいいんじゃないか?」


 イシュがそう言って、カーライラの目を見ていた。


「秘密って何よ?」


「魔族の子供を安心させた理由だ。何をやった?」


 ハッとしてカーライラが目を逸らした。

 俺には心当たりがない……と思ったら、錆子からその時の映像が視界に送られてきた。

 錆子分体が撮影していた映像ログだ。

 その映像の中で、カーライラが魔族の子供の前で何かやっていた。


「魔族の子供に何か見せたのか?」


「……知りたい?」


 カーライラが俺を見てそんなことを言った。

 イシュが俺をチラッと見た。

 その視線は、「肯定しろ」と訴えている。

 なるほど、秘密の共有か。仲間意識を持つにはこの上ない材料だ。イシュはそれを分かっていて、この場でそれを聞いたのだろう。俺の最大の秘密を暴露した直後だものな。いい機会だ。


「そうだな。教えてくれるとうれしい」


「そっかー、じゃあ教えてあげる」


 何故かカーライラは嬉しそうに、下まぶたを指で引き下げた。

 あかんべーをされた。


「うん……? 誰が教えるか、バーカってこと?」


「違うから! よく見てよ」


 カーライラの下まぶたの裏がよく見える。

 鉄分は足りているようだ。別に白くはない。紫色・・の血管が良く見える。


「紫色だな……」


「え!? カーラちゃん、貧血? 栄養足りてないの?」


 ルルエが妙なとこで食いついた。

 というか、貧血だったら真っ白だわ。

 心配するなら、酸欠のほうだろう。


「チアノーゼってわけじゃないんだろうな」


 カーライラの顔色はとてもいい。むしろちょっと赤い。

 お肌は艶々で瑞々しい。しかもちょっとメイクしているのか、とても綺麗に見える。


「何故だか知らないけど、魔族の血を引いてると、ここが紫色になるんだって」


 しれっとカミングアウトされた。


「「え!?」」


 ルルエとイシュは驚いていた。

 クーディンは魚料理にメロメロになっている。


「……テツオは驚かないんだね」


「まあな。そういう予想はしていた。スペクトルが黒に近かったからな。魔族の子もほぼ黒だったし」


「スペクトルって何?」


 カーライラの問いはもっともなものだ。ついでなので俺は皆に教えることにした。

 俺の目は人の人種的な特性を見ることができ、それを色として感じることができるのだと皆に説明をした。

 ついでに、只人は青、エルフは緑、獣人は赤。魔族は黒に見えるとも教えた。


「じゃあ、私って暗い青ってこと?」


「その通りだ。少し紫に寄ってるから、先祖に獣人がいたかもな」


「そんなことまで分かるんだ……すごい。私の父方の祖父が魔族だったの。母親の祖母が猫人と只人のハーフだったって言ってたから、当たってるね」


 カーライラの言葉に、俺はちょっと引っかかった。

 今まで自分で言ってて気にしていなかったが……。


「猫人とハーフって、言った……? え、アリなの?」


 俺以外の4人は首を傾げている。

 もしかして、常識なのか。


「そうですよ。人に分類される種族は混血可能ですよ?」


 猫人とのハーフって、どんな見た目になるんだ。

 人間の耳の位置に猫耳とか。それとも、猫耳だけど尻尾ないとか。

 なかなか興味深いことになりそうだ。


「形質はどちらかの親に寄ってしまうがな」


 イシュがそう言った。

 どうやら、半端なケモ耳にはならないようだった。ちょっと残念な気がした。


「マジか……ちなみに、人に分類されるって、どういう種族なの?」


 ルルエが指折り数える。


「えっと、只人とエルフ、獣人に魔族に……ドワーフですね」


「ドワーフいるんだ。見たことないんだけど」


「彼らは、只人と暮らすには好む環境が違いすぎてな。だいたいは山の中腹に穴を掘って暮らしている」


 イシュがそんな補足をしてくれた。

 ちょっとドワーフに会ってみたくなった。腕のいい鍛冶屋とかいそう。

 普段使いする武器が欲しいなと思ってんだよね。


〈え? 必要? ワイヤーガンで撃ち抜くか切るかで事足りてるじゃない。無駄な重量増やすのやめてほしいんだけど〉


 錆子がロマンの欠片もないことを言った。

 こいつは男子心を分かっていない。


「それじゃ、次はイシュの秘密を聞いてみようかな?」


 カーライラがニヤリと笑った。


「俺の秘密か……」


 そう言ってしばらく考え込んだイシュだが、


「特にないな」


「……ないんかい」


「ツマンナイです」


「面白味のない男ね」


「しょせんは犬っころ」


 ボロカスだった。

 プライドをいたく傷つけられたイシュは、尻尾を一振りして歯を食いしばった。


「ぐぬ…………ん、そうだな。骨を埋めた」


「へ?」


 皆がキョトンとした。

 まさか、殺した人の骨を埋めたとか怖い話じゃないだろうな。


「それって、何の骨?」


 イシュはキリっとした顔で、


「鹿の骨だ。あとでかじろうと思って、秘密の場所に埋めた。子供の頃の秘密だ」


 と、ドヤ顔で言った。

 しばらくして、皆が爆笑した。

 骨て……犬か。犬だったな。

 せっかく秘密をひねり出して言ったのに爆笑されたイシュは、たいそうご立腹だった。


「もうお前たちに、秘密は言わん!」


 その言葉で皆はますます笑った。

 

 それからは話があちこちに脱線し、酒も進んだ後はもはや何の話をしているのかも定かでなくなり、いい感じにグダグダになった。

 妹のことを話して沈みがちだった俺の気分は、かなり上向いた。

 かつてゲームの中でクランの連中とバカをやっていた頃の記憶が蘇る。

 やはり仲間はいいものだ。

 

 ちなみに、酒がまわって俺にウザ絡みしはじめたルルエが潰れてしまい、その場はお開きになった。

 潰れたルルエは俺が背負って帰ることになったが、その様を見たカーライラが「その手があったか」と唇を尖らせていた。軽く意味が分からない。

 結局、宿に戻れたたのは深夜を過ぎたころだった。


    ○


 深夜の旧市街を、全身黒ずくめの装束をまとった男が、陰から陰へと身を躍らせていた。

 2メートルほどの石の塀を駆け上がるように飛び越え、音もなく芝生の生えた地面へと降り立つ。

 つい先日まで、ユグリア教会の神殿騎士団に囲まれていた孤児院は静かなものだった。一通りの調査と関係者への尋問が終わったからだ。

 

 黒ずくめの男は、さっと辺りを見渡し、誰もいないことを確認して歩き始める。


 傍らには砕け散った木製の扉。木製とはいえ、分厚い板を組み合わせて作られた扉が粉砕されていることに違和感がある。

 その先には、歪にひしゃげた鉄の格子戸が転がされていた。

 二枚の格子戸は中央で鎖につながれており、鎖には大きな南京錠がかかったままだった。

 信じられないことに、鉄の格子戸が取り付けてあった蝶番ごと引き抜かれていたのだ。

 格子戸を合わせる部分の鉄棒はぐにゃりと歪んでおり、そこに過大な力がかけられたことが見て取れた。

 

 男は足を止め、投げ捨てられた鉄の格子戸を見て眉間に皺を寄せる。


「……身体強化? いや、それだけでは説明がつかんな」


 誰にも聞こえない極小音でそう呟いた男は、開け放たれた地下下水道への階段を下りていった。

 灯りの一切がない深夜の地下下水道は真の闇となる。にもかかわらず、まるで見えているかのごとく水路の脇の歩道を歩いていく。

 複数の水路が交差した場所で足を止め、スンと鼻を鳴らしてその場に身を屈めた。


「自害用の毒を使ったのか……」


 男は被っていたフードを下ろす。

 闇に溶け込む漆黒の髪とピンと三角に尖った耳。イシュと同じく鼻の頭がかすかに黒い犬人の顔が現れた。


「死んだのは6人か……3人は頭を砕かれているな。相手は一人のようだが……いったい何と戦ったんだ」


 ある地点を中心に円形に広がった血の痕跡をたどりながら、男は顔をしかめた。

 

 闇の向こうから、「チッチッ」と微かな音が響く。

 男はその音に返答するように、同じく「チッチッ」と口を鳴らす。

 

 闇から湧き出るように一人の小柄な犬人が現れる。

 その犬人は茶色と黒が縞模様に混ざった髪をしていた。


「二人やられていた。匂いからして、一人は焼き殺されて、もう一人は撲殺だな」


「……全滅か」


「中尉の痕跡は?」


「少尉は自害したようだが、中尉の血の匂いだけがない」


「最悪だな……」


「課長に緊急伝が必要か」


 ヴォーズ帝国陸軍情報統括部、回収課。

 

 それが彼らの所属であった。

 同じ情報統括部員ですら、彼らの顔を知る者はいない。

 何故なら、回収課は失敗した任務・・・・・・からの証拠と痕跡の回収、損害の評価を担当する部署だからだ。彼らが出動するということは、ほぼ生きている者がいない。ないしは、敵の虜囚となっているのだ。

 息をしている間は奴らは現れない――そんな噂をされている彼らはこう呼ばれていた。

 

 ――掃除屋スカベンジャー

 

 掃除屋の派遣は、情報部員にとっては大変な不名誉であった。


「ん、待て……」


 黒髪の犬人が鼻を鳴らす。

 床に顔を近づけ、微かな痕跡をたどる。


「これは……少尉の最後の言葉か」


 そこには、スパイであった黒髪の少尉が残したダイイングメッセージとも呼ぶべきものが残されていた。

 ゴムの靴底で激しく床を打ち付けたのであろう、点字のように黒い跡が残っていた。


「く・ろ・き・し……4」


「脅威度4だと!?」


「戦略レベルの脅威ではないが、最大限の警戒が必要……か」


「黒騎士か? そいつが、少尉や工作員を皆殺しにしたってのか」


「お前が見つけた二人は違うだろうが、仲間と見るべきだな」


「また仕事が増えたな……」


 相棒のぼやきを聞き流した黒髪の犬人は、帝国の上司にどう報告するかを考えていた。

 

 ヴォーズ帝国に黒騎士の存在が認識された瞬間であった。



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