「砂糖醤油混ぜて埋めるわよ」……「こづかい帳を付けて欲しいんだ」……「何だよそのドヤ顔」……「完っ全に悪役の顔だね」

「と、国を挙げて盛り上がっている時になんで敵国関係者のお前と密会せにゃならんのだ」


 ケーシーがぼやくのも無理はない。ティガーに呼び出されて、俺たちはミリタル商会に集まっていた。椅子とテーブルがある場所、ということで、例の猫のゐる喫茶店だ。


「敵国の人間がこんな時に王都にいていいのかよ」

「ご心配には及びませんわ」


 アリーテがふんぞり返って自慢する。


「お客様の秘密を守ることにかけてミリタル商会にかなうところはありません。ティガーがこの店に入るところを見た者もいませんし、出るところを見る者もいません」

「なんか怖ェな。殺して人知れず店の地下に埋めるつもりじゃないだろうな」

「あ、あのう、ケーシー様、店の地下に埋めてあるものをお知りになりたいんですか?」

「うわ、なんか出て来んのかよ。何が出て来んだ?」

「ルミ! 余計なことを言うと、骨ごと丁寧に噛み砕いて灰にして、絶対復活できないように王都リンブラの土と塩胡椒と砂糖醤油混ぜて埋めるわよ。その後あなたの一族郎党皆殺しにします」

「まさかのガチ切れ……ホントに何か埋まってそうで怖」

「フホホ……お嬢さんたちは魔法剣の持ち主同士……もちょっと仲良くできんかのう」

「……」


 Q術師カザンがふとティガーに尋ねた。


「今日はお姉さんは来てないんスか?」

「ダイナはやたら目立つから置いてきたよ」

「やたら目立つって……あいつ暗殺職じゃなかったか」

「向いてないよね。基本、あの人騒がしいじゃん」


 あっさり言い切ったティガーの言葉にケーシーが笑う。


「身内の意見って遠慮なくて残酷だなー」

「それに、今日の用件は、姉さんにはちょっと難しいかと思って」

「ああ? どんな用件なんだそりゃ。厄介ごとじゃないだろうな」

「実は……」


 ティガーはケーシーの目を見た。


「ケーシーにこづかい帳を付けて欲しいんだ」

「はあ? こづかい帳? こづかい帳ってあの使った金額書くあれか」

「ちょっとこれ見てよ」


 ティガーは何やらたくさん書き込んだ紙を取り出した。俺もケーシーの肩越しにのぞき込む。なにやら数字がたくさん書いてある。


「こ、これは……競馬の賭け率一覧表!」

「違うよ! どう読んだらそうなるんだよ」

「えっ違うの? 競馬の賭け率以外にこんな数字が並ぶことってなくない?」

「姉さん以上に今日の話が難しい人がここにいたよ……これはバディアル連合の予算表! 今四半期の! いろいろな計画に、予算がつくんだよ」

「へー。つまり国のこづかい帳かあ」

「国家予算をこづかいと一緒にすんなコラ」

「戦争ってお金かかるんだね。無駄づかいだなあ」

「お前金を使ったら無駄づかいだと思ってるだろ」


 計画のことはよくわからないけど、何千枚という金貨が使われているらしい。下の方にいくつか、赤い線が引いてある。


「この赤い線は何?」

「ああ、そこんとこがね、ちょっと気になってて、ケーシーに見て欲しくて持って来たんだ」

「どれ」


 ケーシーは俺から紙を受け取ると、赤い線が引かれた数字を調べ始めた。


金貨千二百三十四枚千二百三十四キーニカ?」


 ケーシーは首をひねった。


「どっかで聞いたような金額だな」

「ケーシー様が赤兎オーガスを買ったお値段と一緒ですね」

赤兎パティね」

赤兎ガルルちゃんっス」

「ああ、赤兎ギャモンか……え、待てよ、ティガー、お前の言いたいことってこのことなのか?」


 ティガーはうなずいた。


「まだ、細かいことはわかんないよ。でも、前にここでその金額を聞いた時から、何かありそうな気がしてるんだ」


 何? どういうこと?


「ちょっと待てよ、てことは……うわ、お前とんでもないこと言い出してない?」

「わかってる。だからこの店で会おうって言ったんだよ」

「この店って……あ、そーか、この店か。たしかにここでないとうるさいわな」


 ケーシーと一緒に紙をのぞきこんでいたQ術師カザンが口を挟む。


「でもケーシー以外にもカキンシャはいるはずッスよね? ケーシーさんだけじゃ計算が合わないんじゃないッスか」

「それはたしかにそうなんだけど……多分ケーシーみたいな金づかいの荒いカキンシャが他にいないから目立たないんじゃないかな」

「ということはつまり、俺の金づかいの荒さのおかげで今回の手がかりがつかめたってことか」

「まあ」

「おこづかい帳作戦も、俺の無駄づかいが前提になっているわけだな!」

「まあ、そうかな」

「ほらあ」

「何だよそのドヤ顔」

「俺の無駄づかいは無駄じゃなかったってことよ」

「何を話してんのかよくわかんないけど、ケーシーにおこづかい帳をきっちりつけさせればいいのね」


 俺が確認するとティガーはうなずいた。ケーシーが得意げに続ける。


「そう。それには、無駄づかいしなきゃな!」

「普通、おこづかい帳をつけるのは無駄づかいを防ぐためなんじゃないの?」


 ティガーがふと思いいだしたように付け加えた。


「できれば端数を出して欲しいんだよね。この間の金貨千二百三十四枚千二百三十四キーニカみたいなのだとわかりやすいんだよなあ」

「そりゃちょいと面倒だが……ま、わかった。なんとかするさ」

「ありがとう。こづかい帳をつけてもらう謝礼を一応持って来た」

「金なら要らねえよ」

「いや、金じゃないよ。これ」


 ティガーがケーシーに渡したのは、小型のQがはめ込まれた指輪だった。


「Q入りの指輪ッスね。魔法の種類は……猫魅了」


 Q術師カザンが横からしげしげとのぞき込む。


「寝込み漁?」

「猫・魅了。猫を魅了する魔法だよ。めちゃめちゃに愛されるらしいよ」

「ゴクリ。これはいいな。喜んで使わせてもらうぜ」


 俺たちが話している猫のゐる喫茶店では、猫たちが思い思いの過ごし方をしている。ケーシーは立ち上がると、猫たちに向かって猫魅了Qの魔法を解放した。途端に猫たちがケーシーに擦り寄ってくる。


「ウヒョー」

「鼻の下のばしちゃってまあ」

「でもあの猫だけ効いてないみたいだな」


 エヴァンが指差す方に一匹の茶トラ猫。


「パピコちゃんじゃん」

「そんな馬鹿な……猫は動物の中では魔法抵抗の強い方っスけど、この猫魅了Qに抵抗できるなんて、そんなのあり得ないっス」

「やっぱ只者じゃないなパピコちゃん」


 パピコちゃんはケーシーの目の前に行くと、周りの猫を説得しようとした。それが無駄だとわかると、ケーシーに食ってかかった。


「にゃ! にゃっにゃにゃにゃにゃなにゃ!」

「めちゃくちゃ怒ってますね」

「まあそりゃ仲間が全員魅了の魔法にかけられてる状態だからねえ」


 ケーシーは悪い笑みを浮かべた。


「お前は前回俺に立ち塞がったやつだな。ケケケ……俺の魅了に耐えるとはちょこざい至極」

「完っ全に悪役の顔だね」

「ケケケ……だが二度目の奇跡はない! くらえ! 猫魅了!」


 ケーシーはQのはめ込まれた指輪をパピコちゃんの目の前に突き出して魔法を発動しようとした。


「にゃーーーーーーーーーーーーー!」


 怒り心頭発したパピコちゃんが前に踏み出しつつ気合いと共に打ち出した猫パンチはケーシーの突き出した手を叩き落としながらケーシーの腹に直撃。腰の入ったボディブローに吹き飛ばされて、ケーシーは大の字に壁にめり込み、猫魅了の指輪は砕け散った。


「あれは半歩中段ねじり落とし猫パンチですね」


 クロが感心したようにつぶやく。


「かつて伝説の達人たつねこ李書猫りしょびょうが愛用して『二の撃ち要らず』と恐れられた中段突きの型ですよ。あの猫、かなりの功夫コンフーを積んでいますね」

「フホホ……李書猫りしょびょうとは懐かしいのう」

「……」

「あ、魅了が解けた」


 猫魅了Qが砕け散ったことで猫たちにかかった魅了が解けたらしい。猫たちは全員が怒り狂っており、壁にめり込んだケーシーをタコ殴り、いやタコ引っ掻きにしている。


「それにしてもケーシーが嬉しそうなのはどういうこと?」

「至近距離で魅了魔法が破られたので、反作用を食らったみたいですね」

「つまり、猫に魅了された状態になっていると」


 壁に大の字にめり込んで鼻の下を伸ばしたまま猫たちに引っかかれまくってニヤニヤしているケーシーとは対照的に、パピコちゃんは猫たちの賞賛を一身に集めて英雄扱いだ。


「おお、ケーシーよ、猫に負けるとは情けない」

「これでケーシー様は二敗ですね」

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