「この際、朝寝もつけましょう!」……「その通り名は国の威信にかけて断固拒否します」……「自己主張じゃよ」

「つまり、魔法剣を抜いたのはケーシー殿でもエヴァンでもなくて、アリーテ様とその侍女、ということか?」


 ここはティルト王宮の一室。そう尋ねたのはティルト王国のジェラール将軍だ。


「ええ、まあ……」


 なんだか申し訳なさそうにエヴァンが答えると、ジェラール将軍は弱り切った表情になった。隣に座ってるディプロン外務大臣は頭を抱えている。


「アリーテとルミが魔法剣を抜くと、なんかマズイの?」

「そりゃお前、隣の国のお姫様に、うちの国のために命がけで戦ってよ、とは言えないだろ」


 ケーシーの言葉に、ディプロン外務大臣の首がとどめを刺されたみたいにがくっと落ちた。図星らしい。


「私個人はエヴァン様のためなら命を懸けるにやぶさかではありませんわ。でも、ロ=ミルア王国の王女としてはそう簡単に他国の戦争に加担できませんわね」

「わわわわ私個人は命を懸けるにやぶさかです。侍女は戦士じゃありません! 暴力反対! 賃上げ賛成! 三食昼寝付き!」

「三食と昼寝はいつも与えてるでしょう……」

「お嬢様! この際、朝寝もつけましょう!」

「薄々気づいてたけど、あなた侍女の自覚ないわね?」


 アリーテとルミの口論はいつもながら不毛だ。


「剣を抜いたのがケーシーだったら命を懸けろって言えちゃうの?」


 素朴な疑問にQ術師カザンが答えてくれた。


「ケーシーが相手だったら、報酬を用意して依頼すればまあいいんじゃないスかね。貴族さまが流しの剣士に依頼するのに遠慮は要らないっスから」

「報酬を用意されたところで、俺は別に金に困ってないんだけどな。むしろ無駄づかいがしたいんだが」

「そうだよ。ケーシー全然金に困ってないし、むしろアリーテは貧乏なんでしょ。金に困ってるんだから、報酬出してあげたら泣いてありがたがるんじゃない?」

「あ、あのぅ、ジャック様、うちのアリーテ様のことを貧乏とか金に困ってるとかケチくさいとか給料上げてくれないとか言って、通り名が『貧乏姫アリーテ』になったりすると、意外と繊細な姫様がへこむし私の昇給に悪影響があります」

「ルミ、私を繊細だと思うならあなたこそ少し言葉に気を遣ったらどうなの……」

「そういえばアリーテの通り名って今までなかったね。貧乏姫か」

「その通り名は国の威信にかけて断固拒否しますからね」

「話を戻すと……金払って他国のお姫様戦争に行かせたら、それこそ揉めるッスよ。属国扱いってことになっちゃうス」

「それに私がバディアル連合と正面きって戦ったら、ロ=ミルア王国が参戦したと見なされてしまいますわ。宣戦布告もなしにそんなことできません」

「へー」

「わかってないだろ」

「うん」


それまで黙っていたクロがアリーテの魔法剣ムベに尋ねる。


「ムベ様、そもそも、なぜケーシー様やエヴァン様ではなく、アリーテ様を持ち主として選ばれたのですか? 何か深い理由があるのでは?」

「フホホ……女子の方が見映えいいじゃろ」

「……」

「ジャック様だって見映えいいではありませんか」

「フホホ……その子はもう……持っとるじゃろ」

「……」

「俺が? 何を?」

「ホ? フホホ……お笑いの才能?」

「……」

「そんなの持ってないよ! じゃあなんでクロには抜けなかったのさ。見映えいいだろ」

「フホホ……その子はもう持っとるじゃろ」

「……」

「何を?」

「フホホ……ほうき」

「……」

「ほうきあるとダメなのかよ」

「ジャック様。私は愛用のほうきがあるので剣は要らないのです」

「ほうきあったら伝説の魔法剣は要らないのかよ」

「フホホ……言っといてなんだが……それも悔しいのう」

「……」

「というか、間に挟まるこの『……』てのは誰のセリフなんだよ」

「フホホ……ミムロの自己主張じゃよ」

「……」

「無言キャラって存在感出すの難しいですから」

「なんでそんなキャラ出しちゃったんだよ……ただでさえキャラが多くてセリフが」


 呆れていた騎士様エヴァンが口を挟んだ。


「話を戻すけど」

「そうだよ、エヴァンも喋らないと存在感失うぞ?」

「いや、存在感の話じゃなくて……ティルト王国としては魔法剣を抜いた戦士が現れたということで、全面的に支援してバディアル連合との戦いに参加してもらいたいわけなんだけど、アリーテの立場が絡んで困ってるわけなんだ。ディプロン外務大臣がノイローゼになる前に何かいいアイデアを出したいんだけど……」

「でもさ、ケーシーが二人を雇ったんだから、アリーテに報酬渡したら二重取りになっちゃわない? それって変だよね」

「ちょっと待った」


 ディプロン外務大臣が突然がばっと顔を上げた。


「雇ったって?」

「そう。ケーシーが、魔法剣を抜けなかった腹いせにどうしても無駄づかいしたくて、アリーテとルミを雇っちゃったんだ。言い値で」

「今も雇ってるのかね? 魔法剣の持ち主二人とも?」

「そだよ」

「ケーシーくん」


 ディプロン外務大臣がすっくと立ち上がった。表情は一転、明るくにこやかだ。


「是非君にバディアル連合討伐を依頼したい。報酬は十分用意しよう」

「はあ。でもいいんですか、魔法剣の戦士二人は」

「我々は君に依頼するんだ」


 ディプロン外務大臣は強調した。


「君が誰を雇っていようと関知しない」

「なるほど」

「どゆこと?」


 俺が首を傾げると、Q術師カザンが教えてくれる。


「つまり、ティルト王宮としては、アリーテ姫ににロ=ミルア王国にも、何一つ依頼してないんス。ティルト王国としてはケーシーに依頼しただけで、ケーシーが勝手にアリーテを雇ったわけだから、体裁は立つわけスね」

「でもそれじゃ魔法剣の戦士は?」

「魔法剣が抜かれたことをニュースとしてばら巻けば、それが誰なのかはなんとなくうやむやにできるんじゃないスかね」

「せんせんふこくとかって奴はいいの?」


 アリーテに尋ねてみると、アリーテはすまし顔で答えた。


「先ほどは、ティルト王国からの依頼で私が参戦する、という前提ですわ。それだと宣戦布告が必要ですけれど、私が個人的にケーシー様に雇われて個人的に戦う分には、まあ大丈夫じゃないかしら」

「ティルト王国の魔法剣持ってんのに?」

「バレなければ大丈夫ですわ」

「フホホ……伝説の魔法剣が『バレなければオッケー』とはのう……前代未聞じゃ」

「元はといえばあんたが考えなしに隣国の王女を持ち主に選ぶからだろ」

「フホホ……すまん」

「……」

「つまり! 俺の無駄づかいがティルト王国とロ=ミルア王国の架け橋となったと言っても過言ではない!」

「それは言い過ぎ」


 というわけで「紅蓮あかかねかけ男』ケーシーと愉快な仲間たち」に、王命がくだったのだ。

 バディアル連合討つべし! 

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