汝、最高に推せる鳥を答えよ
今晩葉ミチル
最高に推せる鳥とは?
かび臭い部屋で目が覚めた。
俺、香川武志は大学から帰るところだった。黒ずくめの服を着て顔を包帯でグルグル巻きにしたガタイのいい男とすれ違ったと思ったが、それ以降の記憶はない。
眠らされて、この部屋に連れてこられたのだろう。
ゆっくり起き上がると、ぼろいベッドがギシギシと鳴る。
少しでも状況を知りたい。辺りをキョロキョロと見まわす。
この部屋から出るには?
何より、どうして黒ずくめの包帯男が床に仰向けになっている?
疑問は尽きない。
「尊い……ああ、尊い」
男がかすれた声で呟いている。
かと思えば、急に両手両足をバタつかせた。
「どうして、どうして君たちはそんなにも尊いのだ!」
熱のこもった声が響き、床が振動する。壁からパラパラと粒が落ちる。
訳の分からない状況のせいで頭痛がする。
俺は額を押さえて溜め息を吐いた。
「あの……ちょっと黙ってもらっていいっすか?」
「図々しいお願いだね」
「うるさいものが苦手なんすよ」
「はっきりした子だなぁ」
男は起き上がり、俺をまじまじと見つめる。
「うむ、悪くない」
「そりゃあんたと比べれば」
「さりげなく私をディスらないでくれたまえ。君をここに連れてきたのは他でもない。ちょっと話があってね」
「興味ないんで帰りたいっす」
「まあまあ人の話を聞きたまえ。重大な話だ」
男は瞳をぎらつかせた。
俺は大粒の唾を飲み込む。視線に射殺されそうだ。
男はゆっくりと言葉をつむぐ。
「私が推すべきなのはペンギンなのかヒヨコなのか」
「どっちでもいいっす。はい、終了」
「ああ、最高に推せる鳥とは何なのか!?」
「人の話聞けっての」
「君ならきっと決めてくれるだろう!」
男は鼻息荒く俺の両手を掴む。
「さぁ、ひと思いに決めてくれ!」
「ほどほどが一番っすよ」
男は首を横に振る。
「それでは推していると呼ばない! 名乗り忘れたが、私はキングダム・コーネリア・ウィンドウズマン。気軽にキッコウマンと呼びたまえ」
「商標登録的にどうなんすか?」
「キッコーと伸ばさなければセーフだ。そんなことより、ペンギンかヒヨコか。早く決めてくれ! 気になって夜しか寝れない!」
「寝れるならいいだろ」
「エッチィな……」
「誰得な妄想っすか」
いいかげんこいつの手を振りほどきたい。
しかし、思ったより力が強い。
「お昼寝だってしたいのだよ」
「あー、もう突っ込まないっす。とっとと決めちまうっすよ」
俺は溜め息を吐いた。
「まずはヒヨコ推し。飽きたらペンギン推し。これでいいっすよ」
「うむ、訳が分からない」
「これくらい理解できるやろ」
「急に口調が変わったな。だが、はっきりと言わせてもらう。推しに飽きるなんてありえない」
「そうっすか、じゃあもう決まりっすよ」
「おお!」
キッコウマンの両目が輝いた。
「早く言いたまえ!」
「ショックを受けると思うけど、いいっすか?」
「いいから早く!」
キッコウマンの鼻息がどんどん近くなる。
俺は一呼吸置いた。
「二択で迷う時点でどっちも最高になりえないっすね」
「なん……だと……?」
キッコウマンの手から力が抜けていくのが分かる。
俺はそそくさとベッドから降りる。
「まあ、どうしても最高を決めたかったらひたすら考えぬくことっすね」
「考えぬく……考えぬく……!」
キッコウマンが床に両手と両膝をついてブツブツと呟く。
そして急に顔を上げる。
「そうだ! 同列一位としよう!」
「それ、俺が最初に言ったことっす」
「どうでもいいのと両方最高だとするのは違う! だが、君のおかげで素晴らしい答えにたどり着けた。ありがとう!」
「分かったらもう二度と俺と関わらないでほしいっす。さよなら!」
俺は全力でダッシュしてその場を離れた。
幸いスマホが奪われていなかったから、位置情報と地図アプリで帰宅できた。
翌日に大学へ行くと、教室の座席に包帯男がいた。
しかも、俺の席の隣だ。
「私はキッコウマン。最高の答えをくれたお礼を言いたくてここに来た」
誰か通報しろ。
汝、最高に推せる鳥を答えよ 今晩葉ミチル @konmitiru123
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