脱サラ

@24Rosmo

第1話


仕事に疲れ切ったわたしが故郷に戻ったのは暑さのピークも過ぎ、ようやく秋らしさを感じた頃だった。盆地特有の蒸し暑さから解放された肌に風が心地よい季節。急に帰ってきたわたしを家族は心配してくれたが、どう反応すれば良いかすらわからず自分の部屋のベッドに倒れ込む。実家に戻ってきた安心感からか、深い息が漏れる。目を閉じると嫌なことばかり思い出してしまいそうになるが、久しぶりに長距離を移動した疲労感のおかげかいつの間にか眠ることができていた。母が下の階から呼ぶ声で目が覚めた。いつの間にか日が暮れ始めていてカーテンの間から漏れるオレンジ色の光が部屋を微かに照らしている。返事をし、階段を降りる。用意してくれていた晩御飯をひとくち、またひとくちゆっくりと食べる。自分の為に作ってくれたご飯がうれしかったからか、それとも帰ってきた安心感からか、胸の中のもやが少し薄れた気がした。


帰ってから夕方まで寝ていたせいで全く寝付けなかったわたしは、24時間営業のスーパーまで歩いて行った。夜誰もいないスーパーでタバコとライター、お酒を買いまのぬけた顔で空を見上げていた。明かりのないくらい町の上で星がよくみえる。ため息をついたわたしはタバコを灰皿に押し付け酒を飲み干した。


朝。カーテンの隙間から差し込んだ光に目を覚ました。重い体を起こし、時間を確かめる。いつもなら仕事に行く準備をしている時間だがもう気にする必要はない、と思うと少し体が軽くなったように感じる。顔を洗い、秋になったばかりだというのに顔をしかめてしまうくらい水が冷たい。半分寝たような状態で朝食を食べたあとコーヒーを流し込んでようやく意識がはっきりしてくる。固くなった体をほぐすように伸びをしながら朝日を浴びる。今までは朝に心を落ち着かせる余裕もなかったが久しぶり実家で過ごす朝はまるで時の流れが違うようだった。

朝食を食べたせいか眠気に襲われ、自分の部屋に戻ったあといつの間にか眠ってしまっていた。朝の気だるさも消え、外の空気を吸おうと外に出た。日差しが心地よく、吸い込む空気は澄んでいて心を静かにしてくれる。今までの喧騒が嘘のように穏やかな日だ。縁側に座り何も考えずただ空を見ていた。風と木の葉の揺れる音の中、トトトトトッという音と共に郵便配達員が敷地に入ってきた。私に郵便を渡すと流れるような動作で方向を変え走り去っていく。田舎でのんびりとバイクで走るのも楽しそうだな、天気の悪い日は大変かもしれないけど。車庫に以前、社会人になりたての頃買ったバイクが置いてあることを思い出した。数年置きっぱなしにしていたので動かないだろうが、今の状態が気になって覗いてみる。車庫の中は意外にも片付いており何故かバイクが2台になっていた。透き通る様な赤いバイクが自分のバイクの横に鎮座している。父のものだろうか?見るからにまだ新しく、外装には傷一つない。そして隣にある自分のバイクは意外にも綺麗な状態を保たれていた。最後に乗った時から何一つ変わっていない。刺さったままになっているキーを回すと、機械音共にメーターが光る。そしてクラッチレバーを握りしめ、スターターボタンを押すと爆音で車庫が満たされた。

車庫内で反響する排気音とエンジン音、それ以外は何も聞こえない。久しぶりに見る鼓動するバイクに少しどきどきする。

「ぬわっ!!」

ふとした瞬間視界の端の人影を見て思わず変な声をあげてしまった。バイクの音のせいで近づく父に気がつかなかった。

「びっくりしたぁ…」

少し申し訳そうに微笑しながら父は言う、

「掃除とメンテナンスはやってたから走れると思うよ。」

「うん、ありがとう。じゃあ、少しいってくる。」

部屋に戻り、隅に投げてあったヘルメットを取って足早にバイクの元にもどる。久しぶりに跨るバイクは初めて乗った時のようにぎこちない。姿勢は笑ってしまうほど窮屈で法事でかしこまって正座しているような感覚だ。記憶を頼りにアクセルを少し多めに捻って走り出す。覚束ない操作でフラフラしてしまう。自分の不器用さに苦笑いを浮かべながら開けた道に出ると、少し運転しやすくなった。心臓をうるさいほどどきどきさせながら昔走った道を進む。信号で停止すると緊張と興奮で息が弾んでいることに気づく。それと後ろの渋滞にも。

「やばっ」

青信号になってすぐにアクセルを回す。甲高い音を響かせながらバイクの後方にのんびりした田舎の景色が嘘のような速度で吹っ飛んでいく。


日が暮れて興奮と共に帰ってきた私は今までの暮らしの憂鬱なんて綺麗さっぱり置き去りにしていた。


バイクを降りて自分の部屋に戻った瞬間、物凄い疲労感を感じベッドに倒れ込んだ。夏と比べて涼しくなったとはいえ久しぶりのバイクの緊張感で服は汗ばんでいた。本来なら着替えるべきだが疲労感と実家のベッドの心地よさから、いつしか眠りに落ちていた。

日が上り始めた頃に目が覚めた。夕食も入浴もしていなかったせいで空腹と汗をかいた気持ち悪さが襲ってきたので冷蔵庫にあったウィークエンドシトロンを一切れつまんでからシャワーを浴びた。夜型の生活が染み付いていたが朝早く起きて明るくなっていく町を見るのも悪くない。台所では父と母が既に朝食の準備を始めているので邪魔にならないよう、隙間を縫って人数分の食後のコーヒーを準備する。

少ししてトースターからパンを取り出しコーンスープと一緒に食べる。サクッと焼けたトーストがまろやかなスープに絡みつきしっとりしながらも歯応えがあり美味しい。朝食を食べた後コーヒーのすっきりした香りで目が少しずつ覚めてくる。家族が見ていたニュースによると今日も全国的に秋晴れらしい。

さあ、今日はどんなところにいこうか。


朝ご飯を食べていた時母がおすすめのカフェを教えてくれたので一先ずそこに行ってみることにした。あまり遠くはないので余裕をもって行けそうだ。暖機させている間にスマホのナビを設定し、ヘルメットとグローブを着ける。

「よし!」

まだ拭いきれないバイクの緊張感に自分を奮い立たせて出発する。渋滞をつくらないように今度はちゃんとアクセルを開けて。晴れているお陰で気候は比較的暖かくバイクに乗るのにぴったりだ。気持ちのいい風が首筋を撫でる。しばらく国道を道なりに進んだ後、脇道に逸れて民家と田んぼしかない田舎道を通る。ナビの地図を見る限り、しばらく川沿いを行くので迷う心配はない。朝のランニングをする老人や犬の散歩をする子供たち。他人の生活を横目に見ながらいつしか山の木々がさざめく人気のない場所へ来ていた。道路脇の少し広くなっているスペースにバイクを停め、ヘルメットを脱ぐ。前傾姿勢で固まった体を伸ばし深く息を吸った。澄んだ空気が体を駆け巡り頭をすっきりさせてくれる。盛土に腰を下ろし向かい側の雑木林をしばらく何も考えないで見ていた。

「やっぱりこういう場所、好きだな。」


ふと本来の目的からずれていたことを思い出し、また走り出す。進めば進むほど生活の営みの気配が少なくなり、道も細く、険しくなっていく。あまりにもキツすぎるヘアピンカーブや湧水で濡れた路面に悲鳴を上げながら心の奥底で辺境にあるカフェを軽率に勧めた母を呪った。

それから20分ほど走ると民家も増え出し、丘の上には学校があるなど少し人の営みが見え始めた。ナビによるとこの辺りのはずだ。遂に視界の端に目的のカフェを捉え、俄然やる気が増す。

「絶対ネットで見たピザとケーキセットを食べたいっっっ!」

その思いが私の背中を強く押す。ゆっくりと駐車場に入り、スタンドを出してバイクを停める。無事に目的地につけたと言う安心感から体中の力が抜け、カフェのベンチにへたり込んだ。カフェは見通しの良い敷地に建てられていて、風に揺れる田んぼの稲や空を流れていく雲に見惚れてしまった。カフェの中は木材を多用した落ち着いた雰囲気で、通された席のソファに包み込まれる。注文を終えると程よい疲労感と店内の温もりでうとうとしてしまう。しばらくして食事がきて目が醒めた。目の前のにはたっぷりかかったチーズの中にこれでもかと具材を散りばめたピザ。待ち焦がれた瞬間に思わず口の中が唾液で一杯になる。一切れとると、ピザから具がこぼれ落ちたのでフォークで具材を戻し、包み込むようにして口に運ぶ。しっとり、もっちりした生地とチーズ、沢山の具から噛むたびに旨味が溢れ出してくる。こってりしたジャンキーなピザも好きだけれど素材の味をふんだんに活かしたピザもたまらない。食後に運ばれてきたケーキは少し小ぶりなものに手の加えられたフルーツを一緒に添えた鮮やかなものだった。濃い味のチョコレートケーキにフルーツの甘酸っぱさが彩りを加え、満足感とは裏腹に口の中にはスッキリした後味だけが残る。食事の満足感で少しの間放心していたがお客さんが増え出したので後にすることにした。

カフェ目的で来た町だったが食事を食べてすぐ帰るには早すぎたので、近くにあるらしい公園に行くことにした。時間は正午近くになりかなり暖かい。道端で遊ぶ鳥たちや田んぼの上で飛び交う赤とんぼ。激しかった夏がまるで嘘のように落ち着いた景色を横目に見ながら広い田舎道を行く。丘の上には簡素な展望台があり、山に囲まれた盆地を一望できた。一面に広がる田んぼの稲のお陰で風が優しく大地を撫でるのが見える。その開放感ある光景は1ヶ月前にいた鬱屈とさせるコンクリートジャングルと比べると余りにも壮大で、目の前の世界がただただ素晴らしいとだけ思った。

公園の芝生の上を歩き、体中に新鮮な空気を吸い込んで自由な時間を満喫しているとあっという間に時間が過ぎてしまった。公園をたくさん歩いたのがいい運動になったからか体が軽い。穏やかな気持ちで見知らぬ街に別れを告げ、帰路についた。


「ええ〜っ!あんなに険しい道通る必要無かったってこと!?」

母に勧められたカフェに行ってきたことを話すと、少し遠回りだが広めの道を通ってたどり着ける道があるとのことだった。

「少し調べてから出掛ければよかったのに。全くこの子は…」

と呆れ顔でため息をつく母。

ルートをよく見ず最短ルートに設定したお陰で余計な苦労を増やしてしまった。

「でも食事は美味しかったよ。景色も良かったし。」

「でしょう?近くにパン屋もあったはずだからまた今度、行ってみたら?」

いいツーリングができたお陰か私の興奮は冷めず、夕食の時も今日の出来事について家族と語り続けた。


朝起きると滅多に使うことのないLINEの通知があることに気づいた。開くと旧友の結からだった。メッセージは「明日ヒマ?」のみ。送信日付は昨日の23:48となっている。つまり今日用事があるということだろうか?

「久しぶり。どうしたの?」と送る。

送って1分も経たないうちに今度は結から電話がかかってきた。

「おはよう、鈴河。久しぶりのこっちの生活はどう?またバイクに乗り始めたみたいだけど。」

「今までよりだいぶ楽だよ。まぁ実家だしね。それより何かあったの?」

「仕事も辞めてこっちに帰ってから退屈かなと思って。バイクには行くところも必要だしつね。実は最近ようやく自分の店を開けたから試しに来てみないかなって。どう?」

「結、自分の店開いたの!?」

「ん、片田舎の小さい店だけどね。なんとかやってるよ。で、どう?来てみない?」

と答えた結の声は照れ気味な気がした。

「行くよ。朝の準備が出来たらすぐ出るから。住所送っておいて。じゃあ後で。」

起きたばかりで視界がぼやけていたが結との電話ですっかり目が覚めた。朝ご飯を素早く口に詰め込んだあと歯磨きをしながらLINEに着ていた住所を確認する。ナビによるとここからノンストップで1時間半程度。昔だったらなんてことない距離だけど、数年ぶりに乗り出したばかりの私にとってはまあまあな距離だ。いつもより気を引き締めていかないと。

勢いよく出発したが昨日のツーリングでガソリンがあまり残っていなかったのでガソリンスタンドに寄らなければならなかった。以前と比べてガソリンの価格が高くなっていて財布に痛い打撃だな、と思いながらも人気のないガソリンスタンドに流れるラジオを聴きながら過ごす少しの時間もこれから結に会うことを思うと楽しく思えた。

走りながら結が昔、「小さなカフェを作って友達や家族とのんびり過ごせる場所をつくりたい。」と語ったのを思い出す。語った夢を現実にするのがどんなにすごいことか。それに比べて私は。頭の片隅に浮かぶ薄暗い気持ちを振り払うようにバイクを駆る。だけど、一度頭に浮かんだ現実の自分に対する自己批判はなかなか消えてくれなかった。


一度の休憩を挟み、ようやくたどり着いた結のカフェは、雑木林の中にある古民家を改装したものだ。姿からするとかなり古い家だと思っていたが、近づいて外装をよく見ると真新しい素材が使われている。カフェにする時に修理したのかもしれない。駐車場スペースにバイクを停め、ヘルメットやグローブを外していると結が出てきた。

「よっ、鈴河!久しぶりっ!」

「久しぶり、結。」

久しぶりの友達との再会で自然と頬が緩む。

「取り敢えず中入りなよ。鈴河の家から割と距離あるし疲れたでしょ?食べ物も用意してあるからゆっくりしてって!。」

「ありがとう、でもちゃんとお客さんとしてきたからお代は払うよ。貯金は結構してたからあまり気を使わないで。」

と言うと、結があははと笑って返す。

「今日は定休日だからカフェはやってないよ。鈴河に会いたくなったから誘っただけ。だから気にせずゆっくりしてきなよ。」

結が入り口の戸を開けると中はひんやりとした石の床に、かなり時代を感じる木製の椅子がカウンターに向かい合わせて配置されていた。頭上の数メートル上には大きな梁が渡されているのが見え、壁をぶち抜いて再構築されたらしいそのスペースはかなり開放感が感じられた。上の窓からは柔らかな光が店内を照らし、人のいない空間を優しく照らしていた。その空間の美しさに息を呑んでいた私に向かって結が奥から手招きしている。

奥へ入って行くと広い座敷にテーブルがありテーブルの上には2人分の食事が並んでいた。

「さ、召し上がれ〜。まだカフェで出してないメニューだけど鈴河に食べてみて欲しくてさ。」

「美味しそう!じゃあ、ありがたくいただくね。」

結が出してくれたパスタはカルボナーラのように濃いめに味付けがされていた。その中にスパイスがまぶしてあり、食べている間にまろやかな味の中に爽やかな味が広がる。

「美味しい。結構濃いかと思ったんだけどどんどん食べられるね。」

「でしょ!ちょうどいいバランス探すのに結構苦労したんだから。」

結が得意げな顔をしてこちらに身を乗り出す。彼女があれこれ苦労話をしている間にいつのまにか昼食を全て食べ終わってしまっていた。

「本当に美味しかったよ。結の料理って後味が爽やかでいくらでも食べられるね。」

「食べた後満足感があるのも大事だけど食べた後も活動的でいられるようにしたかったんだ。昼食食べてその後またどこかに行く人も多いしね。どう鈴河、久しぶりに走り行かない?」

答えはイエスに決まっている。

「ちょっと待ってて!」

結がどたどたと縁側を抜けて更に奥の生活スペースに戻っていった。ヘルメットとジャケットを引っ張り出してきた結と一緒に裏のガレージに足を運ぶ。

「いや〜友達とツーリングするなんて久々だわ、私以外みんな県外に就職しちゃうし、バイクは売っちゃうし。乗り続けてるのって私と鈴河くらいじゃない?」

「たしかにみんな今は乗ってないかもね。私も帰ってきてから数年ぶりに乗ったし。お父さんが整備してくれてなかったら今でも乗ってなかったかも。」

「よしっ!じゃあいきますか!」

ガレージから出てきた結のR6が野太い音を出して動き始める。私も自分のバイクの元へ行き、エンジンを始動させた。2台のバイクの音が木々の間へと吸い込まれていく。

「Hey, 鈴河!聞こえる?」

「…聞こえてるよ。」

インカムがちゃんと使えるかどうか確かめながらゆったりとしたペースで山の中を進んでいく。

「あはは。久しぶりのツーリングなのに鈴河クールだね。昼ごはんの時はあんなにニコニコしてたのに。」

「いや、別にスカしてるわけじゃなくて。運転に集中しないと危ないでしょ。結みたいにここらへん走り慣れてるわけじゃ無いから。」

友達とのツーリング。正直、結から連絡がきたとき期待とワクワクが胸にあったのは事実だ。でもまだ完全に感覚を取り戻した訳ではなく、視界の悪い道を進む事に不安があり、素っ気ない態度になってしまった。先をいく結のバイクが重低音を響かせながら進んでいく。ゆっくりとスムーズに進んでいく彼女は、まるで森に溶けていくみたいだ。木漏れ日で輝く青の車体を追う。普段なら木のざわめきしか聞こえないであろう山道にエキゾーストノートがこだまする。しばらく走り続けると段々と視界が開けてきた。結がアクセルを捻り、甲高い音をあげて加速する。後を追って私もアクセルを思いっきり開けた。バイクが空気を吸い込み勢いよく加速する。

「ちょっと結っ!スピード出し過ぎ!」

「鈴河も出してるじゃん!」

「あんたがかっ飛ばすから追いかけただけでしょ!」

散々飛ばした後で結がようやく速度を落とす。

「あははははははっ!ちょっとは昔の感覚思い出した?!」

「なんでこんなことするの???」

「鈴河がいつまでも緊張してるからこれで多少はほぐれるかなって。でもさっきのは割とサマになってたよ。」

「公道ですることじゃないでしょ!!2度とやらないでよ!わかった!?」

わかったと言いながらもインカムから聞こえる結の声は笑っていた。

1時間ほど走って道の駅に着いた頃には昔の距離感に戻っていた。ただ結がめちゃくちゃ曲がりくねった道を選んだり性懲りも無く飛ばしたりして、私は四六時中ぎゃあぎゃあ鳴いていたが。

「ごめんって!アイス奢るから!許して!」

恐怖体験をされた恨みで結をベシベシたたくとヘラヘラしながら謝ってきた。結は昔から人をからかうのが好きだ。愛嬌があるのでつい許してしまうがやはり気を付けておかなければならない。2人でアイスクリームを食べながら遠くにある山で少し紅葉が始まっているのを見ていた。

「思ったより元気そうで安心したよ。」

不意に結が言う。

「仕事を辞めて帰ってきたからかなり沈んでるのかと思ってた。」

「まぁ、実際少し前までは何もやる気起きなくて部屋の中でぼーっとしてるだけだったけどね。ただただ仕事に時間を費やしてばっかりでこの先何があるんだろうって。」

「無力感に襲われることは誰だってあるよ。私も今の店開く前に普通に会社で働いてたけど辞めちゃったしね。開店資金を貯めるための仕事だったんだけど結局借金する事になっちゃった。もう少し働いてお金貯めてからって思ってたんだけど。」

そして少し残念そうな顔をした。

「あっでもそこまで深刻な状態じゃないよ!建物の修繕は流石に業者さんに頼んだけど内装とかは自分と旦那でやったし!店もちゃんと売り上げ出せてるから返済の見込みもついてるからさ!そんな不安そうな顔しないでよ。」

「ごめんね。来る時結にちょっと嫉妬してたんだ。順風満帆な人生だなって。何の努力もなしに何かを成し遂げることなんて出来ないのにね。」

我ながら呆れてしまう。

「鈴河なりに頑張ったんでしょ。じゃなきゃ病んで仕事辞めたりなんてしないって。」

「うん。でも結を見てたらまた生きていくために何かしないとって思って。久しぶりにバイクに乗って、友達に会って、色んな場所に行って。確かに満足感を与えてくれるけど、それは何も解決にはならないんだよね。だからまた動き出さないと。」

「人生そんなものでしょ。問題を劇的に解決してくれるものなんてない。たまに休んで何とか生きていけるだけでいいんだよ。」

2人して何を語っているんだか。結も同じことを思ったらしく、2人して先程の自分を鼻で笑う。

「行こうか。」

走り出して道に出ると、またするすると景色が流れていく。風とエンジンの音を聞きながらただ結の後を走る鈴河は、先程の話を思い出し1人静かに笑った。






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