帰ってくるウルティモマン

結騎 了

#365日ショートショート 010

「ゼアチャッ!」

 おっと、思ったより声が大きかったか。遠くビルの屋上で、見物していたサラリーマンが耳を塞いでいる。俺は東郷とうごう秀雄ひでお、またの名をウルティモマン。ある日突然、この巨人の姿を借りることになった。色々、本当に色々あったが、話せば長くなってしまう。つまり、定期的に出現する怪獣を退治しているのだ。それが、ウルティモマンとしての俺の使命である。

 さて、もう一度、仕切り直して。「ゼアチャッ!」、と同時に地面を蹴る。地響きの後、破壊された街並みが急速に遠くなる。ぐん、ぐん、ぐん。空が近づくにつれ、雲が裂ける。もう少し、速度を上げて……。いやあ、今日も大変だった。地底から蘇った怪獣をやっと退治できた。まずはこうして、空中に飛び上がる。人目から遠ざかるように、空の彼方へ飛んでいかなくてはならない。なぜ飛んでいくのかって? 俺にもよく分からない。なぜか本能的にになっている。

 山をひとつ越え、ふたつ越え。両腕を前に突き出して飛行しながら、ふと後ろを確認する。稀に、取材のヘリが待ち伏せている時があるのだ。……よし、今日はこの辺りで。空中で減速し、すっと森へ降りていく。今だ、変身解除。ぐぐん、と体が小さくなる。木々を揺らして下降した巨人の姿が、一瞬にして消えた。この人気のない森の中、いるのは俺だけだ。怪獣から市民を守る特殊防衛隊・METの隊員である、俺だけ。

 さて、ここからが大変だ。。俺は防衛隊の任務中、地底怪獣を迎撃する戦闘機に乗っていた。しかし、怪獣の口から放たれた熱線を受け、戦闘機は故障。煙を上げながら墜落する途中で、颯爽とウルティモマンに変身したのだ。そう、つまり戦闘機から空中に飛び出したので、おそらくあれはあのまま粉々になっていることだろう。腕を振り、膝を上げ、森を駆け下りる。よし、道路に出た。このままもっと下るぞ。急げ急げ。

 言うまでもなく、ウルティモマンであることは同じ隊の皆には内緒だ。下手に話してしまったら、なにかと面倒なのだ。いや、そもそも彼らは、ウルティモマンの中身が人間だなんて想像もしないだろう。あの姿は、規格外のサイズの宇宙人だ。ほくそ笑みながら、息を切らして走り続ける。おっと、見つけた。今日は早かったぞ。

「タクシー!そこのタクシー、止まってください!」

 転がるように、後部座席に乗り込む。「A街まで、急いでお願いします」。俺の迫力に気圧されたのか、サイドブレーキを勢いよく戻す運転手。急げ急げ。もう俺がA街から飛び立って20分は経っている。

「お客さん、でもA街って、さっき怪獣が出たところじゃないですか。大丈夫ですか、道路とか」

 道路は、実は大丈夫ではない。地底怪獣を投げ飛ばした際に高速道路が破壊されたのは見えた。ETCレーンが吹っ飛んだはず。つまり、今は一般道がむしろ速い。「いいから、とにかく急いでください」。METの隊服を着た男が、なぜこんな山道で走っていたのか。それもひとりで。運転手さん、不思議な顔をされても困るよ。それには答えてあげられないんだ。

 このまま無事に着けば、同じように前線に出ていた同僚の元へ戻れるだろう。さて、今日はどの言い訳にしようか。「すまない、気を失っていたようだ」。うむ、これは今月すでに2回も使ってしまった。「すまない、ウルティモマンが助けてくれて、そのまま避難していた」。これもいいかもしれない、が、避難して隠れていたのなら戻るのに時間がかかりすぎている。「すまない、逃げ遅れた人の避難を助けていた」。……これがいいかもしれない。俺の株も下がらない。

「お客さん、A街のどこに向かいましょうか」

 くそ、それは俺が聞きたいくらいだ。同僚らはどの辺りにふらっと集まっているのだろう。光線技で怪獣を爆散させたのは、B交差点付近だったか。とりあえずその辺りだろう。あとは足で探すしかない。お、よしよし、知った街並みだ。ここからもう少し南の方へ。ん、あ、いや、ちょっと!

「止めてください!ここで、ここで大丈夫です!」

 なんと、皆こっちにいたのか。危ない、もう少しでタクシーに乗っているところを見られていた。

「現金で!」

 カードなんか使えない。この移動は完全なる隠密行動だ。どこにも証拠など残せない。もちろん、自費である。領収書など取ってみろ、たちまち大変なことになる。

 運転手にお金を叩きつけ、ゆっくりとタクシーを降りる。そろり、そろりと側にあった瓦礫に身を隠し、様子を伺う。同僚の男性隊員が、女性隊員と話し込んでいる。なんだ、なんの会話をしているんだ。大方、「ウルティモマンは人類の味方なのだろうか……」とか、そういった類のものだろう。いっそ全てを話してしまった方が楽だろうか。いや、それはいけない。やはりこのままにしておかないと。だからな。

 よし、やっと、やっとここまで帰ってきたぞ。あとは出ていくタイミングだ。彼らが俺を心配したタイミングを狙うんだ。じっくりと様子を伺う。ふたりの会話が、よし、終わった。一旦そこから、そうそう、基地に帰ろうとする。そうだよな、無線で帰還命令が入るよな。いいぞ、インカムを着けた耳に手をやり、指示を受けている。「了解!」の声が聞こえた。うん、そう、そこからの、よし、きたっ!男の方が、ふと周囲を見渡している。あれだ、いいぞ、あの顔だ。どう見ても「そういえば東郷はどこにいるんだ。あいつは無事なのか」の表情!

 今だ!俺は瓦礫から飛び出し、右腕を大きく突き上げた。そしてゆっくりとそれを左右に振り、駆け寄っていく。息を吸い込んで……

「お〜〜〜い!」

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