命の還る場所
卒業式の日が来た。
筑波は、宮穂がいないことに寂しさを感じながらも、卒業式に出席した。
卒業式に出れない宮穂の事を思い、出席しないと言っていた筑波だったが、
宮穂が、出たほうが良いよ、と押し通したのだ。
生徒たちが体育館に集まっている。
みんな、楽しそうに話している。
宮穂はいない。病室で戦っているのだ。そのことを、みんなは知らない。
無邪気に話し合っている生徒たち。
その姿が、筑波にはとても遠い景色のように思えた。
早く、卒業式なんて終われば良い。今日は宮穂と一緒に居たい。
卒業式が終わったら、すぐにでも宮穂の病室に行くのが願いだった。
だが、その願いは悲しい形で叶えられる。
筑波は、卒業式が終わってから、すぐに宮穂の病室へと向かった。早く会いたい。
卒業式なんて、出られなくったって大丈夫だと励ますのだ。
白い病院に入る。受付の人には、もう大抵顔を覚えられている筑波。
受付の白い帽子を被った女性と目が合った。
いつもと違ったのは、女性が驚いた表情をしたこと。
「筑波くん、事情は知ってるの?」
受付の窓口越しに、女性がいった。
「事情?」
筑波は首を傾げた。そして、嫌な予感がした。
「宮穂に何かあったんですか!?」
「宮穂ちゃん……急に容態が悪化して……宮穂ちゃんの家族も、みんな病室に集まってる。看護師が気づいた時には、一瞬で、死んでしまったかのようで……」
それを聞いた筑波は、宮穂の病室へと駆け出していた。
何も考えられなかった。宮穂。宮穂。
急いで宮穂の病室の白いドアを開けた筑波。
視界に、医者と宮穂の家族の姿が見えた。
宮穂のお母さんとお父さんは泣いている。家族はその二人だ。
医者が落ち込んだような顔をしている。悔やむような表情。
宮穂は、ベッドに横になっていた。
駆け寄る筑波。
宮穂は、眠っているかのような、安らかな顔だった。
長い黒髪が、真っ直ぐに伸びている。
信じられない。
死ぬはずがない。
目を覚ますんじゃないのか。
生きているんじゃないのか。
「筑波くん……娘は苦しまなかったそうよ……いつも、お見舞いに来てくれてありがとう……」
「宮穂は、どうしても助からなかったんですか……?」
「ええ、そうみたい……私達もまだ、心の整理が……」
宮穂の母はうなだれた。
死という現実を、その場の誰もが受け入れられていなかった。
これまで記した内容が、僕が必死に描き上げた漫画だ。
宮穂との思い出。宮穂の病気との戦い。それらを渾身の力を込めて描いた。
そして、有名な出版社の公募に、それを応募するつもりだった。
漫画を書き終えた後は、抜け殻のようだった。
すべて出し切った。後は応募するだけだ……。
しかし、その前に、信頼できる人に原稿を読んでもらおうと思った。
僕は端末でその人物にメールを送り、喫茶店で会う約束をした。
その人物は、僕の彼女だ。
僕は喫茶店に着いた。
入って右手の受け付けでコーヒーを頼み、扉を一つくぐり、四人がけの席に座った。
座る。後ろには窓がある。
原稿を忘れていないよな、とカバンを再確認。ちゃんとあった。
周囲に客は一人だけ。ノートパソコンで囲碁を打っている年配の方。
しばらく、僕は彼女を待った。
待っていると、長い茶髪の女が受付でコーヒーを頼んでいた。
間違いなく、僕の彼女。茶髪に黒いコートがよく似合っていた。
コーヒーを受け取った彼女は、周囲を見回した。すぐに僕の姿に気づいた。
彼女が笑顔になる。コーヒーを乗せたトレイを持ちながら、僕の方へやってきた。
「待たせた?」
「いや、来たばかり」
「ドラマのような台詞だね」
彼女は笑いながら僕の対面に座った。
「漫画、完成したんだね。おめでとう。見てほしいって、言っていたけど……」
「ありがとう。うん、見てほしいんだ。客観的な意見がほしい」
僕はカバンから原稿を取り出した。宮穂との思い出。
それを、対面の彼女に差し出した。
「おお、本格的……なんか、ドキドキするね」
彼女は真顔に戻り、僕の原稿を受け取った。
封筒から原稿を取り出す。僕の漫画。
彼女は、無言で1ページ目から原稿を読み始めた。
僕は少し緊張していた。どんな意見が飛んでくるのだろうか。
彼女はページを捲っていく。真剣に読んでくれているのが伝わる表情。
彼女が最後のページにたどり着いた時、彼女の目は潤んでいた。
涙が流れる。そして、僕に原稿を差し出した。
「真剣に物語を描いてもらえて、きっと、記憶に残ると思う。命の還る場所だよ。
すごく、よく出来ていると思う」
「良かった。褒めてくれてありがとう、宮穂」
僕は彼女、宮穂にお礼を言った。
病気との戦いに打ち勝った彼女に向けて。
命の還る場所-A place where life returns- 夜乃 凛 @tina_redeyes
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