命の還る場所-A place where life returns-
夜乃 凛
第一話 『記憶の切れ端』
僕は大学生。名前は、筑波という。
付き合っていた彼女が死んだ。高校二年の時に、付き合いはじめた彼女だ。
彼女の名前は宮穂。宮穂とは、くだらない話をたくさんした。とても、楽しかった。
宮穂が死んで、二年経つ。
二年が経つのだ。
僕の記憶から、この世界から、思い出が消える前に、宮穂との話を書き残そうと思う。
事実と虚構を交えた漫画を書く。
僕は漫画家になりたい。
この漫画は、応募する。
宮穂に、この漫画が届きますように。
誰かの心の中に生きてくれますように。
宮穂を利用する僕に、天罰が当たりますように。
まだ、宮穂が生きていた頃の話。
高校からの帰り道、坂道を筑波と宮穂が登りながら話していた。
そして、唐突に宮穂が切り出した。
「筑波は、命の還る場所は、どこだと思う?」
「命の還る……?いや、考えたこともない」
「だめだめ、そんなんじゃ。ちゃんと考えないと」
宮穂は長い黒髪を撫でながら、問いかけをしていた。
両の黒い瞳が、筑波を見つめている。
二人とも制服姿だ。
「うーん……やっぱり、お墓じゃないのか?」
筑波はお墓をイメージしながら受け答えした。
短い茶髪に手を添える筑波。
「そう、それは、正しい……お墓ね。合ってるとは思う。でも、私は独自の見解があるんだ」
「ほう?」
「命の還る場所はね……人の記憶の中だと思う」
儚げな目をしながら、宮穂がいった。
その目が、どこか危うくて、筑波は引き込まれそうだった。
「なんで、そう思うの?」
当然の疑問を筑波がした。
筑波は、人間は死んだらそれまでだと思っている。
死。それ以上でも以下でもない。だから、生きているうちに出来ることをするべきだと。
「お墓参りに行くのも、そういうことなんだって思っているから。人を、忘れないためだよ。
人の記憶に残れるって、幸せなことじゃない?誰かが覚えてくれていたら、嬉しくない?」
「ふーん……」
筑波は曖昧に頷いた。
「死んじゃったら、誰かの記憶に残りたいな」
そういう宮穂は、どこか寂しそうだった。
「死なないでほしい」
「あはは、マジにならないでよ。……うん。ごめんね、死なないよ」
宮穂は謝るように、ぎこちない笑いを見せた。
宮穂と神社の傍を歩いていたときのこと。
二人の右手側に神社があり、神社の傍に団子屋さんがあった。
店の表に椅子がある。筑波と宮穂は、団子を食べていこうとお互いに提案した。
草団子を二つ注文した。
注文を待っている間に椅子に座るように店員に勧められたので、二人は椅子に座って待った。
「宮穂は団子が好きだから良かったね」
筑波は宮穂の好物が団子であることをよく知っていた。
「うん、とっても嬉しい。団子食べてるときって、幸せなんだ……
逆に、団子を食べているのが苦痛の人もいるかもね。結局、食べ物の合う、合わないがあるように、人間色々いるんだよね。そう、たった団子一つのことでも、分かり合えなかったりするんだろうな」
「分かり合えることが重要?」
「そう思う。私と筑波が付き合っているのだって、波長が合うからでしょう?
無数の人間の中から、波長が合う筑波に出会えたんだ。それは、とても嬉しい。
妥協って、あるでしょう?誰しも、完璧な相手に出会えるわけじゃない。
このくらいなら、これくらいまで、って妥協して、そこから幸せが生まれる。
私は筑波ともっと分かり合いたい」
語る宮穂。
筑波は少し照れた。迷いのない宮穂の言葉に。
店員が団子を持ってきた。二つだ。
それにお礼を言ってから、宮穂は団子を食べ始めた。
「確かに宮穂と会えたのは嬉しいな……付き合うなんて、想像していなかった」
「うむうむ。素直でよろしい」
「取り消そうかな」
「やめい」
二人で笑いあった。
筑波は今でも、その団子の味と、宮穂の笑顔を思い出せる。
宮穂が死ぬまで、筑波は、人は死んだら終わりしかないと思っていた。
だが宮穂が死んだ後、宮穂の顔を決して忘れまいと、笑顔を、思い出せる。
それに価値があるだろうか、と筑波は思ったことがある。
価値の問題ではないかもしれない。
愛なのだ。
高校を卒業する前の頃。宮穂は、学校に通うのが難しくなっていた。
既に、受験は終わっていた。筑波と宮穂、両者共に、私立の大学に受かっていた。同じ大学だ。
だが、宮穂が病気を患ってしまった。呼吸器系の病気だ。
最初の頃は、息切れを訴えていただけだったが、徐々に事態は深刻化していった。
呼吸器を付けましょう、と提案された宮穂は、とてもショックを受けたという。
だが、治療すれば治るだろうと、高校を休む選択をした。
筑波も賛成した。宮穂に、良くなってほしかったのだ。
宮穂が病欠することは、すぐにクラスの皆に知らされた。
呼吸器系の病気である、とは明言されなかったが、突然の知らせにショックを受けた者たちもいた。
宮穂はコミュニケーション能力が高く、クラスでも人気者だったからだ。
筑波は、毎日宮穂の病室へ、お見舞いに行った。
宮穂は、会うたびに弱っていったようだった。
病室の白いベッドに横たわり、呼吸器を付けたまま眠っている様子は、
筑波をひどく不安にさせた。すぐにでも、宮穂が死んでしまいそうで。
そんな事を筑波が思っていると、眠っていた宮穂がゆっくりと目を開けた。
まつ毛が長い。綺麗な瞳だった。
宮穂の瞳が、筑波を捉えた。
すぐに、宮穂は枕元に置かれていたスマートフォンに手を伸ばした。
スマートフォンを操作する宮穂。話せないから、いつものようにメールを送るのだろう。
筑波に新着メール。
『いつも来てくれてありがとう』
そのメールを見て、何故だか、僕は泣いた。
何故だかわからない。でも、涙が止まらなかった。
この文面を見るのは何度目だろう。
なんで宮穂なんだ?
わからない。どうして。
宮穂は悪いことをしていない。
なのに奪うのか?
幸せを奪うのが神の仕事なのか?
運命を操って満足なのか?
どうして?
宮穂が、心配そうな顔で筑波を見つめている。
筑波は涙を拭った。
「何かしてほしいことはある?」
筑波は絞り出すようにいった。目の前の現実が、過酷だったから。
宮穂はそれを聞いて、静かに目を伏せた。
考え込んでいるように見えた。
そして、目を再び開いた。
自分のスマートフォンを操作し始める宮穂。
『筑波は漫画を書くのが得意だったよね?』
短い一文。それを見た筑波は頷いた。宮穂の意図はわからない。
頷きを見た宮穂は、再び端末を操作した。
『私の漫画を書いてほしい。二人の思い出として』
筑波は驚いた。確かに、筑波は漫画を描くのが得意だった。しかし、こんな事を言われるとは予想外だった。
だが、筑波はすぐに反応した。なんとしても宮穂の力になりたかったから。
宮穂を安心させたかったから。
「わかった。必ず描く。だから、元気を出して、宮穂……」
筑波は、横になっている宮穂の手を取った。
宮穂は、嬉しそうな表情をした。
空いている方の手で、端末を操作する宮穂。
『約束だよ。ありがとう』
その一文を見て、筑波はまた悲しくなった。そして、心に決めた。
必ず、宮穂の漫画を描こうと。
それからの事は、あまり思い出したくなかった。しかし、忘れたくない。
宮穂の病気は、徐々に悪化していった。
呼吸器をつけていても、苦しそうな表情を見せる事が多くなった。
『死にたくないよ』
そんなメールを受け取ることもあった。
筑波は、出来る限り宮穂に寄り添った。
宮穂からのメールが最優先。
どんなに忙しくても、宮穂から連絡があれば、すぐに返事をした。
だって、宮穂は一人ベッドで戦っているのだから。宮穂に出来ることは少ないのだから。
少しでも力になりたかった。また二人で歩ける日がくると信じていた。
そして、信じるということの無力さを、知った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます