エピローグ

 旧真島研究所での戦いから1ヵ月。あれから捜査0課から仕事の依頼は流れて来ない。それはこの比翼市にある特殊犯罪が無くなったことに他ならない。

「最近和光来ねぇよな」

 ワットソンがソファに寝転がりながらぼやく。

 来客用のものではなく一人用のソファなので何も言う気はない。

「そうなんですか? わたしはまだ詳しくないんですけど」

 先週から連理探偵事務所で住み込みで働くことになった紫水みこがワットソンに聞いている。


 あの後、紫水みこは捜査0課経由で警察病院で精密検査を受けたが、サヴァン因子の影響がどのように作用しているのかわからずじまいであった。

「サヴァン因子の影響はほとんどない」

 シャーロックがどれだけ調べてもサヴァン因子の影響がほとんどなかった。

「どういうことだ?」

 和光もなぜ紫水みこがサヴァン因子を持っているのに、それが発現しないのかに疑問を持っていた。

「わからん。記憶の混濁や欠落といった障害はあるが、ぶっちゃけそれ以外ほとんどない。ほぼ健康そのものだな」

 女性はサヴァン因子の影響を受けにくいということはシャーロックも和光も知っている。ただ、みこの場合状況が特殊すぎる。

 本来サヴァン因子はそれを発症する時に記憶の混濁や欠落が発生する。その現象があったにもかかわらず、サヴァン化していない。この状態が異常すぎる。

「経過観察するか?」

 和光が提案するが、シャーロックは首を横に振る。

「その辺は本人の意思を尊重しとけ。それにうちで抱えることになるんだろ?」

 シャーロックはあくまで探偵事務所として活動している以上、それ以外の面倒事を増やされたくなかった。

「ま、そんなもんだろうな。その時は頼むぞ。連理探偵?」

 和光はシャーロックの本名を呼び、背中を叩いて部屋を出ていく。

「カッコつけんなよ」

 すでに出て行った和光に対して悪態を吐く。


 紫水家が父子家庭だったことから、父親の真水が死んだことで、後見人がいない上に頼れる祖父母もいない状態で社会にほっぽりだすわけにはいかない。児童養護施設に入れるにも受け入れ先がない。だからと言って警察病院にいつまでも置いておくわけにいかない。となるとシャーロックたち連理探偵事務所で受け入れるのが、捜査0課としては都合がよかった。

「まあ、1人増えたところで困りはしないがな」

 探偵事務所を構えているビルは一棟丸々買い取って、事務所の上層階を居住エリアに改装していた。シャーロックとワットソンの部屋だけではなく、2,3人増えたくらい分は部屋はあった。

「クリス。それが終わったらこっちで新しい仕事を教える」

 クリスティーナ。それがみこの新しい名前だ。

 働かざるもの食うべからずということで、みこは探偵事務所の雑務を買って出た。その際に『探偵としてちゃんとした名前があった方がいいのか?』と聞いてきたからつけた名前だ。シャーロックがてきとうに思いついただけの名前だったが、本人は気に入ったようだった。

 クリスティーナの仕事ぶりとしては、異常なまでの記憶力を発揮し、ワットソンが覚えるのに数週間かかったものを半日で覚えてしまった。分からないことはシャーロックに聞きに来たりしてしっかりと職務を全うしていた。

「シャーロックは居るか?」

 クリスティーナに新しい仕事を教えている最中に、和光が探偵事務所の扉を開ける。

「久しぶりだな。和光」

 あの一件以降、和光たち捜査0課から仕事が回ってくることが無かったことから、クリスティーナに仕事を教えながら探偵業をしていた。

「事件だ。詳しいことはこいつを見てくれ」

 シャーロックが資料に目を落とすが、一見ただの連続殺人事件のようである。

「ガイシャが相葉、狗神、卯月、遠藤、大津。次は花奏が狙われる可能性が高いとでも言うのか? つーかこれは1課の仕事だろ」

 凶悪犯罪であれば捜査1課の受け持つ事案である。

「こいつは目撃情報が無い。だが被害者が増え続ける。防犯カメラにも犯人の手掛かりがないから捜査0課にまわってきた」

 目撃情報0で、犯人の手掛かりも姿も見えない不可視の殺人事件。捜査1課の手に負えなくなったのだろう。それでお鉢が0課にまわったようだ。

「わかった。うちで囲ってる人員増えたから色付けろよ?」

 クリスティーナは和光が持ってきたものだ。その分の給料は当然寄越した奴から貰う。

「わかってるその分はちゃんと出すさ」

 和光から言質を取ってから書類をクリスティーナに渡す。

「この事件の調査及び犯人確保を承った。無論殺害許可は出るだろ?」

「安心しろ。ぶんどってくる」

 シャーロックの言葉にツーカーの感覚で答え、さっさと事務所を出ていく。

「さて、クリス。今回みたいに警察から仕事が回ってくる。まあ、凶悪事件ばっかだから気を付けろよ」

 シャーロックはクリスティーナに説明しながら現場回りの準備をする。

「ワット。機材の用意15分後に出るぞ」

 比翼連理探偵たちは再び狂気を追い奔走する。

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比翼連理の探偵は狂気を追う みない @minaisan

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