岐阜県にはクリスマスが来ない??

コカトリス

第1話

 岐阜にはクリスマスが、来ない?!



 時は2021年……この県にはクリスマスというものがなかった。

『岐阜』……彼の地ではかれこれ200年以上前からクリスマスという文化が廃れて行った。その原因は……


『サンタクロース』という怪異なるものがいなくなってしまったからだ。

 人々はサンタが今年こそは来てくれる願いいい子にしよう!!や、いじめをしてはなりませんなど色々なことを試して見たがどれも効果がなく……次第に人々の意識からはサンタという言葉すら発せられなくなって言った。


「お母さん……サンタさんはもう来ないの」

「えぇ、そうよ……絵本で読んだあのサンタさんはもうこの地には来ないの……でもねサンタはきっと私たちのことを見ているはずよ。だからいい子にしてね? そうしたらきっとサンタさんが来てくれるはずだからね?」


 泣いている子供を母があれよこれよと慰めている。小さな子供には厳しいのかもしれない。毎年12月になるとこの噂でいっぱいになる。

 外国では盛大に行われているというクリスマスパーティーとやらをしてみたいと、若者たちが家々でやっているのだが、それもいまいちピンと来ないのか、直ぐに辞めてしまう。


 イルミネーションで飾られた商店街にはそんな若者がごった返しているのだが。そんな彼らの目はスマホを見つめまた、Twitterやインスタでのサンタの情報などを調べているのだろう。彼らの目は、死んだ魚のようだとどこかの詩人が歌いそうなものだが、彼らもきっと若者たちと同じような目をしているのだろうと思うと、少しだけ胸が痛むのかもしれない。

 簡単な事だ……希望という『サンタ』━━そんなものに縋りたくもなる程に現代という時代は人々にそれほどまでの影響を与えている。ということになるのかもしれない。


 これは、そんなサンタとは縁もゆかりも無いとうの昔に切り離された岐阜県民たちのささやかな物語である。

 そして、一人の男『榊凪』の軌跡の1つでもあるかもしれない……。



 榊凪は、缶づめを食べていた。特に好物といった訳では無いが、豆の缶づめを小さなフォークを使い器用に食べていた。ひよこ豆といったか?

 そこまで詳しくは知らない……ただ、小さい豆ということしか彼には興味がなかった。

 その男も、例に漏れず死んだような目をして虚空を眺める。サラサラと細かい雪が街中を侵食しようとしていた街中には佇み、表通りから少し離れたベンチで豆を食っていた。

「クリスマスか、くだらない……」

 そんな悲しい目をしながらボソボソと呟くのだ。


「お兄さん、何をしているのですか?」

 ロングコートを着ているまだ幼げな少女が彼に聞いた。彼は返す言葉がないと、黙りを決め込むようだが、少女がそれを許さなかった。

「お兄さんはなんでここで1人で缶づめを食べているのですか? 大切な人は居ないのですか?」


「それを聞いてどうなる……君には関係ないし、またそれを語ることをしたとしても君が得する訳でもない。さっさと母親の元に戻ったらどうかな?」


「ううん、私ねお母さんとはぐれちゃったの。だからお兄さん手伝って欲しいの」

「そうか……」

 食べ終えた缶づめをゴミ箱に捨てそっと腰を上げた。

「別に暇をしていたから」

「うん、知ってる。だからお願いしたの」

 妙にませているその少女は彼の手をとりひとつの話をするのだ。


「お兄さん、サンタさんって本当にいると思う?」

「━━……ん、、、どう、だろうな。もし仮にいたとしても今の俺には関係が無いかもしれない」

 男は言葉を濁らせ口を閉ざす。

「そう……」少女は何となく上を見上げるのだ。落ちてきたゆきをひとつ掴み、白い息を吐き出す。


「寒いね、お兄さん……本当に」

「そうだな……」


 数分も歩けば街中にでる。飾り付けられた蛍光灯の光がチラチラと脳を焼く、眩しすぎるのだ。今の彼には街中を歩く人もきっとそうなのではないだろうか、と彼は心做しか感じた。

「お兄さん……名前は?」

「子供に名乗るような名前は無いかもしれない」


「ふーん」


 少女は、手を離し一言


「お兄さんもきっといい子にしてたらサンタさんが来るって!! 信じようよ!! お兄さんはいい人だと思うから私は!! またね、名前も知らないお兄さん」


 少女は、どうやら母を見つけたらしく駆け足でそこへ走って行ってしまった。

 彼は胸の位置まで上げた手を振り焦る様な気持ちに襲われる。

「俺にも子供がいたらあんな感じなのかな……」

 くだらないと切り捨てた過去の恋愛なんかを掘り返して思い出して、白い息をはく。


 時計を見ると22時を回っている。


「そろそろ帰るか……」


 彼の家は市外からそこまで離れてはいないが、それでも歩いて15分はかかる。

 霜焼け気味の赤くなった手を擦り合わせ自販機で暖かい缶コーヒーを買った。チカチカとするような熱に手がやられ少し痒みを帯びる。

「ちっ」舌打ちし、蓋を開ける。白い湯けむりが空へと登る。

「そろそろ1年が終わるのか……」


 コートを今一度しっかりと羽織り体を震わせる。

(寒いな……)





 街を少し離れればイルミネーションなどは無いただの道となる。冷えかけてきたコーヒーを一気に煽り少しだけぬるい息を吐いた。


 白い雲で多い隠された満月。星なんかはひとつも見えやしない。

 ため息をつく。



 しばらく歩くと自分とそう対して年齢の変わらない男たちが赤い服とプラカードのようなものを握り話していた。


「あんたら、何をしているんだ?」



 彼の声に気がついたのか彼らはそっと振り返る。

「ん? あぁ、このカッコのことか? まあそうだよな。この時期にこんな格好ってあれしかねーよな」


 彼らはケラケラと笑いながら彼のものへとやってきた。

「おにいさん、この格好と言ったらあれしかないだろ」

「あれ?」

「そうだよ、クリスマスのサンタさんの格好だよ。それくらい分かるだろ」


 彼はそっと目を逸らし息を飲む。

「はぁあんた童話のサンタクロースってやつを読んだことねーのか? クリスマスの夜にプレゼントを届けてくれるあれだよ」


「あぁ、それくらいはわかる。小さな頃に母によく聞かされた話だからな……それでその格好となんの関係があるんだ」


 男たちは「はぁ……」と肩をおとし彼の肩に手をかける。

「あのなぁ……俺たちがクリスマスのサンタを忘れたらどうするんだよ!! そんなんじゃ子供たちに夢を与えられないだろ! 俺たちがこの思いや願いを忘れてどうす。それこそ本末転倒だ!!」


 彼らは熱い眼差しで彼を見る。その眼差しに一片の曇りもなく彼を『榊凪』を見つめるのだ。

「……」


「俺たちはな、子供たちに夢を配るんだ。今の子供たちの目を見たことがあるのか。夢をなくし、希望をなくし苦笑いだけが得意になったあの子たちの目をお前はしっかりと見たことがあるのか!! 俺たちはある。それが何よりも悲しくて辛いことくらい俺たちでもわかるんだ。だからこそ、俺たちはこうやってこの時期になったらこうやってサンタの格好をしてサンタはいるんだ!! いい子にしていたらきっと願いは叶うと伝えたいんだ!!あんたには無いのか、感謝されたことや、抱きしめられたことが。大切なものを守ろうと、努力しその夢を叶えようとしたものの背中を押した事があるのか!」


「おい、やめとけ。それ以上は良くない。俺たちの思いは夢は与えるものであって強制するものじゃない。彼には彼なりの思いがある。だから俺たちがどうこう言えるものじゃないんだ。晋助落ち着け」



 晋助と呼ばれた男は、「あぁ……すまない」といい彼の肩から手を離した。

「きっとあんたにも守るものがあるんだよな。頑張れ……俺たちが子供たちのサンタになれるようにな」


 彼らはそれだけを伝えその場からいなくなってしまった。

「……彼らにとってのクリスマスか、ふーん……」




 彼は少しだけ目線を上げて歩いた。


 街中はどこもかしこも騒がしいのに、こんな音すら聞こえなかったのかな……。

 はははっ、と彼は笑う。そんな自分に酔っているのでは無いかと、彼らの言葉を聞いて俺もなれるんじゃないかなと、酔っているだけだとなんども、なんども、なんども、なんども、言い聞かせる。

 自分には関係ないと、関わりがないと、無関心だと。訳もなく意味もなく言い聞かせる。

 それが誰のためになるとか、何かが救われるとそんな拙い思いで彼は自身にそう言い聞かせるのだ。


『関係ない』と……。


 それでも、人は瞬く間に夢を見る。一瞬でも目を閉じれば、『瞬き』をしてしまえばそんな夢さえ見せてくれるものなのだと、彼自身の体が心が答えるのだ。

 決して夢を見て空を見上げるのは悪くないと。

 救われる訳では無い。何かが成される訳でもないただの虚構に過ぎないが、それでも何か見えたような気がしたんだ。彼らのように熱くも、情熱的にもましてや思いを伝えられる訳でもない。


 まあ、そんな思いも捨てたものじゃないかな?と。


「そこの少年、すこし話さないか?」


 街灯の下にある古びたベンチに一人の翁が居た。

 季節柄なのか赤い服を身にまとい、ヨボヨボな皮と骨しかないような手で杖を持つ。

 それでも、その目は腐っておらず、先程あった彼らのような熱い目をしていたのだ。


「どうか、したんですか。俺になにか?」

「いや、これといって何かを話したいという訳では無いんだ。ただ、サンタを知っているかと」


「……」知っている。嫌という程知っている。夢を与え、子供たちを笑顔にするかけがえのない存在だということを彼は痛いほど知っていた。

 そして、200年もの空いた人々にプレゼントを配らなかった怪異ということも。

 人々の心から忘れ去られようとしている亡霊の事を。



「少年……君はサンタをどう思う」

「どう、とは?」


「具体的に聞いている訳では無いよ。もしサンタが居たら……だよ」

「そうですね……愛する━━いえ、隣人達に配る幸せをなぜ怠った。のか、ですかね」


「そうか、そうか……」


 翁は彼に手を伸ばす。

「サンタに興味はないか? なんて野暮なことは言わない。夢を配らないか?」


「いえ、そんな気分では……」


「そうか……わかった。ただ、一つだけ助言をさせて欲しい。愛するものには早めにその言葉をかけてあげなさい。それがあなたの大切な人が求めているクリスマスプレゼントだから……さぁ行きなさい。少年よ」

 翁はニコリと微笑み彼を行かせる。


 その笑顔は屈託のない少女のような笑顔だった。

 まるでどこかで見たことのあるような、優しい笑みだった。



 ◇


「ただいま……」


「おかえりなさい」


 テーブルに並べられたいつもより少しだけ豪華な食事……。

 そうか、今日はクリスマスイブだったのか。


「母さん……」

「ん? どうしたの。いきなりかしこまっちゃって」

「いやさ、母さんはサンタさんのことをどう思う?」



 母は、「んー」と悩みひとつ教えてくれた。

「そうね……」


 母は昔のことを語り出した。

「母さんねお父さんを無くしてからあなたを女手一つで育ててきたの。あの頃は辛くて泣きたくて怖かったのよ。でもね、凪くんがね言ったの。サンタさんが母さんを幸せにしてくれるって。あの時母さん笑っちゃった。だってあんなにも真剣な凪くん見たの始めててね、でも母さん嬉しかったな。あんなに目をいっぱい見開いて母さんに思いを、願いを伝えようとしてくるんだもん」


 スルリと、一筋の涙を落とした母は「あらごめんなさい、昔のことを思い出しちゃって、ささ、今日はクリスマス・イブなんだから美味しい物食べて早く寝ましょ、そうすればきっとサンタさんがプレゼントを届けてくれるはずよ」


「うん、わかった。母さん……」



 チキンにお刺身、色とりどりのオードブルがテーブルに並ぶ。

 甘ったるいケーキは冷蔵庫に入っていて今か今かとその出番を待ちわびていた。


「ねぇ、母さん」

「なあに?」

「今までさ、言えなかったんだけどね」



 彼はふと昔のことを思い出した。サンタさんはいるんだって泣きわめいた幼い頃のことを。

 母を何度も困らせ泣かせてしまった夜のことを。

 働きずめで体を壊してしまったあの朝の事を。

 こんな、出来損ないの息子をここまで1人前に育ててくれた母の涙が、頭をよぎる。

(あぁ……この人が母さんで良かった。色々迷惑を掛けて泣かせて、辛かっただろうにいつも笑顔で大学まで行かせてくれて……)


「母さん……今まで育ててくれてありがとう。こんな出来損ないの息子を愛してくれてありがとう。これからもさ、迷惑かけたり困らせたりするかもしれないけど、その時は叱って欲しいかな……えーと、だからそのね……」


(あれ、涙が……)


 大粒の涙がポロポロとズボンを濡らす。泣くつもりなんてなかったのに、最後まで伝えないのに、言葉が出てこない。『愛してる』っていう言葉が出てこない。ありがとうって言いたいのに上手く口が回らない。


 手が震え、ガタガタと背筋が揺れる。

「もう、どうしたのよ……」

 母さんの顔を見ると顔を真っ赤にして涙を流していた。鼻水もズルズルで綺麗に化粧された顔が台無しだよ……。


「かあさん……あのね……おれ━━じゃなくて僕はね、母さんを……あ、、あいしてるから。誰よりも大好き、、、だか、ら」


「うん、うん……ありがとう。母さんも凪くんを愛しているからね。だからケーキ食べよ? このままだとしょっぱいケーキになっちゃうからね!」

「うん……ありがとう。食べる」

「よしよしそれでこそ私の息子よ!!」


 切り分けられたショートケーキは今まで食べたどんなものよりも美味しかった。甘くて、でも少しだけしょっぱい不思議なケーキだった。






 ◇


「母さんはもう寝るね。おやすみ凪くん」

「うん、母さんおやすみなさい」


(サンタか……あの爺さんまだあそこにいるのかな?)



 いても立ってもいられず、布団から出た。


 玄関を開け、顔をあげた。


「どうやら、感謝の言葉は伝えられたようだね。それでどうするんだい?」

 翁がいた。

 丸メガネに白い髭。

 赤い服装が良く似合うサンタさんがそこにいたのだ。


「あんたが、サンタさんなのか……」

「元サンタだけどね……今まで済まなかった。私はもう皆の元にプレゼントを届けることが出来なくなってしまった」

「そう、なのですね」

「そうだ……それで、決心は着いたのかね」


 青年は優しい目をしていた。

 もう、思いに決めた事を翁に言ったのだ。


「俺がいえ、僕がサンタになります。そしてみんなに幸せを配りたい。もうあんな目は見たくない」


「そうかそうか」翁はそういい背を向けた。


「僕はどうしたらいいんですか」

「簡単な事だよ。この手を取ればいい。それだけでいいんだ」


 そして、繋がれる2人の手は……






 12/24日の夜。その町にベルの音が鳴り響く。人々はサンタの復活だと、祝い空を見上げた。

 あるものは酒を飲み、あるものは靴下をベットに括りつけたりしていた。




 ◇


「ん、ん〜よく寝た。さて、凪くんか寝てる間に朝ごはんでも作っちゃいます……か」


 母の視線の先には大きめの靴下がぶら下がっていた。

「えぇ……何かしら」


 その靴下の中には、1枚の写真立てが入っていた。

 そこに映っている3人の写真……。


「そう……サンタさんが来たのね。そう……」




 テーブルの端に飾られたその写真立てには笑顔の3人が映っていた。誰が映っているなんて言わずもがなだろう……。そんな野暮なことは誰も言わないだろう。だが、これで家族3人で毎日朝を迎えられる。

 そんな、クリスマスだった。


 メリークリスマス!!

 多くの人達に幸よあれ!!!








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岐阜県にはクリスマスが来ない?? コカトリス @Yamatanooroti

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