23
公園に着くと、こーきが誘っていた友達が集まっていた。
私達が来たことに気付くと、早速何をしようかと口々に話し始める。
「ボールはあるぜ!」
「じゃあ、ドッチボールか?」
「ならサッカーしようぜ!」
「え、このバレーボールでか?」
「んもぉ~。なんかあるか? こーき」
「みくもいるし、鬼ごっこでよくないか~?」
あえてボール遊びにしない理由は、私があんまりボール遊びが得意じゃないからだと思う。
私もちゃんと楽しめるように、こーきは考えてくれているみたい。
「んじゃあ、鬼決めよ―ぜ」
「おー! じゃ~ん、け~ん、ぽん!」
ほとんど前触れもなくじゃんけんの掛け声が始まり、みんな慌てて手を出す。
結果は…、掛け声をしたこーきが、まさかの一人負けしていた。
「うへぇ~! 俺が鬼かよ~」
「ふいうちじゃんけんするからだよ~」
「それじゃあ、い~ち」
「はやっ! セコッ!」
「みんな! にげろ~~!」
遊具に上ったり、木の陰に隠れたりと、公園から出なければなんでもありルール。
鬼のこーきは、目を瞑って三十数えている。
ボール遊びは苦手だけど、隠れるだけなら自信がある。
この小さなウサギの家みたいな遊具の中。ここは外から見つけにくいから、こーきなら私を見つけられないはず!
「うしし…。バレない、バレない~」
鬼ごっこで隠れるのはルールでダメってなってないし、見つかるまでここにいようっと。
でも…、見つかるまで暇だなぁ…。
そうだ! 最近読んだ絵本に出てきた、変な動物でも書こうかな。
えぇ~っと…。『ばく』だっけ?
私達の寝てるときに見る夢を食べるって生き物。
どうやって食べてるのかな? 夢の中に入ってきてるのかな?
絵本には吸い取るって書いてあったけど…。
地面に豚みたいな丸い身体に、像みたいな長い鼻をもつ生き物を書いてみる。
たしか…、こんな感じだった気がする。
「ありゃ? 口ってどこだっけ?」
一回消して、もう一回書き直してみる。
だけど、さっきとあんまり変わらない『ばく』がそこにいた。
「こーきに聞いたら分かるかな? こーきから借りた絵本だし」
鬼ごっこの真っ最中なのを完全に忘れ、遊具の下から這い出る。
「「……あ」」
這い出た先で誰かと目が合ってしまった。なんだけど…。
「みく! そんな所にいたのかー!」
「鬼ごっこの最中だった!! 逃げなきゃ!!」
「待てーーー!」
まさか、こーきがこんな近くまで探しに来ていたなんて。
とりあえず、捕まらないように逃げないと!
だけど、女の子は男の子より速く走れないし、体力も先にバテ始める。
あっという間に捕まっちゃう~~っ!
このままじゃあ、公園の入り口のところらへんで追いつかれ…。
…。
ん? あれって……?
私の目線の先には、後ろ足を引きずっている黒猫が、公園の入り口前にある横断歩道を渡っていた。
その黒猫は上手く歩けそうになく、その場でよろよろと倒れ込んでしまう。
…横断歩道の真ん中で。
見るからに弱っている黒猫は、自分の力じゃあ起き上がれなさそう…。
…助けなきゃ!
そう思った私は、鬼ごっこをしていることも、鬼ごっこのルールのことも完璧に忘れてしまっていた。
あの黒猫ちゃんを、助けないと!!
「ん? みくっ!? 外はナシだぞッ!?」
後ろでこーきの私を呼ぶ声が聞こえる。
大丈夫。黒猫ちゃんを助けたら、ちゃんと鬼ごっこに戻るから。
そう思っていたのだけど…。
横断歩道の真ん中で黒猫ちゃんを抱き上げると、こーきの叫び声が変わる。
まるで怖いものを見たみたいに………。
「みく!! 車!!!」
……え?
今、車が来てたとしても赤信号で止まるのに。
こーきは何言ってるんだろ……、う……?
首を傾げながら左を向いてみると、止まる白い線を越えて私の方へ向かって来るトラックが、すぐそこにいた。
私の見てる信号は青なのに…?
逃げないと。なんて考えている余裕もなかった。
だって…、もうすぐそこに、トラックが来てるんだもん…。
そんな私は次の瞬間、強い衝撃に襲われる。
……背中の方から。
一体、何が起きたのか全く分からない。
なんとなく分かることは、膝や肘から痛みと一緒に血が流れていることだけ。
…。
…黒猫ちゃんは!?
慌てて抱きかかえる黒猫ちゃんを見てみるが、足以外は問題なく元気みたい。
よかった…。
信号を守らないトラックは危ないなぁ………………。
…。
……。
あのトラックは、もうどっかに行ってしまった。
トラックの走って行った場所に私が立っていたら、きっと死んでいたかもしれない。
確か……。私の後ろにこーきがいた…、よね?
よく見てみると、赤い何かの線が道路にいっぱい飛び散っている。
まるで絵具みたいな、赤い水がいっぱい。
その線の先には………………。
「こ…、こ…、こーきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!?」
横断歩道のずっと向こう。そこに倒れ込むこーきの体から赤い水が…。
そうだ…。あれは血だ…。
こーきは私をトラックから守ろうとして…、怪我したんだ…。
それも、たくさん血が出るくらい。
急いでこーきに駆け寄るけど、こーきはぐったりしていて、なかなか起き上がらない。
肩をゆすってみるけど、なんの反応もない。
ただ、私の服と手が真っ赤になっていくだけ。
どうしよう…。こーきが何も言わないなんておかしい…。
………。
――最悪の考えが浮かんでしまう。
まさか…、こーきは…、死んで……。
「あぁ。そうだ。その男は死んだのだ」
私の目の前に突然現れた鼻の長い変な動物? は、こーきを前足で踏むように立っている。
そして私を見下ろすように見てくる。
今の声は…、この変な動物?
そんなわけ…。
「人間とは実に脆い。こんな矮小な生命体が存在しているなど…」
なんだかよく分からないけど、悪口を言っているのはこの変な動物だ。
しかも、ずっとこーきを踏んで…!
「止めて! こーきを踏まないで! それに…、こーきは死んでなんか…」
「分からんのか。これほどの出血をしていれば、もう助からん」
「嘘、嘘、嘘、嘘、嘘! こーきは死んだりしない! この血も全部…、ただの夢だよッ!」
だって…。だって、私と『けっこん』するって約束したんだもん…。約束したばっかりだもん…。
「愚かな…。人間は決まって、己が不幸を全て夢の所為にし、己が非を認めん。現に貴様を助けた為に、この餓鬼は死んだのだぞ」
「あうぅ……。いやぁ…。いやぁ…。こんなの夢なの……」
「フン…。貴様も所詮は人間…」
夢なの…ッ! 全部、あの『あくむ』っていうやつなの…ッ!
だから…。だから……ッ!
「『ばく』なら…、こんな悪夢を食べてくれるのに…!」
「!?」
あの絵本が本当なら。
『ばく』がいるなら…。
私を…、助けて……。こーきを…、助けて!
「…貴様。軽々しく下らんことを吠えるな! なんの覚悟も持たん愚者如きが!」
さっきまでとは違う態度と大きな声を上げられたせいで、思わず息が詰まってしまう。
怒りの感情が…、ひしひしと。
でも…、負けないっ!
「覚悟ならできてる!」
「~~~ッ!」
「……。もしかして…、あなたは…、『ばく』?」
今更、豚のような丸い身体に長い鼻の見た目に気付いた。
もし、本当の『ばく』なら…。
「私ががんばったら、こーきは助けられるんだよね!?」
「な、なぜ…、それを…?」
「絵本に書いてあったの! 『ばく』はげんじつを夢にして食べれるって。でも、それをお願いした人はとっても大変な事をしないといけないって…」
「絵本…、だと…?」
こーきがくれた絵本。
その絵本はこーきのお父さんの、お友達が書いたらしい。
私には難しいお話だったけど、ちょっとだけ分かったことがいくつかあった。
『ばく』は夢をつかさどる? 神さまだってこととか。
げんじつを夢にできるけど、大きな『だいしょう』? があるとか。
もしみんな本当なら…、私は……。
「ねぇ! お願いっ! 私…、なんでもするから! 苦しいこと、辛いこと、なんでも我慢するから……。だから……、こーきを………、助けて……………」
お母さんと約束したんだもん…。
―こーきを守るって―
こーきと約束したんだもん……。
―けっこんしようって―
「……汚い欲だな。自己犠牲が美徳だとでも言いたいのかッ!?」
怒ったような言い方と私を睨む目が怖くて、より涙が溢れてくる。
だけど…、泣いていられないの…。
「私は…、こーきがいないとイヤなの…。こーきがいない毎日なんていらないの…。だからお願い…。私にこーきを助けさせて……」
「……ッ! そうか…。貴様の欲はそれか…」
「えっ…?」
一人で何か納得する『ばく』は私の右手を鼻で持ち上げると、手のひらを撫でる。
何かを書いているみたいに。
そして私の目を見つめてくる。さっきまでの怖い目じゃなくて。
「…非礼を詫びる。貴様の欲はヒトそのものの欲だが…、我の目もだいぶ曇っていたようだ。貴様の欲の根底。そしてその覚悟。我の絵本に何が記されているのか知らんが、貴様を愚弄した我はもっと愚かだった。…いいだろう。その餓鬼を救ってやろう」
そう言って、『ばく』は私の体の中に入っていく。
「えっ? えっ? えぇぇぇっ!?」
目の前から『ばく』はいなくなったけど…、本当に私の体の中に入っちゃったの!?
やっぱり……、絵本の通りだ。
「先に言っておくぞ。餓鬼を救うのは今だけではない。それに伴う苦痛も今だけではない。貴様の一生をかけて足りるかどうか…。その覚悟。ここが最後だ。本当に貴様は絶えられるのか?」
『ばく』の声が耳からじゃなくて、体の中から聞こえる。
なんだろう…。この安心感みたいなの。
「もっと簡単に言ってよ…」
「…ハァ。死ぬまで餓鬼を助け続けられるのか?」
「あっ、うん! 頑張るっ!」
私が…、絶対…、こーきを助けるんだっ!
「こーき…。病院から帰ってきたら別の人みたいになっちゃった…」
「恐らく精神が不安定なのだろう。我らの生み出す夢が不安定なせいもあるだろうがな」
「…私達なら、できるよね?」
「今の負荷だけでも貴様には十分なはずだ。これ以上は…」
「負けない。こーきを守るって決めたんだもん!」
「…そうか」
私が頑張ればこーきを守れるんだ。
だからなんだってする。したいんだもん!
「皇輝の記憶は…、なんとかできてる…、けど…ッ!」
「餓鬼が起きている間は無理をするな。貴様の体と精神がもたんぞ」
「かまうもん…、か! 皇輝は私が……ッ!」
「私もだいぶ慣れたよ…。高校生にもなるとね」
「だからと言って無理はするな。貴様は餓鬼のためなら…」
「改めて言うけど、私はみく。皇輝は餓鬼なんかじゃない」
「…」
私がしないといけないことが何個か出てきたけど…、皇輝のためなら頑張れる。
今までは立って歩くのも結構しんどかったけど、もう大丈夫。
皇輝の書き換えた記憶の証人…。
友達を…、用意しないと。
私じゃダメなのが…、惜しいけど……。
「まだ、頑張れる。まだ…」
「…不躾だが、あえて言うぞ」
「なになに?」
「餓鬼…。いや、あの男に会ったらどうだ?」
「だ、ダメだよ…。だって私もあなたももう…、でしょう?」
「今、あの男の記憶の中にお前はいない。なら問題はないと思う。…これではさすがに、お前が浮かばれなさすぎる」
「うふふ。丸くなったね~」
でも…。いいかなぁ…?
ずっと関わらないようにしてきたのは、正直辛かった。
結婚したいなんて言っていたのに、実は記憶から私を消すようなことまでした。
理由は…、分かるよね?
それを皇輝に知られるわけにはいかない。だから、存在ごと記憶から…。
「あくまでも他人。なら、どうだ?」
「ここで気を緩めると私…、ダメになっちゃうよ?」
「たとえ神が許さずとも、我はお前の味方だ。南みく。己が欲に忠実になる権利がお前にはあると、我は思う」
「じゃあ…、ちょ~っとだけ……」
いつもは座らない、窓際の席。
ここからなら皇輝がしっかり見えることは把握済み。
…気付いてくれるかな?
……気付いて、ほしいな。
「ああぁぁぁ…。やりすぎたぁ…。夏祭りに一緒に行くことになっちゃったぁぁ…」
「……」
「なんとか言ってよ~。勢いでやりすぎたって言ってるのに~」
「もう…、先はないぞ」
「……そか。はっきり言われると、きついもんなんだね」
「我からはもう何も言わん。ここまで耐え抜いて来た結果が現れただけだ」
「冷たいのか、優しいのか分かんないよ…」
「フン……」
このタイミングってことは…、本当に近いんだね。
見積もって二、三日かな?
人生で一度、あるかないかの余命宣告かぁ…。
「ごめんね。こんな無茶に十一年も付き合わせて」
「謝るな。お前という人間に、我は己の愚かさを知れたのだ。それに、この十一年はお前の努力と覚悟の結晶だ。胸を張れ。そして…、悔いを残すな」
「うふふ。…ありがとね。あなたのおかげで、私の人生に意味がもてるよ」
「馬鹿を言うな。生ある者の時間に無意味など元より存在しない。お前も例外なく…、な。それと…、感謝しているのは我の方だ。いままでよく……、頑張った」
いつになくしおらしい態度の獏。
私の最期は獏の最期でもあるからかな?
でも…、不思議と怖くない。死ぬって意味がはっきり分かってないからだと思うけど。
もしくは…、死よりも怖いものがあるから?
……きっとそうなのかもなぁ。
一人で歩く帰り道。
行き道は二人で、同じ歩幅で、歩いていたのに…。
でも…、仕方ないよね?
大事なことは何も言わないで、不用意なことばっかり言って。
やっぱり私ってダメだなぁ…。
勝手に舞い上がっちゃったりしてさ。
あぁ…。止まんないよ…。
今までどんなに苦しくても、涙だけは流すまいと耐えてきたのに。
止まんない…。止まんないよぉ…。
浴衣が…、濡れちゃうのに…。
「うわ~~ん。わだじぃ…、皇輝に嫌われぢゃっだよぉ…。やっばり…、わだじ……」
「……」
「うっぐ……。やっぱり…、ぐすっ。会わないほうがぁ…、よがっだのかなぁ…?」
「……なら、あの男はもう諦めるのか?」
「いやだよぉ…。ずきだもん……」
「人間の感情とはままならんな。面倒の一言に尽きる」
「うわ~~~~~~ん!」
「……」
取り壊しが決まってしまい、敷地の半分は更地になりかかっている琴城小学校。
立ち入り禁止の張り紙やフェンスを乗り越えて、私と皇輝の大切な教室になんとか潜り込めた。
教室は私が使っていた時と学年が変わらないからか、机の高さも当時と変わってない気がする。
もう何年も前の記憶だから、うろ覚えでしかないけど。
教室内を何周かグルグルした後、ふと黒板の端の日直欄に目がいった。
基本、日直は二人一組。
それをよく相合傘まで派生させていたなぁ…。
日直欄でそんなことしちゃいけないのは分かっているんだけど。
本来の半分程度の長さのチョークを手に取り、日直欄に「南みく」と「四ノ宮皇輝」と横並びに書いてみる。
「今…、世界から私の存在が消え始めてるんだよね…。これも消えちゃうのかな…?」
「お前が肌身離さず持ち歩いていた例の指輪は、何故か残っていたがな」
「じゃあ、これから…、消えるのかな?」
「さぁな。だが残るとすれば、あれはカギになりうるだろうな」
「なんの?」
「お前の存在を記憶する…。或いは思い出すカギに」
私と皇輝との婚約指輪。
私に関わる全てが綺麗に消滅し始めている中で、もし…、あれだけでも残ってくれるのなら……。
……私はきっと、「幸せ」だなぁ……。
やっぱり、最期が近づいてくるとどうしても色々と行っておきたいところが出てくる。
そんな中で一番訪れたい場所は…、私の物語の第一章でもある事故現場。
ここを…、最終章に選んだのだ。
私が黒猫を助けようとしたから…。
皇輝達の鬼ごっこのルールを破ったから…。
皇輝が私を、最初に助けてくれたから…。
始まりは突然とはよく言ったものだけど…、せめて終わりは自分の手で、自分の望んだ形で。と思う。
「ねぇ。私の最期の我が儘…、いい?」
「…我に出来る事なら、なんでもしてやる。そういう誓いを立てただろう」
「ふふっ。そうだね。…じゃあ、お願い。私の残りの魂、全部使って欲しいの」
「…あの予知夢の為か?」
「…うん。念には念を…。だからね」
いつか見た私自身の夢。たった一度しか見なかった夢。
そこには今より少し歳をとった皇輝が、ここで事故に遭う内容の夢だった。
ただの予知夢は予知能力など全くなく、大した意味などないって獏は言うけど…。
夢を見た時、既に私には獏の力があった。だから、ただの予知夢で済ましたくない。
皇輝を守るって決めたんだから、最後まで…。
「次に皇輝を守れたら、もう皇輝が狙われなくなるんでしょ? それじゃあ、最後の踏ん張りどころだよ!」
「それを…、我に任せるのか?」
「私が残ると色々と面倒でしょ? それに…。あなたの事、信じてるから」
「~~~~ッ! ……馬鹿者が」
これでいいんだ。
私が好きな皇輝には、明るい未来が待ってるんだから。
一緒に…、隣で……、未来に向かって歩けないのは残念だけど。
私の他に好きな子ができて欲しくないけど。
それでも…、私は皇輝の幸せの為なら頑張れる。…頑張れた。
またね。は言えないから…、これだけは言わせて欲しいな。
「ずっと…、大好きだよ。今までも…、これからも…」
終
白い街の夢 ゆーせー @you_say
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