22

エピローグ

同じような造りの住宅街からスタートして、いつも通りの道を進む。

寄り道、回り道なんかせずに、朝礼の時間に間に合うように登校しないといけない。

あ~あ。学校なんて飽きたなぁ~。

みんなと一緒に公園で遊ぶ方がよっぽど楽しい!

だけど…、ちゃんと学校に行かないと怒られるし…。

うん…。楽しいことの前は、ちゃんとしないとねっ!

この信号を渡れば、すぐそこが小学校。

他の生徒たちの波に乗って門をくぐり、目線と同じ高さにある靴箱から上履きを取り出して外靴と履き替える。

三年生だから、上履きの底は黄色。

私、黄色が一番好きな色なんだ~!

「あ、おはよー! みく!」

「おはよ~。こーきは朝から元気だね~」

手を大きく振りながら近づいてくる男の子が一人。

先日、将来結婚しようと指輪を渡してきた子。

玩具の…、黄色の指輪。

自分でも驚くくらい嬉しくて、今もランドセルの内ポケットに無くさないように大事にしまっている。

とは言っても、結婚なんて遠い話。

お父さんとお母さんになるってことだもんね?

う~~~~~ん。よくわかんないな~?

でも……。

「みくは元気ないのか~?」

今まで何ともなかったのに、こーきに名前を呼ばれるとドキッとするようになった。

それに、こーきって呼ぶのも少し恥ずかしい。顔を見るのも…。

なんでだろう? 顔が…、熱い……。

そんな私と違って、こーきは普通みたい。きっと、私の異変はこーきのせいなのに。

「大丈夫だけど……。その……、前に言ってた、けっこん…」

「おう! しようぜ!」

「ちょっ、ちょっと待って!」

「お、俺じゃダメなのか…?」

「だ、ダメってわけじゃ…」

まるで子犬の様にしおれるこーき。そんな顔をするのは…、ズルい。

……もう!

「分かった! こーきと『けっこん』してあげる!」

「お、おおぉ! マジか!?」

たちまち笑顔が咲き誇る。なんてころころと表情が変わる子なのか。

そんなに嬉しい感情を露にされると、私まで嬉しくなる。

だって…、こーきとずっと一緒ってことだもんね?

「やっぱり、黄色のゆびわにしてよかった!」

「え?」

エッヘン! とか言って胸を張るこーき。

「みくって黄色が好きだろ? だから、黄色のゆびわが出るまでいっぱい頑張ったんだよ~。母さんのお手伝いとかしてさ」

ランドセルの中から、数十個の指輪を床にぶちまける。

その色は赤や、青や、緑や、黒…。白色に至っては四個もある。

これは確か…、駄菓子のおまけだったと思う。一個百円くらいのラムネの駄菓子の。

小学生の手には少し高い物を…、こんなにも。

お手伝いってことは…、お駄賃ってことかな?

私の好きな色が出るまでずっと……。

……ドキッ……。

……。

…。

広げた指輪を全部、人差し指に着け始めるこーき。

曲げづらくなると分かっていながら、頑張って指を曲げようとしている。

おバカというか、なんというか。

ほっとけない。私が一緒にいてあげないと。

…違うか。

私が一緒にいたいんだ。

初めての感情だけど…、嫌じゃない。

これが………、好きって感情なんだなぁ。

「みく?」

「は、はひっ!?」

そう意識し始めてしまっては、こーきと喋るのも緊張する…。

「今日の放課後。みんなで六角公園で遊ぼ―ぜ!」

「う、うん! 楽しみ!」

「よしゃー! みんなも誘おー!」

「あ、まだ言ってなかったんだ…」

バタバタと他の教室の友達に声をかけにいくこーき。

まだ朝礼も始まっていないのに…。

「って、ゆびわ外さないと先生に……」

足の遅い私がこーきに追いついた時には、既に先生に見つかっており、指輪も没収されていた。

呆然と立ち尽くすこーきの背中が見える。

全く…、放っておけないんだから。

「ほら、教室行こ?」


五時間目の授業が終わって、やっと迎えた終礼。

あれからこーきは毎休憩時間、いろんなクラスに行き、友達に声をかけていた。

聞いた限り集まった人は十数人いるらしい。結構おっきなことが出来そうで、今から楽しみ!

ドッチボール…。かくれんぼ…。缶蹴り…。鬼ごっこ…。

いろいろと案を考えているが、これはほとんど隣を歩く子の案。

「みくも何かないのかぁ~?」

もう二度と学校に持ってこないと約束して返してもらった指輪を、全部の指に着けている子。

なぜかこーきが一緒だった。家は反対のはずじゃなかったっけ…?

「か、考えてるけど…」

こーきがいると、緊張とか恥ずかしさで何も考えられない。

それに、私の家に向かっているのにこーきが一緒にいることが分からない。

「この先がみくの家だったよな?」

「そうだけど…、なんで私の家に来るの?」

「みくのお母さんに挨拶しないとだろ?」

「なんて?」

「けっこんしますって」

「今からするんじゃないでしょ?」

「そうなのか?」

「う~ん…」

よく分からないけど、私のお母さんとこーきは仲良しだから、会って聞いたらいいか。

その後もずっと遊びの案を出し合っていたら、いつの間にか家に着いていた。

普段、学校までの見慣れた光景に飽き飽きしていたけど、こーきと喋っていたら、その道のりもあっという間だった。

似たような家が立ち並ぶ中の一つ。特徴は、黄色いポスト。

そんな私の家を視界に捉えると、丁度二階のベランダで洗濯物を取り込んでいるお母さんが、私たちに気付いて大きく手を振っているのが見えてきた。

「おかえり~。皇輝君も一緒なのね~」

「みくまま~! 俺、みくとけっこんするよ~!」

「あらまぁ! とりあえずお上がり~」

「はーい! お邪魔しま~す!」

まだ家の中じゃないのに、大きな声で喋る二人。

お隣さんも誰も見ていなかったからいいけど、ちょっと恥ずかしい。いつもこんな感じだけど。

お母さんがドアを開けてくれて、一番に乗り込むのはこーき。

これもいつも通り。だけど、今日のお母さんはちょっと違っていた。

「皇輝君。お話があるから手を洗ってきてね。おやつもあることだし…、ね?」

「はーい!」

「みくも一緒よ?」

「…お母さん、怒ってる?」

さっきまでと雰囲気が違うお母さん。私を叱る時とちょっと似てるけど…。

私の質問に、お母さんは笑顔で大きく首を横に振る。

「怒ってないわよ。少し…、いや。結構喜んでいるの」

「そうなの?」

「そうよ。だからみくも早く手を洗ってらっしゃい」

「分かった!」

何が嬉しいんだろう? よく分からないけど…。

こーきと私。手を洗い終えた二人で、リビングの大きなテーブルを囲む。

お母さんは二人分のおやつに、ロールケーキを出してくれた。

生クリームとチョコレートの二種類。

私は生クリームの方で、こーきはチョコレートの方を選んだ。

こーきは根っからのチョコ好きで、バレンタインの日はよく泣いて喜ばれた。

リンゴジュースを注いで持って来てくれたお母さんは、私達が食べ終わるのを待つかのように、一緒にテーブルを囲んでいる。

その顔は今まで見たこともないくらい穏やかで、ニコニコしている。

そんなお母さんを気にせず私より早くロールケーキを食べ終わったこーきが、コップに残ったジュースを一気に飲み干す。

「プッハ~~~~! ごちそうさまでした!」

「お粗末様でした」

「おいしかった! みくまま、ありがとう!」

「いえいえ。…皇輝君。お話いいかな?」

「うん! なになに?」

どんなお話をこーきとするんだろう?

ジュースを飲みながら二人の会話を聞いておこう。

「皇輝君は、みくのこと、好き?」

「うん! 好きだ!」

「それは、ロールケーキが好きとかじゃあなくて?」

「う、う~ん…。好き…、すき?」

頭を抱えだすこーきを見て、お母さんがそっとこーきの頭を撫でる。

「ごめんごめん。イジワルな聞き方だったね。それじゃあ…、うん。さっき結婚するって言ってたよね?」

「言った!」

「みくとず~~~~っと一緒にいたいってこと?」

「そう! いっしょ! だからゆびわをあげたんだ!」

「指輪?」

お母さんが不思議そうに首を傾げる。あ、そっか。

指輪のこと、まだ言ってなかった。

「ちょっと待ってね。取ってくる」

コップに残ったジュースを飲み干して、ランドセルの中にしまっている指輪を取りに行く。

その間にお母さんは食器を片付けてくれていた。

「これ。こーきに貰ったの」

「これを皇輝君が?」

「エッヘン! けっこんゆびわだよ!」

じっと指輪を見つめていたお母さんは、何か思い出したように「あっ!」と声を出す。

その声に私もこーきもちょっと驚いてしまう。

「あ、ごめんね。でも…、そっかぁ。うふふ。みくは、指輪を貰って嬉しかった?」

「うん! 私のために黄色の指輪にしてくれたもん!」

「そっか~。…うん。分かったわ。二人の気持ちが。でもね皇輝君。結婚は十八歳からなのよ」

「ええっ!? じゅうはっさい!?」

「今は九歳でしょう? だからまだまだず~~~~っと先なの」

絶望に肩を大きく落とすこーき。今にもイスから落ちそうになっている。

私もすぐにできないなんて思ってなかったから…、寂しい。

「みくも皇輝君と結婚したいんでしょう?」

「う、うん! でも…、私もじゅうはっさいまでダメなの?」

「女の子は十六歳でもできるんだけど…、皇輝君と結婚するなら十八歳になっちゃうかな」

そんな…、長すぎるよ…。四年生…、五年生…、六年生…。まだ足りないよね…。

あまりの先の見えない話に、私も肩を落としてしまう。

「二人共そんなに結婚したかったんだね…。よし! じゃあね…」

お母さんは自分の部屋に走っていくと、何か小さな箱を持って戻ってきた。

青くて、触るとふさふさしていて、真ん中でカバみたいに口を開ける変な箱。

その中身は、横に切れ目が入った何かがある。

「これは私の指輪を入れていた箱なんだけど…。皇輝君のくれた指輪をこうして……、ほら! どう? なんか凄いでしょう?」

箱の中身の切れ目にこーきのくれた指輪が刺さっている。

う~~ん…。すごい…?

「スゲーーーーッ!? カッコいい!」

なにがかっこいいかはよく分かっていないのに、こーきは大はしゃぎしている。

箱をパコパコと開けたり閉めたりしながら。

「これはね、皇輝君。結婚指輪でもいいけど、結婚できるまで長い時間あるでしょう? だからこの指輪は婚約指輪として置いておいて、二人が結婚できる歳になった時に結婚指輪にしたらどうかしら?」

「こんにゃく?」

「『こんやく』よ。結婚する約束みたいなものかしら」

「約束! みく! 俺と結婚な! 約束!」

「分かった!」

約束の指輪。こーきと私の…。

だから、こんな箱をお母さんは持ってきたのかぁ。

嬉しいな。これでこーきと結婚の約束できて。

「婚約指輪はみくが持っておくとして…、皇輝君は何にしようか?」

「俺は何もいらないよ」

「でも…、皇輝君も何かあった方がいいんじゃない?」

確かに、私は貰ったのに、こーきに何もあげないのはおかしい。

「私の宝物とか…?」

「うんにゃ。俺はずっとみくが好きだ。好きがあればみくとけっこんできるし…、だから…、みくを好きだって絶対に忘れない! だからいい!」

「うふふ…。聞いてるこっちが恥ずかしいわね~。でも、皇輝君の気持ちは十分伝わったわ。それじゃあ、その気持ちを忘れないであげてね」

「おうさ! んじゃあ遊びに行ってくる! 行くぞ! みく!」

「あぁ、待って~」

玄関までダッシュで向かうこーきの背中をなんとか追いかけるけど、こーきはさっさと靴を履くとドアノブに手をかける。

「おっ邪魔しました~!」

勢いよくドアを開けた時、後ろからお母さんが大きな声でこーきを呼び止めた。

「皇輝君!」

「なぁ~に~?」

「あなたのお嫁さんのみくを、守ってあげてね。これは私との約束よ?」

「分かった! 任せて!」

「よろしい。…みく。あなたも、皇輝君を守ってあげるのよ」

「うん!」

「それじゃあ、いってらっしゃい」

「「行ってきま~す!」」

ロールケーキを食べていたから、少し遅くなっちゃったけど仕方ないか。

こーきとちゃんと、約束できたもんね!

さて、公園についたらどんな遊びをしようかなぁ? すっごく楽しみ!

公園までこーきと一緒に走っている今もなんだかドキドキして、とっても嬉しい。

ずっとこんな時間が続くといいなぁ…。

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